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先ほどまで目の前が真っ暗で不安と孤独しか感じていなかったのに、突然現れた幼き思い出の君。テレビで見ていた印象よりも背が伸びていて、テレビ越しでない直接聞こえる声は印象より低くでも変わらない優しい声だった。

「あ、私のこと…覚えてたんだね。」
「当たり前だよ。久しぶりだね、ずっとみのりに会いたかったんだ。」

とくん、と心臓がいつもより大げさに動く。でもきっとアイドルだし、こういうセリフなんて飽きるほど女の子に言ってきただろう。にこりと笑うりっくんに私は思わず目を反らした。いっそ逃げたい、そう思うけど外には追いかけてくる人がいる。行き場を失った、というのはこのことを言うのだろう。

「色々言いたいことはいっぱいあるんだけどさ、まずみのりが何にそんなに怯えてるのか教えて?」
「……………」
「怖いことでもあったの?俺に出来ることある?」

オレ…っていうんだ。そうだ、この人はりっくんであり、りっくんじゃない。
七瀬陸さんは国民的スーパーアイドル、私はこの人に関わるべきではない。

「な、にもないです。」
「……でも、」
「ごめん、…私、もう行かなきゃ。」

震える足をゆっくりと一歩踏みしめ外に出ようとする。何かあった時のように直ぐに警察に連絡できるように常に携帯を握りしめておこう。そうすれば大丈夫。ゆっくりとした足取りでコンビニを出ようとしたその時、まって、と言ってりっくんに手を握られた。

「そんな顔したみのりをほっとけないよ。」
「っ…いい、大丈夫、」
「じゃあせめて家まで送らせてほしい、お願い。」
「いい!」

私は手を振り払い走り出した。走るなんて、いつ振りだろう。もう長く走っていなかった気がする。
きっとりっくんは喘息もちで、今通院をしているということは走って追いかけてくることは出来ない。アイドルをやってることだっておすすめはしないとアカネ先生も言っていた。私は後ろを見ることなく走り続けたら辻川さん?と声を掛けられた。歩みを止め振り返ると、見覚えのある工場長の姿があった。

「工場長…?どうされたんですか?」
「いや、君が走ってるところが見えたから…どうかしたのか?」
「あ…いえ、ちょっと気分転換です。」
「君はたまに面白いことを言う。遅い時間だ、送っていくよ。」
「……もう近いので大丈夫です。」

何だろう、直感でこの人が嫌だと思ってしまった。工場長は私を採用してくれた人だし、いつも優しくしてくれて感謝している。しているのに、なぜか今は工場長と一緒に居るのが嫌だと思ってしまった。

「そういうな、部下を送り付けるのも上司の勤めなんだ。」
「……いいです。」
「素直じゃないな君は。ほら、行こう。」
「っ離してください。」
「なぜ?僕は君を雇った張本人だぞ?そんなことを言っていいのか?」
「それとこれとは関係ありません!いやっ、」
「君はいつも一人だから可哀そうだろう、俺が一緒にいてあげるから、」
「っや、」

捕まれた腕を引かれ工場長に頬ずりされた瞬間、こいつがきっと私を追いかけてきたやつだと思った。全身の鳥肌が立ち、振りほどけない力の差を感じる。どうしよう、このままだと私……最悪の結末を想像してしまい全力で抵抗を続けるもどんどん家に近づいている。誰か、助けて―――そう助けを求めたその時。

「っみのり!!」
「、り、っくん……、」

白い息を吐きながら走ってはいけないはずのりっくんがスーツを着た男性と一緒に走ってきたのが見えた。私はもってる力全てを振り絞り工場長から逃れると一目散にりっくんのもとへと走った。

「万理さん!すみません、お願いします!」
「はいはい、あーもう面倒なので逃げないでくださいよ?警察呼んであるので、それまで大人しくしててくださいよ変態。」

私はりっくんの腕をぎゅっと掴むと、そのままりっくんが自分の胸へと引き寄せた。とくん、とくんと少し心拍数の上がった心音が妙に安心を覚える。もう大丈夫だよ、そう言って私の頭を撫でたりっくんの表情は私には見えなかった。

「っくそ!お前らなんだ一体!これは同意の上だろう!」
「こんな状態の女の子を見てよくそう言えるな。」
「辻川、こっちへこい!」
「っ……、」
「聞かないでいい。万理さん、彼女ロケバスに避難させてもいいですか?」
「そうして。後2~3分もすれば警察が来るはずだから。」

反論する工場長の声が夜の街に響く。とはいえここら辺は田舎だからなんだなんだと人だかりが出来るようなことはない。私は覚束ない足取りでりっくんに身体を支えてもらいながらこっちに来て、と言われるがまま傍に着けていた車へと乗った。中には女性の方もいて、大丈夫?怖かったね、と心配そうに私に声をかけてくれた。人の優しさを受けることに慣れていない私はここが安心する場所だと分かった瞬間感情が一気に爆発してうわああ、と声を上げて泣いた。その間もりっくんは私の背中をさすって傍にいてくれた。