ばんりさんの背中
ふわふわ、ゆらゆら。
暖かくて、どこか安心感があって……ああ、そうだ。この感触は人肌、背中…?
「ん……?」
「あ、目覚めた?」
「ふえ…?だれ、ですか?」
「あはは、万理さんですよ〜。」
「ばん、りさん?」
「みのりちゃん、お家どこか分からないからうちまで連れてきちゃった。」
うちに、つれてきちゃった?ゆらゆらとする思考の中、言われたことについてゆっくり考える暇もなく万里さんはガチャと鍵を開けて扉を開く。うちに、つれてきちゃった……うちに、つれてきちゃった………………
「うち?」
「そーう、はい到着〜ここ座っててね。」
「……わたしの、家ではないです……」
そうだよ〜俺の家、と万理さんの背中から降ろされてソファに座らされる。あれ?じゃあここはうちじゃなくて、万理さん家…?ぼんやり周りを見渡すと見覚えのない家具や洋服が散らばっていた。
「あーごめんね、最近忙しくてちゃんと片付けてなかったんだ。はい、水。飲める?」
「……飲め、ます。」
「よしよし。あー…スーツ皺になっちゃうね。上着、脱がすね。」
「……ありがと、うございます、」
冷たい水が喉を通り、万理さんがスーツの前ボタンに手を掛けたとき、急に頭が冷えて自分の状況を把握した。その瞬間私は万理さんの肩を思い切り押し返していた。予想外だったのか万理さんはそのまま後ろに倒れ、びっくりした表情で私を見た。
「ご、ごめん……?」
「いえ!あの、えっと、すみません!!今なんか自我が芽生えて……あの、本当にすみません!!!」
「あはは、それはよかった。ほら、スーツ、掛けるから貸して?」
「いやあの私帰ります!!」
「え?だってもう電車もないし、」
「タクシー呼ぶので大丈夫です!!」
「みのりちゃん家どこ?」
「えと、よ、横浜のほうですけど…、」
「それは大変、ここから凄く時間かかるしお金もかかっちゃうよ。」
「でも!」
「俺に襲われちゃうって?」
そうにやりと万理さんが笑いながら言うと私はうまい返しなどできず顔を真っ赤にさせてしまう。顔を思いっきり反らしてばっと立ち上がる。
「そういうことじゃないですけど!2人きりはやっぱり、」
「そういうことなら大丈夫。あ、ほら。」
ピンポン、とインターフォンが鳴り万理さんは私にまた座るように促せ強制的にソファに座らされると来客が入ってきたのかドタバタと足音を鳴らして廊下を歩いてきた。私は顔を上げるとそこにはこれまで見たことがないくらい焦った表情をした千さんがいた。
「千さ、」
「この馬鹿!どうして一人暮らしの男の部屋にのこのこ入ってきてるんだ!」
「……………」
「もし相手が万じゃなかったら君どうなってたか分かる?大人だったら自分の飲める酒の量くらい知っときなよ。知らないなら外で飲むんじゃない、それくらい分からないの?」
「…………すみませ、」
「大体明日午前中仕事だって言ってたじゃない。それなのに自己調整もできないのか?」
「ゆーき、そこまでにしなよ。」
「だってみのりは分かって、」
「ごめんなさい……、ごめんなさい。」
千さんの言ってることが正しくて、それ以上もそれ以下でもない。いつもそう、千さんはいつだって間違ったことは言っていない。それが的を得てるからこそ悔しくて、些細な言い合いは出来てもきっと私は千さんの真っ直ぐな言葉から逃げていた。気が付いた時には目から涙が溢れていた。万理さんがユキ、と少し低い声で名前を呼んでいたけど違う、そうじゃない。私はただ首を横に振ることしかできない。
「ごめん、言い過ぎた。」
「っ〜〜、ち、が、」
「あと構うなって言ったのに、出来なかった。」
「あ、あーそれはほら俺が呼んだことだしさ!ね、」
「万は黙ってて。」
「はい。」
私は千さんに背を向けソファに座ってみっともない涙を乱暴に手で拭う。あーあ、シャドウもマスカラも落ちてしまってる。もう本当に帰りたい。
「みのりちゃん、これ使って。」
「、ありがとう、ございます、」
「大丈夫?ごめんね、千、悪気はないから。」
「わか、ってます、」
「あーもうここ、赤くなってる。」
万理さんが私の右手を掴んで顔を覗き込んでくるのが嫌で、私は顔を反らすとさっきまで後ろにいた千さんが私の前に来て万理さんとの間に入り込む。正直に、すごく狭いし千さんの背中がすごく近い。
「万、近い。」
「あーごめんごめん!」
「ゆ、きさん……ちかい、です、」
「あ、ごめん。」
「わたしも、鼻水ついてしまったら、ごめんなさい。」
「え、それは困る。」
「……たぶん、大丈夫です。」
「えー……。」
と言いながら少し距離を開けて後ろを気にする千さんは何だか少し可愛くてふと笑ってしまった。するとその様子を見られていたのか、千さんは目を真ん丸にして私を見た。こうして視線があったのは初めてに近いかもしれない。
「あ、すみません笑っちゃって、」
「……いや、いいんだ。」
「千さん、……すみません。私が全部間違ってました。最初から、全部。」
「……何が?」
「この仕事に興味ないことも、Re:valeさんや千さんが苦手に、なってたことも……千さんに構わないでくださいって言ったことも……全部、間違ってました。」
「…………」
「ごめんなさい。」
「もういいよ、さっきからずっと謝ってる。」
「……本当ですね。」
思わず笑うと千さんは手で顔を覆ってはああ、と大きく息を吐かれた。何で、どういう心境でのため息だったのか分からなかったけど万理さんが笑いながら千さんの肩をバンバンと叩いてる姿を見るとそれほど悪い状況ではなさそう、だと思う。
「あの……、」
「ねえ、もういい?構わない期間。」
「あ、はい。」
「うん、じゃあみのりは明日も仕事でしょ?早いところ寝た方がいいんじゃない?」
「そ、うでした…私帰り」
「帰ったら2時とかになっちゃうし止めておきなさい。千もいるし、ね?」
「………はい。すみません…じゃあ、お世話になります。」
「よしそうと決まればはいこれ、スーツじゃ寝ずらいでしょ?あ、化粧落とすよね?お風呂はそこね。千は?着るもの持ってきた?」
「持ってきてない。」
「じゃあこれ。ほらみのりちゃん、これ持ってお風呂。」
「へ、あ、いやお風呂は、朝漫喫とか寄っていくので、」
「いいから。ね?化粧落としこれ、はいいってらっしゃい〜。」
「えええ……」
というかそもそもなぜ万理さんは化粧落としを持っているんだ、というつっこみも追いつかず私は部屋着を渡されお風呂場まで通された。万理さんって本当に何者……?