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俺には忘れられない女の子がいる。でもこのことはアイドルになってからは誰にも言ってない。知っているのは天にいと、アカネ先生だけ。彼女とはもう10年以上会っていないけど、それでも変わらない俺にとっては大切な子。
いつも彼女は笑わなかった。アカネ先生に聞いたことがある、『みのりのお母さんとお父さんは何で来ないの?』と。それに先生は答えてくれなかった。いつもなぞなぞの答えや病気のことは教えてくれるのに、それだけは何度聞いても教えてくれなかった。でもきっと彼女が笑わないことと関係があるような気がしたから、それなら俺が笑わせたいと思った。
『りっくん、じょうず!』
絵本の話よりテレビの話より彼女は俺が歌うとそう言って笑ってくれた。だから俺は何度も彼女に歌を歌った。リズム感なんてまるでない手拍子が心地いいと感じたのは今もこの先もあの時が最後だ。不器用な笑顔でりっくんだいすき、と言ってくれるみのりが俺は大好きで初恋だった。例え退院してもずっと会えると思っていた。でも別れは突然来た。
『ごめんね、陸。』
『お母さん、僕大丈夫だよ!』
引っ越すと聞いた時、お母さんが悲しそうな顔をしたからその時みのりと離れることになると思わなかった俺は謝るお母さんに元気になってほしくて引越しが嫌だとは言わなかった。だからさよならも言わず俺は彼女と離れてしまった。引っ越し先でわんわんと泣いて、みのりに会いたいって言って親を困らせたこともあった。でもそれは叶わなくて、そのまま18歳になってしまった。そのころにはもう病院に通院するほど喘息も出ていなかったけどアイドルになってまた発作が出るようになった俺はもう自分で病院選びも出来るようになったから都会から程遠い八王子にあるアカネ先生の病院まで通うことにした。もしかしたらまた彼女に会えるんじゃないか、そんな淡い期待をもって。実際にここにみのりが通ってることはアカネ先生から聞いていた。
『久しぶりね、陸くん。』
『お久しぶりです!覚えててくれたんですか?』
『もちろん、アイドルの方も見てるわよ?』
『あはは、恥ずかしいな。』
『立派じゃない、でも数値やっぱり安定してないから休めるときにはしっかり休むように。』
『はいっ!あ、先生…一つ、聞きたいことがあるんですが……』
『あら、何かしら?』
『……辻川みのりって、俺と同い年の女の子…覚えてますか?』
『覚えてるも何もみのりちゃんは今でもうち通ってるわ。みのりちゃんがどうかした?』
それを聞いた時どうしようもなく胸が躍ったのを覚えている。病院に通ってるというところに喜んではいけないと分かっていても、彼女が生きてここにいるということに奇跡すら感じた。だって別れてしまってから10数年、ずっと会いたかったんだ。会って突然居なくなってしまってごめんねって言いたかった。君は今、ちゃんと笑えてるのか知りたかった。
『先生、俺…みのりに会いたい』
『……それは私にはどうすることも出来ないかな。ごめんね。ただあの子はまだここを通ってる、それしか今は言えないの。』
『…うん、でもいつかまた、俺、会うよ。』
あのときアカネ先生は眉根を寄せて笑った。先生にしては窮屈な笑顔だった。俺にはその時お願いね、と言われているような気もした。
でも病院に行くほかで八王子に来ることなんてほぼなかった。しかし無意味に八王子に来る暇も余裕も今の自分にはないこともよく分かってたしこれはきっと時間が掛かる、そう思っていた。そんなとき、テレビ番組の取材でこっちに来る日があった。街中どっきりロケを撮っていた俺は街中の人たちにこっちにも来てと言われ通常予定していた時間よりずいぶんと押してしまい気が付いた時には辺りは真っ暗になっていた。スタッフさんに謝られ、楽しかったから全然平気です!と言ってロケバスに乗った矢先飲み物が切れたことを理由にコンビニに寄ることにした。
いつもならマネージャーさんか万理さんが颯爽と降りて買ってきてくれるちゃうんだけど、そのときたまたま2人とも対応に追われていた為自分で車を降りて飲み物を選びに行くことが出来た。コンビニに入ると直ぐに入り口近くの雑誌コーナーにいる女の子が目に入った。
最初は気に留めていなかった。それでも飲み物を選んでレジで購入した後も彼女は俯いていた。そしてよく見るとその手も肩も足も震えていた。その背中はとても小さく、顔こそ見えないものの助けを求めている気がした。
「どうかしましたか…?」
その時自分の立場とか全然考えてなくて、きっと一織がいたらあなたは物を考えて行動してください!とかいって怒られそうだけど自分が声をかけることでこの人が安心してくれるならいいなという思いだけだった。だから顔を上げた時、まさか会いたくて堪らなかった彼女だとは思わなくて。小さいころから変わらない、真っ白な肌と目尻にあるほくろ、そして薄い唇は口角はいつも下がっている、みのりだ。あの頃より随分女の人になったように感じるけど、間違いない。
「……みのり…?」
「……り、っくん…?」
その一言で俺の心は一瞬であの頃に戻された。
ああ、やっと会えた。