俺のこと口説いてみてよ(孤爪)


「孤爪?あーあいつ見た目っつーか髪だけっしょ?」
「ずっとゲームしてるしね〜」
「うちらと土俵が違うっしょ!」
「てか何でいきなり孤爪?好きなの?」
「えっまじで!?」


あの頃の私は今いる場所から一歩踏み出す勇気もなくて、周りからどう見られてるとか、誰と仲良くしておくといいとか、そんなことばかり気にしていて本音はいつも胸の奥に閉じ込めていた。

誰にも言えなかった初恋の孤爪研磨は数年後世間を賑わす大人気者になることはあの頃誰も予想だにしない。ただ金髪プリンのわりに背も小さくゲームばかりしている根暗のチビというのがあの頃の孤爪のステータス。その横に並ぶには私は悪目立ちしすぎていた。


「やめてよ〜孤爪のこと好きとか冗談きついって!」
「まあ元彼が本田じゃ孤爪はないわなー!」
「そうそう、私根暗嫌いだし」
「あ、孤爪じゃん!」
「っえ」
「…………何」


真っ赤なジャージは学校指定のものではなくバレー部のジャージ。
親が『猫とカラス、ゴミ捨て場の決戦!絶対見に行くわよ!』と訳のわからないことを言って無理やり連れてこられた春高。そこで私はーーー孤爪に見事に落ちてしまった。普段は大人しいくせに、疲れてバテバテなくせに、目だけは死んでなくて…その強さとギャップにやられてしまった。

気が付いたら目で追ってしまうような存在となり、当時何となくノリで付き合ってた彼のことなんて考えられないくらい家でも孤爪のことばかり考えてしまった。なのにそれを友達には言えず、誰と誰が付き合ってるだなんて話題に勝手に孤爪の名前を出して恋愛感情を疑われれば否定し、運悪くそれを本人に聞かれてしまった。














全て自分の責任。


無理して自分を繕って制服のスカートを短くしたり、ピアスを開けて明るい茶髪に染めたり、本当はそこまではしゃぐ方ではない癖に元気で明るいメンバーに合わせて無理矢理ハイテンションを合わせてきた、私の責任。



「孤爪ざんねーん、みのりはあんたのこと趣味じゃないんだって〜!」
「っちょ、そんなこと言わないでも」
「…………」
「孤爪ぇ、聞こえてる〜?」
「つーかプリン気になんないの?私無理だわ〜」


やめて。もうそれ以上絡まないで。
言いたいのに言えない、自分が悔しくて拳を握りしめる。孤爪は自分の席からスマホを取り出し無言のまま教室を出ていく手前こちらを振り向いた。初めてしっかり目が合った孤爪の目は、あの時とは全然違う。まるで汚いものを見るような、そんな目をしていた。


「心底どうでもいい」
「は?」
「誰に何を思われようとか、どうでもいいから」
「っ…………」
「へー、孤爪ってそういう感じね」
「てかスタバ行かない?」
「あー行こ行こ、新作もう出てるっぽい!」
「ねー行くっしょ?」
「、うん、行く行く!」


それが高校時代、最初で最後の孤爪とのやり取りだった。私の初恋は呆気なくも散っていったのだ。

































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「はーい、ここ修正。いつになったら修正なしのデータ貰えるのかなー?」
「っすみません!直します!」
「何回すみませんってやってんだ!いい加減にしろよ!」
「は、はいっ」


煌びやかだったのは大学時代まで。それなりに遊んで、それなりに楽しい思いをした。それなりの出会いもあって、それなりのところに就職した私は2年目になってもまだミスの多い使えない新人扱いだった。
これはパワハラだろ、ってほどの口調で怒鳴ってくるクソ上司にもだいぶメンタルは慣れたけど確認してるはずの仕事は確認が甘いようでいつもブチギレられてしまう。私だってミスりたくてミスってるんじゃないし、そんなに怒らなくてもいいのに。


「大丈夫?」
「あーはい、大丈夫です」
「木村さんに出す前に俺確認しようか?」
「あー……でもそしたら田中さんの時間使っちゃいますし、そもそも私がミスしなければいいので。すみません、お気遣いいただいちゃって」
「いやいや。いくらなんでもあの人が人によって態度変えすぎ。俺は頑張ってると思うよ」
「………ありがとうございます」



私がここで仕事を出来ているのも田中さんがいるからと言っても過言ではない。4つしか変わらないのにこの差はなんだろう。そりゃ結婚して着実に幸せな道を歩んでるよなぁと納得してしまう。

一方の私は仕事は出来ない、彼氏もいない、無理して作っていた高校大学の友達は音信不通、唯一の中学の友達が1人いるだけの寂しい人間だ。自分で言っていて虚しくなるくらい。


「そういえば昨日のKOZUKENの配信見た?」
「あ、あー……昨日は、見てないですね」
「まじか!昨日さ〜めちゃくちゃ楽しくて!妻に言っても全然分かってもらえないから今度切り抜きとかでもいいから見てよ!」
「……そうですね、そうします」
「よっしゃ、じゃあ週末までに見れそう?金曜仕事後飲み行かない?」
「……はい、じゃあそれまでに見ておきますね」
「そう来なくちゃ!仕事がんばろう!」


KOZUKEN、と言えば今やYouTubeを見る人であれば知らない人の方が少ないのではないだろうか。KOZUKEN改め孤爪は人生大成功を納め今では超有名人だ。



もう彼にとって私は同じ高校に通っていたっけ?くらいの人間なんだろうなと思うと初恋の淡い思い出もありちょっぴり切なくなる。でもいっそ忘れててほしいような、いつまでも孤爪に対しては複雑な気持ちを抱いたままだった。

そんなKOZUKENの話を田中さんからされた時知ってる?と聞かれれば知らないとは言えず何となくKOZUKENのファンという設定にしたまま、本当のファンである田中さんとこうしてKOZUKENの話をすることが私たちの中では日課となっていた。
























「お疲れ〜!」
「お疲れ様です!」
「いやー今週もたくさん怒られたね〜」
「本当に…切ないほどに怒られました」
「あはは、よく頑張った!」


田中さんは無意識的に私の頭を撫でる。既婚者がこんなに奥さん以外の女性に気軽に触れてもいいものなんだろうか、とたまに考えるけどこれで揉めたことはないしとりあえずされるがもま私もお酒を飲んだ。そこから田中さんと仕事の話やKOZUKENの話などいろんな話をして、いつも通りの楽しい時間を過ごした。


23時半、終電前にいつもの通り解散するものだと思いチェックをお願いし席を立とうとしたら田中さんに腕を引かれる。ペースが早かったしすごく酔ってるのかもしれない。



「田中さん?あの、」
「もう一軒行こうよ」
「えっと、田中さんも奥さん待ってるのでは…?」
「あー……でも今日はもっと2人でいたいし」
「……あの、でもダメだと思います。さすがに、私も女ですし」
「あーだよね。じゃあホテル行かない?」
「ほ、!?え、あの田中さん…すごい酔ってます?」
「えーそんなことないない。でも最近妻とはしてないし、レスってるっていうか」
「いや、あの」
「辻川さんさ〜可愛いし、俺日頃から優しくしてるじゃん?お礼だと思ってさ、」
「あ、あの私お手洗いに!」


何とか腕を振り切り慌ててスマホだけ持って個室を飛び出した。田中さんと飲みに行くのはこれが初めてではない、これまでだって必ず終電前には駅で解散をしていた。なのにどうして急にこんなことになるんだ。


「ハァ、……どうしよ」



こんな時に呼び出して来てくれる彼氏も男友達もいない。戻ったところで田中さんの酔いが覚めてなかったら結局言いくるめられ流されてしまう可能性も0じゃない。でもそんなことになったら職場での立場も、そもそも奥さんにバレたら浮気ってことになりかねない。そんなの御免だ。



絶望に苛まれたその時、トイレから見下ろした先に外を歩いていた人物に私は思わず声が出た。









「孤爪!!!」



間違いない。
相変わらずのプリン頭に猫背、そして赤いジャージ。マスクと眼鏡をしていても分かる、あれは絶対孤爪だ。


私の声に立ち止まってキョロキョロと周りを見た孤爪にその自信は確信となり、私は慌ててお店から出て外階段をヒールでかけ降りた。




「孤爪っ」
「……………ああ、高校の」
「っわ、わた、わたしの、こと、」
「あのさ、デカい声で名前呼ばれんの迷惑なんだけど」
「あ、ごめん……ちょっと緊急事態で、」
「緊急事態?」
「ごめん!あの、いろいろ謝りたいこともあるんだけど一緒に来てくれない!?」
「ハ?」
「今既婚者の会社の先輩にホテル連れてかれそうで!先輩KOZUKENの大ファンだから孤爪現れたら多分私への興味も失せると思うの!」
「……俺がそこまでやるメリットないよね」


ぐさり。
ついクラスメイトの1人だった私のことを覚えていてくれたことで勝手に協力してくれる気になって舞い上がって強引に腕なんか掴んじゃって、ーーーバカみたいだ。それに孤爪の言う通り、孤爪にメリットなんて何もない。

私はするすると孤爪の腕を離す。そもそもこうして孤爪と一緒にいること自体、あまりよくないんだろう。有名人、ってやつだし。


「あーごめん、身勝手だった。戻るね」
「戻るってどこに」
「お店。カバンもジャケットも置いてきちゃったし」
「じゃあ既婚者の先輩と寝るんだ」
「っ、孤爪、には関係ない」
「そうやってまた流されるんだね」


孤爪は全てを見透かしたような態度で笑みを浮かべた。笑ってられる状況じゃない私からしたらその笑みにイライラして何も言い返すことなく背中を向けた。こんなことなら会わなければ、姿を見付けなければよかった。高校の時の淡い記憶だけで過ごしていられればよかった。私の初恋をこれ以上惨めなものにしなければよかった。



「待って」
「っもういい、離して!」
「メリット、見つけたからいいよ」
「っハァ!?」
「連れてって」
「いやでも」
「このまま既婚者の先輩に抱かれるか、変なプライドで俺を拒否るか選びなよ」 


悔しいけど選択肢はひとつしかなくて、私は小さい声でお願いしますと言えば文句も言わずついてきてくれた。お店に入り宅に戻ると顔をうつ伏せた状態の田中さんがまだそこにいた。


「この人?」
「うん」
「だいぶ出来上がってるじゃん」
「そ、だね…なんか本当にただの悪ノリだったようで面目ない……」 
「んーーー……おお!戻ってきた!あれ……こちらの方は…?」
「あ、えと」
「彼氏です」
「は!?」
「迎えにきたので失礼します」
「え、」
「ほら行くよ」
「え、あ、あのじゃあ!田中さん、お疲れ様でした!あのお代ここに置いておきますので」
「……はあい、てか彼氏、どっかで見たことあるような」
「は、はい行こうね彼氏〜!!」


私は慌てて背中を押しお店を出た。その慌てっぷりに孤爪はクスクスと笑っていて何だかすごい悔しくて、素直にありがとうと言わなきゃいけないのにむすっとした顔になってしまう。

でもこんなに喜怒哀楽がバタバタしたのはいつぶりだろう。すごく楽しくて、この背中をずっと見ていたいなだなんて我儘なことを思ってしまう。もう駅まで行ったら、この時間は終わってしまうんだ。



「ありがと」
「よかったね」
「うん、孤爪のおかげ」
「家は?この辺?」
「あ、ううん。電車で30分くらい乗る」
「終電は?」
「平気、だと思う……うん、平気だった」
「そう」
「孤爪は?」
「俺は近所だから」
「………そっか」


駅の看板が視界に入ってきて、歩くスピードが遠のく。もう今を逃したら、今後一生会えなくなるかもしれない。それでいいの?また流されるように自分の気持ちを何も言えないまま、勝手に苦しくなって切なくなって、初恋を引きずったままなの?


「孤、爪」
「ん?」
「……ちょっと、5分だけでいいから時間ほしい」
「……いーよ」



精一杯の勇気、精一杯の一歩を踏み出し彼を引き留めた。私たちは駅のロータリーの花壇に座りふぅ、と息を吐いてまた孤爪、と名前を呼んだ。


「あの、さ…高校の頃、教室で私たち態度悪かったよね」
「えー……覚えてない」
「えっ!?プリン頭がどうとか根暗だどうとか散々なこと言ってた!私じゃないけど私が当時仲良かった子達が!」
「まあでもその通りじゃん」
「でも感じ悪かった!ごめん!」
「そんなこと言う為に引き留めたの?」
「えっ、う、ん……それもある」
「それも?」
「………私、あの時は周りに合わせようと必死で、……だから、孤爪に思ってもないこと言った。好き、なのに嫌いって、言った」
「……知ってた」
「……へ」



知ってた、?
私が孤爪を好きだってことを、本人に知られてたってこと…?

混乱する頭に追いつかなくて分かりやすく頭を抑えジタバタしてるとフッと鼻で笑われるも眼鏡越しのその顔は数年ぶりでもやっぱり好きな目をしていて、目が合うともう全然ダメだった。


「春高見にきてた」
「っ!?な、」
「そっから視線を感じてた」
「っ〜〜!!」
「バレてないとでも思った?」


不適に笑う孤爪にもはや勝算はなく恥ずかしさともどかしさで息の仕方さえ忘れそうになる。再び顔を手で覆い赤くなってる顔を隠すと名前を呼ばれこっち見て、と無茶振りを言われる。そんなの無理、絶対無理。頭を横に振り顔を俯かせようとした瞬間、孤爪の手が私の手首を掴んで多少強引に顔を上げさせた。


自分が孤爪と目が合ってるように、孤爪も私のことを見ているんだと思うと居た堪れない気持ちになる。


「俺は現状別に恋愛感情とかない」
「……、うん、だって印象も悪いだろうし」
「ただ昔は多少なりともあった」
「っ!?は、」
「自分が思ってる以上に視線がうるさいって自覚した方がいいよ」
「な、な!!」
「だからまた昔と同じ熱量で俺のこと口説いてみてよ」




end.