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『いやだぁ、りょーちんとそーちゃんとあんちゃんとあんちゃんと離れたくないよぉ!』
『みのりちゃんもう会えない…?えーーんやだよぉ〜!うわぁぁん』
『あーもうアンナ、みのりそんな泣くなぁ。一生会えないってわけじゃないよ、生きてればまた会える。みのりが大きくなったらまたここに来たら俺たちはいるさぁ』
『おおきく、なったらってどれくらい…?』
『うーん……あ!高校生!IHがあれば俺は出るから本島行くしその時は絶対会おう、な?』
『……りょーちんは?』
『……………』
『リョータも俺のIH応援くるよな!そのとき母ちゃんとリョータとアンナで行くよ』
『……ぜったい?』
『おん』
『りょーちん、りょーちんも、また会える…?』
『………バスケ、続けろよ』
『っうん、バスケやる!りょーちんも、そーちゃんに勝ってね!』
『ば!ばかそれ言うなや!』
『あはは、何やそんな話してたん?俺は強いぞ〜?』
『うっさい!!……みのり、これやる』
そうして渡された黄色のリストバンド。私はいくつになってもこれを寝る時も身に付けた。
短かったけど濃かった沖縄での大好きな生活、いつかまた3人に会うことを毎日願って、そして私は気が付けば高校生になっていた。
ソーちゃんからIHに行く、という連絡が家の電話にかかってくることはなかった。
転勤族の両親たちがこれでもう転勤はないから、と言って謝った私の最後の転校は高2の5月。どうせなら4月にしてほしかった、だって5月って1番グループが固まり始めてそれぞれ仲良くなる為に遊びに行く時期なのに。
幼少期から6度の転校を行なって、案の定友達と呼べる存在いなくて。唯一記憶にある友達の記憶が宮城家のことだった。
最初はIHと言われても何のことか分からなかったけど高校バスケの全国大会と知った時、中学生だった私は毎年どの地にいてもその時期になるとそわそわとしていたのがもう今や懐かしい。
当時はよく私とりょーちんはソーちゃんにバスケを教えてもらっていた。背が大きくて、優しくて、かっこいいソーちゃん。それとぶっきらぼうで、意地悪で、でも絶対に私を1人にさせないように最後までずっと一緒にいてくれたりょーちん。
2人は私にとって人生で初めて出来た兄妹のような、親友のような存在だった。
だから素直に連絡がなかったことは悲しかった。だけどそれ以上にみんなに会いたくて私は高1の頃初めて親にわがままを言って沖縄に行った。
しかしそこに3人はいなかった。
そして私は知った、ーーーソーちゃんが死んだということを。
なりふり構わずにその場で崩れ落ちて大泣きした。こんなにも感情を爆発させたのはこれが初めてかもしれない。泣いてると突然あの頃の2年間がフラッシュバックする。
『生きてればまた会える、って、言ったじゃん、っ〜〜しんだら、会えないじゃん!!』
ソーちゃん、
ソーちゃん。
『ソーちゃん、会いたかったよぉぉ、っ!!!』
沖縄の穏やかな空気は、残酷にも私を優しく包み込んだ。
その日、私は3人でよく行ったほこらに行った。両親はそのまま私が死んじゃうのではないかと思い近くまではついてきたけどここからは3人の思い出だからと言って待ってもらい、道を進んでいくと変わらずそこはあった。そしてそこにあった古びた鞄、中を開くとボールとバスケ雑誌。ソーちゃんとりょーちんと見たことのあるものだった。
私はそこにメモを挟んで沖縄をまた去った。いつかまた、りょーちんに会えますように。という願いは初めて高2で叶うことになった。