草食男子を離さない
「水族館?」
「水族館!嫌い?」
「……いえ、嫌いではないですけど」
「じゃあ行こうか!」
呼び出されたのは品川駅、映画とかかなと思っていたけどまさかの水族館。一応日向さんは世間的にも有名なスポーツ選手だからバレたりしたら、どうなんだろう。野球選手とかはネットニュースになったりするけどバレーボール選手はそこまでではないのだろうか。
「まって、日向さん」
「ん?」
「……マスク、買った方がよくないですか?」
「マスク?」
「バレたらやばいとか、ないんですか」
「あ、あー……でも帽子してるし」
「……日向さん、案外わかりやすいですよ」
「う……じゃあ一応買ってから行こうかな」
「わたしも買います、メガネと帽子だけじゃ心許ない気がしてきました」
「ん〜じゃあそうしよう」
少し納得出来なさそうな顔をしていたけどわたしたちはマスクをしてチケット売り場までようやく辿り着いた。平日とはいえ中は結構賑わっていてやっぱりしっかりと変装してよかったと息をつく。
「水族館、中学の校外学習振り」
「俺も高校の修学旅行振りだな〜」
「品川のは初めて来ました」
「あ、そっかすみだ水族館?」
「はい」
「なんか今時だよな〜あ、でもこの魚可愛くない?」
「……そうですね」
思い返せば中学の修学旅行も特に仲のいい子と回った、というよりは余り物同士でいたので特に会話も少なくただ魚を見て終わった気がする。だから魚が可愛いだなんていう日向さんが可愛いなと思った。
その後イルカのショーも見て正直すごく感動した。日向さんはすごいすごいと大興奮をしていてその姿はまるで高校生みたいだった。日向さんみたいな同級生がいたら楽しかったんだろうな、なんて感傷に浸ってしまったりして…その後もわたしたちは誰かに気が付かれることなく水族館を楽しんだ。
「ご飯も美味しかったな!」
「はい、連れてきてくれてありがとうございます」
「ん、みのりちゃんもペンギン見てる時とかめちゃくちゃはしゃいでたからよかった」
「え、べ、つにはしゃいでなんか」
「はしゃいでたよ、顔見えなくても分かる」
優しく笑った日向さんはさっきみたいな高校生のような顔ではなくて大人の男の人だった。時刻は20時、普通の恋人同士ならこの後家かホテルに行って……という流れになるのか、な。
「じゃあ送るよ」
でも日向さんは今日もわたしを家まで送ろうとする。わたしは思い切って日向さんの腕をぎゅっと掴み立ち止まった。みのりちゃん?と名前を呼ばれ顔をあげる。不思議そうな顔をする日向さんの耳元に顔を近付けた。
「帰りたくないです」
「っ!!な、!!」
「ダメですか?」
「だめ、だ、だめだ!」
「えっ」
「今日は送る」
「………わたしじゃダメってことですか」
ここまでして断られたらさすがに自信が無くなる。正直ここから逃げ出したいくらいには情けなくて恥ずかしい。でもそれ以上に悲しかった。マスクをしていてよかった、涙が流れても分かりづらいもん。
だけどそういうところには敏感な日向さんが直ぐに慌てるような声を掛けてきた。
「そういうんじゃない、全然そういうんじゃない!」
「……、じゃあ、どういうんですか、」
「あ、あーーもう泣かないで。俺みのりちゃんが泣いてると俺本当だめだ、」
「っ……じゃあ、この後も一緒にいたい、です」
「ゔ……うううううん」
「なんでぇ」
「あ、ああ泣かないで!あーもーー」
ぎゅっと真正面から抱きしめられる、こうしてするハグも前にわたしが泣いた時振りだった。人が通るかもしれない路地で、ほんと私たちにとってはリスクが高すぎる。でも今はどうしてもこの腕の中から離れたくなかった。
「俺、さ、みのりちゃん……というか三宮葉月のAVすごい見てたんだって知ってるだろ?」
「………知ってます」
「うん。だから葉月ちゃんでその……抜いてたんだよ」
「………はい」
「だ、から…え、と………」
「だから、実物とは無理、ってことですか?」
「んんんんん違うッッ!!!」
「……もう意味分かんない」
「あーーだから!好きすぎて!手出したら止まらないんだよ!てか今こうやって抱き締めてるのも正直やばい!」
「………手、出してくださいよ」
「っ……まだ付き合って1ヶ月じゃん、早いよ」
日向さんは思っていたよりも草食男子のようだった。わたわたと慌てふためく日向さんの頬を両手で包み込みそのまま触れるだけのキスをした。
顔を離すと日向さんは真っ赤な顔をしていて、キスなんて撮影で何度もしていたのになんだかとても特別のようなものに感じてわたしまで恥ずかしくなってしまった。
「今晩は一緒にいたいんです」
「っ、逃げられないよ」
「逃げも隠れもしません」
だからわたしのこと、離さないでください。