癒しの空間(side M)


バレーボールをする為に俺は単身ロシアまで来た。しかしいざロシアで生活となると日本との生活の違いや文化の違い、また新しい環境且つ言葉の壁。それらがあまりにも大きくてロシアに渡った1週間は正直生きてる心地がしなかった。
しかしそんな中俺の心の救いが辻川さんだった。初日からチームがサポートとして依頼してくれていたようで俺は辻川さんがいなかったら多分もっと余裕が無くて発狂していただろうと思う。
辻川さんは俺の5歳年上の女性でこれまで関わってきた同じ20代の女性の中で1番しっかりとしている人だった。落ち着きも半端じゃないし仕事も出来るし、俺が29歳の時これほどまでに人間出来るのか正直自信はない。高校の部活ではリエーフや山本など元気な後輩らを叱ったりして何となく年上の先輩の俺、みたいな…そういうのがあったけど今はそれすら恥ずかしくなる程だ。

「ここか………?」

夜もいい時間に電話をかけご飯を食べさせてくれるという辻川さんの気遣いに有難い気持ちと少し危機感を持って欲しいという気持ちがあったけど、ここ数日プロテインだけを信じてメイン食をたいしたものが食べられてなかったから正直かなり助かった。
送られてきた住所を頼りに目の前の家のインターフォンを押す。すると想定外のお出迎えをされ俺は度肝を抜かれてしまった。

「こんばんは!」
「あ……っと、ここ、辻川さん家であってる……?」
「うん!辻川さん家だよ!どうぞ!」

5歳くらいの日本人の女の子、だろうか。いや、確かに辻川さんほどの女性だ、結婚してても子供がいてもおかしくはない。けど仕事が早くて優秀すぎる人だったが故想定はしてなかったので何とも拍子抜けだった。
はやくはやく!と俺は女の子に手を引かれ家の中に入るとふわっと香るいい匂いと落ち着く感じ。既婚者の家で何言ってんだ、って話だけど旦那さんがただ羨ましいとも思ってしまった。

「ママー!やくさんきたー!」
「!や、名前っ!?」
「娘がすみません、道迷われませんでした?」
「あ、いや全然」
「やくさん!にほんのお言葉はなせるの!?」
「ああ、俺日本人だから」
「うれしい!美真ね、ママとしか日本の言葉ではなしたことなかったからやくさんが初めてだよ!」
「おーそっか、みまちゃんってどう書くのかな」
「えっとね、えっとね、ママぁ?」
「美しいに真実の真で美真です、あ、もうすぐ出来ますので狭いところですがこちら座っててください」
「やくさん!?手洗うでしょ〜?みま案内するね!」
「ありがとな〜」

美真ちゃんは小さな手で俺の腕を引っ張り洗面台に連れてきてくれた。失礼だと思いつつもまず目に入ったのは大人用と子供用の歯ブラシが1本ずつ。あれ、旦那さんはもしかして日本にいるのか?もしくはたまたま買い替えでないだけ……?ただ他にもコップも2つ、干されてるタオルも2枚と明らかにもう1人の存在がなさそうに感じる。

「やくさん?おてて洗えた?」
「洗えた、ありがとう」
「うん!やくさん、いい子だね!ママが言ってたよ、ありがとうとごめんなさいが言える子はいい子だって!」
「お、おお…そうか?」
「うん!いい子!」

こんな小さい子にいい子と言われても、と思いつつもこの屈託のない笑顔を向けられると思わず笑みが溢れる。あー……癒されるなぁ。

「やくさん!いこ!」
「おう、うわーいい匂いだなぁ」
「ママのごはんはぜんぶおいしいんだよ!」
「そっか〜楽しみだなぁ」
「みまはもう食べちゃったからやくさんが食べてるところ見ててあげるね!」
「おー、ありがとな〜」

リビングに行くと机の上には美味しそうなご飯がずらりと並んでいた。正直泣きそうになってしまったのは絶対に言えない。

「美真、もう夜久さんご飯食べるんだから邪魔しないの。お部屋戻ってなさい」
「えー、みまいい子にしてるよ?ねぇやくさん?」
「おーいい子いい子。全然いいっすよ、寧ろこんなちゃんとしたご飯すみません」
「全然ちゃんとしたものでは……、お口にあうといいんですけど。はい、お箸です」
「ありがとうございます、いただきます!」

美真ちゃんも食べないのにいただきます、と声を揃えてお味噌汁を一口、口に入れた途端美味しいということが分かる。やばい。また涙腺がやられる…。

「すっげー美味いっす……」
「あ、よかったです」
「ねー!ママのご飯は美味しいんだよー!」
「だなぁ、美真ちゃんのお母さんすごいなぁ」
「でしょ〜!?」
「もう美真!夜久さんゆっくりご飯食べれないでしょ!すみません本当……」
「いえいえ全然。あー……幸せっす今」
「よかったね〜やくさん!」
「ふふふ、よかったです」

その後も俺はご飯をおかわり頂いてかつお土産としておにぎりとお新香もいただいて帰った。あーまた行きたいなぁ、なんて辻川さんの仕事の負担になってしまうだろうか。
その日はぐっすりと眠ることが出来た。