26 sideT

俺たちは勉強を再開し、気がつけば夕方になっていた。

「あー現国終わりだー。」
「お疲れさま!」
「辻川さん、ありがとう。」
「ううん。赤点取らないといいね。」
「ああ。頑張る。」
「うん。応援してる。」
「じゃあ俺帰る。」
「え、帰るの…?あ、」

まさかそんなこと言われると思わなかったからつい吃驚してしまう。多分辻川さんも言うつもりなかったのか、顔を赤くして焦っているようだった。

あまり期待させるようなことをされると、困る。

「じゃあまだいる。」
「ごめんねっあのわたしそういうつもりで言ったんじゃなくて、」
「どういうつもりで言ったんだ?」
「うっ…言うつもりはなかったというか…、」
「でもそれが辻川さんの本音だったってことだろ。じゃあ俺はまだ帰らない。」
「……うん。」

辻川さんは今日初めて嬉しそうに笑った。俺の心はぎゅっと締まるようにしてドキドキしていた。

「俺、まだ全然辻川さんのこと知らねえから、辻川さんのこと教えてほしい。」
「…わたしのこと?」
「ああ。」
「わたしのこと、かあ。…あまり楽しい話はないよ?」
「それでも知りたい。」
「…私は、親が小学生の頃に離婚してお父さんに引き取られたの。高校上がるときにお父さんが転勤で東京に行くことになって、でも私の主治医がこっちの人だからどうしても東京には行けなくてね。だから実質1人暮らしをしています。」

俺には想像できない生活だ。俺には当たり前に両親がいて、当たり前に食べるご飯があって、当たり前に部屋の片づけがされて、当たり前にバレーができてる。それがいかに恵まれていることだったか。

何でか分からないけど、気がつけば拳を握っていた。

「後わたしのことって何だろうなあ…1人っ子で、孝支くんの家は歩いて30歩くらいにあるからいつもすっごいお世話になってます。」
「そうなのか!?」
「うん。ねえ、私も影山くんのこともっと知りたいな。」
「…俺は特に話すことねえよ。たぶん辻川さんが知ってるのが俺の全てだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「…影山くんは、素直な人だよね。私そういうところ…、憧れる、な。」

憧れ、か。好きと言ってくれると思ってしまった自分が恥ずかしい。辻川さんの今の気持ちが知りたい。

「辻川さん。」
「は、い。」
「…俺は辻川さんのことが好きだ。」
「……、」
「でもそういうと辻川さんはいつも悲しい顔をする。」
「……。」
「迷惑、なら諦めるように努力する。だから辻川さんがどう思っているか、教えてくれ。」

また辻川さんは苦しそうな顔をした。でもここで答えを逃げたら、一生聞けない気がした。

「わたし、…わたしはね、影山くんのこと、綺麗な人だなあってずっと思ってた。」
「……。」
「ずっと、見てたの。中学生の頃から、影山くんのバレーに魅了されて、スポーツなんて見たこともやったこともなかったのに、始めてバレーボールの試合を見て、影山くんと出会った。良いことなんて一つもなかった私の人生に、初めて色がついたの。」
「……。」
「影山くんは、私のヒーローなんだよ。」

大袈裟だ。俺はそんなに偉い人間じゃない。そう伝えてきたけど、もしかしたら本当に辻川さんの人生にとって俺はそういう役割を無意識にしていたのかもしれない。

嬉しい気持ちと、もっと近い存在になりたいのに、と思ってしまう自分がいた。

「でも実際にね、こうやって同じ学校に通って、喋るようになって…案外子供っぽくて素直で、嘘が無くていつだって全力で。……そういう影山くんも、いいなって思ってた。」
「……。」
「いいな、って……、」

言葉が詰まった辻川さんは、ソファの上で膝を抱えて黙り込んでしまった。もう、この後の言葉がそれ以外想像できないのに、辻川さんは中々言ってくれない。言えないのかもしれない。

その理由は、菅原さんが言っていた病気が関係している気がした。

「辻川さんが病気だろうがなんだろうが関係ない。」
「っ…、」
「俺は、……俺は、辻川さんがもし俺のことを好きなら、そう言ってくれるだけで嬉しい。」
「……って ぃの?」
「何て、」
「言って、いいの?」

顔を上げた辻川さんの顔には涙が溢れていて、俺はこの人をどうしても守りたいとか思ってしまった。