もともとの距離感
「よし、洗濯終了っと。えーっと午後は取材のスケジュール調整と、あ…週末のお弁当の手続き忘れないうちにやらないと。」
マネージャーと聞くと”選手に飲み物を出して献身的なサポート”とか”みんなの輪の中に入ってタオル配り”みたいな高校の部活のマネージャーを想像されがちだけど、実際には違う。簡単に言えば雑用が主だし、案外外部との調整やら保険の手続き、時には球拾いやコート整備など本当に色々だ。1日の半分は体育館にはいない割に選手の調子などもトレーナーさんと確認しないといけないからいつだって気を抜けない。
「あれ?島崎さんから電話…?」
トレーナーの島崎さんからの着信に気が付き折り返しをすると「テーピングの追加」のオーダーだった。私は慌てて体育館へと走ると午前中ラストスパートのかかる熱量の入った練習風景。思わずゆっくり見たくなるのを我慢して島崎さんのもとへと近寄るとそこには及川さんがベンチに座っていた。
「お待たせしましたっ、」
「ありがとう、ここの筋から斜めにお願いできる?」
「了解です、及川さんすみません右足もち上げられますか?」
「はいは〜い、これでいい?」
「あ、わたしの足の上に。」
「うえ、ごめん汗臭かったりしたら…」
「気になさらないでください〜よいしょっと、及川さんはこの辺り癖になってるって聞きましたよ〜、最近頑張りすぎじゃないですか?」
「え〜でも俺は飛雄のバカみたいにオーバーワークしてないよ?」
「じゃあ気が付かないうちに疲れが蓄積されてるんですね〜今晩トレーナーさんにマッサージ頼んだ方がいいですね。」
「ん、ありがと。」
「及川、午後は別メニュー。足の負担が掛からない下半身強化のトレーニングだ。」
「まじですか、了解です〜。」
及川さんはほんの少し声のトーンを落としコーチの阿部さんの言葉を受け入れる。私はせっせとテーピングを重ねるとふいに及川さんに腕を掴まれる。
「え!?」
「腕、ここすっごい痣になってるけどどうしたの?」
「あ、ああえっと少し転んでしまって、というか腕離してくれないとテーピングが、」
「なんか湿布のにおいもする。どっか怪我してる?」
ぎくっと思わず顔が引きつるのがバレたのか、及川さんは心配そうな表情で私を見る。昨日の出来事は出来る限り影山さん以外にはバレたくない。きっとバレたら影山さんだって責められるはずだし、ここは嘘をつき通したい。
「実は少し筋肉痛でして…あはは、情けない。」
「……へえ、どれだけ激しい運動して転んだんだか。」
「すみませんね、はい腕を外してください。」
「ん、ねえ週末、俺ダメかな。」
最近佐藤さんの次に起用されることの多かったセッターポジションは間違いなく及川さんだっただけに彼なりに色々と思うところがあったのかもしれない。珍しく少し元気のない及川さんはとてもらしくなかった。
「はい、終わりです。」
「ありがとう。」
「及川さん、焦りは禁物です。週末がダメでも本番は3か月後、ね?そこに1番いい状態をぶつけられればいいんです。今はコーチや監督のことを信じて及川さんの出来ることをすればいいと思いますよ。」
「………さっすがマネージャー、ありがと。」
及川さんは立ち上がり阿部さんのもとへと走っていった。よし、と思い使ったテーピングを救急箱に入れてふとコートを見渡すとこちらをじっと見てる影山さんと目が合った、気がした。一応会釈をしたら影山さんは左右をきょろきょろと見渡して自分のことだとわかったら控え目に会釈を返してくれた。それが何だか小動物みたいで思わずくすりと笑ってしまい、その後影山さんは宮さんに絡まれてまた練習に戻っていった。
「これがもともとの、距離感っと。」
私は慌てて午後の仕事がスムーズにいくように準備を進めるにあたって体育館を後にし、事務所へと走った。
next.週末は遠征