恋に落ちてしまった



「あら、今日はめずらしい時間ね、それに木兎くんは一緒じゃないのかい?」
「うす!今日練習15時からなんすよ〜その前にメンテ行ってからここ来ました!」
「あらあら、じゃあせっかくだからゆっくりメニュー見てみれば?」
「はい!うーん……悩むなぁ」
「はいいらっしゃい、あらみのりちゃんこんにちは。こちらどうぞ?」
「はい、………あ!」


あ?と言われ振り返るとマスクとキャップをして俯く女の子がいた。おばちゃんの口振りから彼女もここの常連なんだろう。俺が座ってるテーブル席の横を早歩きで素通り1番離れたカウンター席に座った。きっと何かスマホとかを見て声が出てしまったんだろう、そのまま特に思うこともなく視線をメニュー表にまた戻した。
悩んだ結果結局いつも通り生姜焼き定食を頼むとおばちゃんはあらあら、と笑っていたけどやっぱここの生姜焼き定食のファンだから仕方ない。木兎さんのいないここでの食事は久しぶりだからなんだかとても静かでいつもは耳に入らないテレビの声がして何となく目を向けた。そのテレビがさっきの女の人の方向にあるから自然と女の人が視界に入っていた俺は彼女がマスクを外して水を飲んだその瞬間今度は俺がえ!と大きな声を出してつい立ち上がってしまった。


え、いや、嘘だろ。あれって……まさか!?



彼女は俺の声に驚いたのかチラリとこちらに視線を向けた、ーーそして目があったその瞬間そのまさかは的中した。



「あ、あ、あ、あああの!」
「!!」
「も、しかして…三宮……」
「そ、の名前をここで呼ばないでください」
「っ!!あ、すみませ、ん」


やっぱりそうだ、俺が2日に1回は間違いなく見る顔を間違えるわけがなかった。三宮葉月ちゃんだ。すごくすごくお世話になっている、葉月ちゃん。嘘みたいな出会いに俺は試合の前のような心臓のバクバクが止まらずとてもじゃないけどこの後ご飯が食べれるような気がしなかった。話がしてみたい、でもきっと彼女はそれを嫌がってることが目を見て分かる。ううう〜でもどうしても話したい。ウズウズと立ち上がって居た堪れないでいるとおばちゃんが日向くんみのりちゃんとお知り合い?と声を掛けられた。それに葉月ちゃんはおばちゃん、と慌てた声を掛けた。みのりちゃん、きっとそれが彼女の本名なんだろう。うわ、どうしようやばい。本名知ってしまった、とまた心臓がバクバクと動いた。


「せっかくだからこっち来るかい?」
「いいで」
「あ!じゃあ俺がそっち行きます!!」
「え」
「おばちゃん、おしぼりかして!テーブル拭いとく!」
「あらあら、ありがとね〜」


俺は爆速でテーブルを拭いて水をもって葉月ちゃんの隣に移動する。明らかに嫌そうな顔、きっと彼女は表情を隠すことが苦手なんだろう。ということはあのAVも演技ではないのかもしれない、と思ったらニヤニヤが止まらなかった。


「ちわ、俺日向翔陽!普段はバレーボールの選手として大会出たりしてるんだけどバレーボールとか見たことない?」
「……ないです」
「はは!たしかに見たことなさそう!」
「………あの、さっきの本名、絶対にネットとかに書かないでください」
「ああ、みのりちゃん」
「忘れてください」
「俺記憶力いいんだ」
「忘れてください」
「ふは、忘れられないよ。好きな子の名前なんだから」
「っよ、くそんな恥ずかしいこと言えますね」
「え?恥ずかしいこと?俺言った?」
「………何でもないです」
「ふうん?」

葉月ちゃん、……いやみのりちゃん?は顔を背け水をぐいっとお酒でも飲むみたいに飲み干した。あーやばい、実物やばい。顔はもちろん可愛いんだけど髪とか艶々だし声も実物は少しだけ低くて肌の色も真っ白だ。こんなにまじまじ見てしまっていいものか、と思いつつもいつも画面上でしか見れなかった女の子だからこれでもかと思うほどにガン見してしまった。その視線に気が付いたのかみのりちゃんは見過ぎです、と顔を手で覆った。そういうところもやばい、可愛いと思った。


「はいお待たせ〜あらみのりちゃん、お水飲む?喉乾いてたかしら」
「あっううん、でも頂いていいですか?」
「ええ、食後はアイスコーヒー準備してあるからね」
「……いつもありがとうございます」
「はい、日向くんはこちらどうぞ。唐揚げおまけしといたからね」
「え!あざっす!唐揚げやった!」
「いただきます」
「いただきまーす!」


まさか大好きな女の子とこうして肩を並べて飯を食う時が来るだなんて昨日の俺は想像もしていなかった。というか唐揚げ定食、食べるんだ。あんだけ細いのにな〜とまた気がつけば葉月ちゃんのことばかり見てしまって久しぶりに箸がなかなか進まなかった。その姿をおばちゃんはニコニコしながら見ていたのを俺は気が付かなかった。




「ごちそうさまでした」
「はい、いつもありがとう」
「あ、みのりちゃん!これ俺の連絡先なんだけど」
「結構です」
「あらあら、みのりちゃん手厳しい。日向くんとってもいい子だからわたしもおススメよ?」
「おばちゃん……、わたしそういうのは断るって決めてるんです」
「あららぁ」
「みのりちゃん、耳貸して」
「えっ」

ぐっと彼女の細い腕を掴み身体を引き寄せ少し屈んで彼女の耳元に近付く。あ、やべいい匂いする。


「もう少し話したい」
「っ耳、ちかいっ」
「本名黙ってるから変わりに1回でもいいからまた会う機会がほしい」
「、脅し?」
「そんなんじゃないって」
「……………」
「ただ対価があった方が絶対黙ってるって約束しやすくなるっしょ?」
「………意地悪」
「うっ、ごめんその言い方はめちゃくちゃ可愛い」
「っ〜〜知らない!」
「あっまって!これ、絶対連絡して!俺いつでも待ってるから!」


振り返ることなくみのりちゃんは行ってしまった。おばちゃんには振られちゃった?と言われたけど振られる以前に相手にもされてない。そもそも自分も彼女に恋愛感情は抱いていないんだ。………いや、抱いていなかった。けど今日、この瞬間。俺は間違いなく彼女に恋をしてしまった気がした。


日向翔陽、26歳。バレーボールと同じくらい夢中になれるものが見つかりました。