定食屋での出会い
三宮葉月。
それがわたしの2つ目の名前だった。何か意味があるわけでもないし思い入れもない。事務所の人が決めてくれた名前だった。
デビューすると最近はSNSの活動も合わせてした方が人気が出やすいと言われわたしは事務所に登録されるがままTwitterを始めることになった。わたしは自分が想像していたよりも多くの人に見られていたことをSNSを通じて初めて知った。3ヶ月もすればTwitterのフォロワー数は3万人となりAV以外にも配信やグラビア、イベントのオファーなどもかなり増えた。だけどお金が欲しいわけでも人気者になりたいわけでもなかったので事務所には申し訳ないけど学業との両立がありとか適当な理由でAV以外の仕事は極力避けることにした。でも逆にそれがよかったのか、半年もすればAV1本でやっているのが好きと言う評価がつき気が付けばフォロワー数も10万人となっていた。これは事務所でもかなりの"異例"らしい。
ただそんな感じなのでAV女優になったからと言って生活が激変、ということもなくわたしは日高屋でラーメンを食べるし吉野家で牛丼を食べるしお気に入りの1食689円のからあげ定食が食べれる定食屋さんに週2〜3で通っていた。
いつもはランチに来ることが多かったけどその日は両親が外出をするとのことで久しぶりに夜にその定食屋さんにいった。わたしが入った時は人も疎でお店に入るとおばちゃんが今日はめずらしい時間にきたね、こっちおいでとカウンターに案内をしてくれた。
「いつものでいいかい?」
「はいっお願いします」
「はいよ〜みのりちゃん、今日は家でご飯食べないでいいの?」
「はい、今日は両親が2人とも外出してるので」
「そうかい、飲み物は?サービス」
「えっあ……じゃあオレンジジュース貰えますか?」
「もちろん、用意するね」
「ありがとうございます」
おばちゃんが優しくて、おじちゃんも温かくてこのお店は味だけじゃなくてそういう意味でだいすきな場所。友達が少ないわたしにとって唯一家以外で落ち着ける場所でもあった。他にお客さんが来るまでおばちゃんはわたしにいろんな話をしてくれる。この時間がとても癒しだった。
しかし夜となるとやはり昼間とは客層も違くて、特に大柄な2人ともう1人、合計3人のやたらと体格のいい人たちが入ってきた途端お店の中が随分と賑やかになった。あちらも常連らしく、おばちゃんも楽しそうに話していた。わたしはそれをBGMにいつもの唐揚げ定食におまけのヒジキをゆっくりと食した。
しかしその名前は突然とあげられた。
「三宮葉月ちゃん!っす!!」
わたしはその名前を聞いて思わず持っていたお皿をひっくり返してしまった。嘘、なんで……これまで大学でもバレたことなかったのに。今日だって一応キャップを被って全身真っ黒のズボンにTシャツでとてもじゃないけど撮影の時みたいなキラキラした状態じゃない。恐る恐る会話の元となる人たちを横目で見るとどうやらこちらを見て話してるわけではない。ーーつまりわたしが三宮葉月ということに気が付いたわけではなさそうだった。おばちゃんに大丈夫?と声を掛けられるも上の空の返答しか出来ずわたしは受け取ったお絞りで見当違い所を拭いてしまった。
「三宮葉月〜………ああ!ここ最近めちゃくちゃ話題になってる子か!」
「ほいほいほい、この子か!えー俺知らなかった!ちょい地味系ってやつ?」
「そうそう、確かAV1本でイメージとか撮らないSNSもほぼしないみたいな謎に包まれてる系!えっ翔陽くん顔が好きなん?」
「顔〜〜……も好きっすね」
「へええ、こういう」
「意外だな〜!」
「あーーもうやめましょ!俺のことはほっといてくださいよ!」
「いやや、聞く。葉月ちゃんのどこが抜きポイントなんや?正直この子にエロさ感じ取れんし」
「えーでもこれとかエロくねえ?」
「それは衣装がエロいやろ!でもなんつうか、この子楽しくなさそうやん。笑うところもサンプル見る限り少ないやろ〜翔陽くんと真逆やん。単純に気になる、推しポイント」
エロさ感じなくて悪かったな、笑わなくて悪かったな、仕方ないじゃん。まだ現場にいくと緊張しちゃうしエッチは気持ちいいけど楽しいとは違う。仕事なんだもん。……いや、仕事だからこそ表情とかしなきゃいけないのかもしれないけど。と悶々と反省とイライラが重なる。わたし、あのオシャレ髪男嫌い。
恐らく"翔陽くん"はあのオレンジ髪の子、だろう。こうして面と向かって(というわけではないしこっちの盗み聞きだけど)わたしのAVを見てくれた人からの話は聞いたことがなかった。少しオレンジ髪の人から出る言葉に緊張した。
「一生懸命、なんだ」
「一生懸命?」
「なんか、……演技かもしれないんだけどすごい一生懸命してる感じがして、そこが好きで、ってあああああ恥ずかし!うおおおおお!!!」
一生懸、命。そう、……そっか。
演技らしい演技が出来てるわけじゃない、だけど確かに自分を見てもらいたいと一生懸命、……彼が言ってるようにやってたかもしれない。でもなんかそんなところを見られてると思わなかったからすごく、恥ずかしかった。わたしは赤くなった顔を隠すようにマスクをしてお会計をお願いした。まだ3人は盛り上がっているようだったけどわたしはなるべく聞かないようにと音を立てず外に出た。
なんだかまた明日からも頑張れる気がした。