新たな一歩


「本当に申し訳ございません」
「……考え直すことは難しいんだよね」
「………はい。すごくよくしてくださったのに、すみません」
「そっか、意志は固いんだね。じゃあ次の作品が引退作ということでメーカーにも伝えておくね」
「ありがとうございます」
「また居場所が欲しくなったらいつでも戻っておいで」
「……はい。リリースの日はSNSの更新もやりますので、最後までよろしくお願いします」


わたしは事務所に頭を下げ辞める意向を伝えた。社長もマネージャーさんも一度は考え直してほしいと言われたけど意思が固いわたしを見て了承してくれた。
事務所を辞めることが出来るようになったわたしは晴れてただの大学生となる。ということは……


「就活……かぁ」


またお祈りメール地獄を味わうこととなる日々にかなり憂鬱だ。それにきっと両親もまたスーツで家を出るわたしに就活終わったんじゃないかと不信感を抱かれるに違いない。嫌だなぁ、逃げたいなぁ…

そう思っていたら今日とて日向さんから連絡が来た。


【明日オフになった!!みのりちゃん予定なかったらどこか出かけない?】



その連絡にさっきまでの沈んだ気持ちが急上昇する。日向さんは改めてプロ選手として休みという休みがほぼなかった。休みと言っても身体のメンテナンスの為に病院に通ったりトレーニングは欠かさない、忙しい日々。その為付き合ってから一度もご飯に行く以外のデートはしたことがなかったので純粋にそのお誘いがすごく嬉しかった。


【空いてます!行きたいです】
【よし!どこか行きたいところある?】
【日向さんの決めたところ行きたいです】
【ハードル上がる〜!じゃあ当日のお楽しみということで!】


明日はデート。人生初めてのデートだ。
大学の授業が終わると急いで学校を出て街のデパートに向かった。全身可愛くいたい、いつもの適当な服じゃダメだ。いつもは通販でパパッと決めてしまうお洋服、今日は店頭でいつもの倍以上の時間をかけて吟味した。あまりにも必死な様子だったからか店員さんも声をかけて来ず、だけど選んだAラインが綺麗な淡いブルーのワンピースとそれに似合う白いミュールを手にとってレジに向かった時はお気に召すものがあってよかったです!と声を掛けられてしまった。


その後ランジェリーショップにも入り久しぶりに新しい下着を購入した。だって初めてのデート、もしかしたらその瞬間が来るかもしれない。
そう、日向さんと付き合って1ヶ月が経ったけど未だにそういうことはしていなかった。
もちろん先程も言ったが彼が忙しいからというのも理由のひとつ、だけど実は前回会った時は彼の家に行っていた。




『日向さん、やっぱり立派なお家住んでますね』
『え!そう?でも俺拘りとかないから部屋の中ごちゃごちゃしてるかも』
『あ、これは?』
『それは高校の部活のメンバー!今もこいつは同じフィールドで戦ってる、こいつはリーグは違うんだけどまだバレーやっててこいつは地元で仕事してる!んでマネージャーは東京でデザインの会社で仕事してる!』
『みんな仲良さそうですね』
『まあ同級生メンバーもこれだけだし揉めた時もたくさんあったけど飲み行ったりするよ!』
『そうなんですね、日向さん友達とか多そうですよね』
『ん〜普通だよ?みのりちゃん、お茶でいい?』
『……はい、ありがとうございます』


その日もドキドキしながら、内心期待もしつつ日向さんの家にいた。だけどソファに座ってただただいつものようにお話しをして22時頃になったらじゃあ送るよ、と言われてしまった。その時はさすがにえ?と言ってしまったけど日向さんはわたしをそのまま泊まらせてはくれなかった。

ただの意気地無しであってほしい、と思う反面違う人としてたわたしのことを抱けないのかもしれないという悲観的な考えがどうしても浮かび上がってしまう。



わたしは、日向さんと身体も繋がりたい、なぁ。だけどそんなこと口が裂けても言えない。