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「はい、いつもご苦労様。」
「先生もね。」
突然ですが私は捨てられた子供です。いや突然何を、と思うかもしれないけど小さいころから面倒な子供で。小麦、牛乳、果実類、ソバ、甲殻類、鶏卵……食べ物に関するあらゆるアレルギーを持ち更にはハウスダストに獣系など全てにおいて体調の悪さを引き起こしてしまう私は「こんなめんどくさい子、いらない」と言われ親に捨てられ何も知らない施設の人に無理やりご飯を食べさせられアナフィラキシーショックを発症させ生死を彷徨うことになったり。とにかく面倒な人間だ。
それから今、18歳になった私は高校卒業後施設を出て待ちに待った一人暮らしのスタート。大学に行くお金なんて勿論なくて就職先は潔癖なほど清潔なお菓子メーカーの工場だ。ただチョコレートを詰めるだけの仕事。だけど初めて3か月で何となくここの居心地の良さに気に入った。お給料だって高卒の正社員なのに初任給は18万円も貰えた。仲のいい友達もいない、仲のいい同僚もいない、仲のいい家族もいない。
だから病院は今だって私にとって大切な居場所だ。
「どう?仕事は。大変?」
「あー…ずっと立ちっぱなし。でも喋らなくていいし慣れたから新しいこと覚えることもないし案外居心地いいよ。」
「そっか、もうあのみのりが社会人なんだもんね〜。」
「会う度それ言うつもり?先生2か月前も言ってたよ。」
「嘘、やだ年かな。」
「そりゃ私も社会人になったからねえ?」
「あーもう本当にひねくれものになったものだわ!」
アカネ先生はいつも楽しそうに笑う。医院長の印象がよかった、っていう病院のレビューも見たことがあるしそれには深く頷ける。私なんかとこうやって話してくれるのはもはやアカネ先生だけだ。そしてそれはきっとアカネ先生も分かってるのか、たまに病院外でもご飯に連れてってくれる。本当は内緒よ、と言って私のアレルギーに該当しないお店を選んでくれるし少し高いデザートを頼んでも文句ひとつ言われたことが無い。
絶対に結婚するならアカネ先生がいいと何回も言う。けどアカネ先生には家族がいるし同性だし…それがいかに非現実的なことだということも自覚している。
「あ、そういえばみのり覚えてるかしら。」
「何が?」
「小さいころ2年くらい同じ病室にいたりっくん。実はね、最近またうちの病院に定期的に来るようになったのよ。」
「……りっくん、か。そういえばそういう子いたね。懐かしい。」
「あなたってば…りっくん、アイドルになったんだって。知ってた?」
覚えてる、彼のことはすごく。
だってこの灰色でつまらない人生の中で唯一の光、そういう存在だった。私の知らない世界を見せてくれた。小さなことに幸せを感じることが出来た。きっと初恋であり、私の歴史の中の最後の恋だった。でも光はいつまでもそこにあるわけではなかったことも彼から学んだ。幸せはいつだって一瞬で去ってしまう。今ならそれが痛いほど分かるけどあの頃の私は"りっくん"を失った翌日から毎日泣いて、泣いて、泣いて………それはそれは立ち直るのに数年の年月を掛けたっけ。
「アイドル?何それ。」
「あなたテレビとか見ないの?」
「見るよ、NHK。」
「……本当に18歳?」
「先生が1番よく知ってるでしょ。」
「そうだけど!あ、そうよじゃあ紅白歌合戦は?見るでしょ?」
「あー私施設でも19時にはテレビのない自室に戻っちゃったし見たことないんだよね。」
「……じゃあ次ここに来る2か月後までにそのiPhoneで調べておいて、iDOLISH7って。」
あいどりっしゅ、せぶん?2歩歩いたら忘れてしまいそうな名前だな、と思いながら分かったと言ってその後も先生と話を続けた。
その流れでりっくんの話も久しぶりにした。その頃の幼い恋心にも先生は気が付いていたと思うし少しむずかゆいところもあったけどやっぱり好きだった人の話をすると代わり映えしない日常がキラキラと色づく気がした。
「じゃ、そろそろ行くね。」
「ええ、また2か月後ね。それまでに何かあれば遠慮なく来ること、例えば職場でいじめられたとか彼氏が出来たとか、」
「はいはい。ないから安心して。」
「身体も十分に注意するように。」
「はーい。」
私は片手を振り病室を後にした。あ、りっくんのアイドルの、…なんとかせぶん、何だったけな。