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「上がれや」
「あ、えと、でもわたしびしょ濡れで、」
「あー………荷物よこせ。とりあえず靴下脱いで右側風呂だから入れ。話はそれからだ」
「え、あの」
「言うこと聞かねえと燃やす」
「は、はいっ!あの、」
「着替えとタオル後で置いとくから使え。脱いだ服は洗濯機入れとけ」
「……はい」

あの日は本当に偶然で。たまたま爆豪くんの家の近くだったらしく、オフの彼がコンビニに買い物に出かけた帰りに私を見つけ声を掛けてくれたらしい。彼曰く変質者に声を掛けたらたまたまテメエだった、とのこと。それでもこんな姿のままだと恐らく漫画喫茶にも入れなかっただろうし正直助かった。私は言われるがまま脱いだ衣服を全て洗濯機に入れてお風呂に入らせてもらった。お湯が温かくて涙が出そうになったのは初めてだ。
それからお風呂を出ると先ほどは無かったのにタオルとスエット、あとコンビニで買ってきてくれたのか下着まで用意してくれていた。さすがに申し訳なさと恥ずかしさで頭を抱えたけどバックを取られてしまった以上それ以外を身に着けるものが無いので有難く頂戴する。しかし先ほどこけた右足からはまだ微かに血が滲んでいて、せっかくお借りしたスエットが汚れてしまうかもしれないと思い、私は右足だけぐっとたくし上げ濡れた髪をゆるく結び脱衣所を出た。

「………お風呂、ありがとうございました……」
「おい足、見せろ」
「え?あ、えと絆創膏がポーチの中にある気がするので、」
「いいから見せろ」
「は、はい!」

私は言われた通り爆豪くんの前に行き右足を差し出すと、爆豪くんは持っていた消毒液をそこに振り掛けた。私は思わず気の抜けた声が出て座り込む。情けないけど久しぶりの沁みる痛さに身体が慣れてなさ過ぎて思わず涙目になった。

「っ…あ、の、」
「あ?」
「な、んでもない、デス」
「動くなよ、やりづれえから」
「はい」

そもそもこの人、私が同級生の辻川みのりであることを知っているのだろうか。いや、知るはずがないよね。きっとヒーローだから、困ってる人を助けてくれてるんだ。いくらヴィラン顔と言われてきても、彼はヒーローへの大きな憧れを抱いていたと中学時代言伝に聞いたことがある。

「左は」
「そっちは、大丈夫です………」
「本当だろうな?」
「本当です!」
「………ドライヤーあるから使え」

ありがとうございます、とドヤイヤーを受け取り早速髪の毛を乾かし始めると爆豪くんはリビングを出て行ってしまった。ここに来てから、あまりキョロキョロとしないようにはしていたけど恐らく1LDK、なのだろうか。同い年でこの広さの子の立地の家に住めるなんて、本当に凄いと思う。そりゃ社会人1年目と社会人3年目だと稼ぎも違うだろうけど…って私は今日ニート宣告されたんだっけ。
本当にこの先どうしよう。ぼんやりとドライヤーを掛けながらお先真っ暗のこの状況にため息が何度も零れる。まずは明日ハローワークに行って、それから家を借りないといけない。けど稼ぎがないのに家を借りることは出来るはずもない。暫くは漫画喫茶での生活をすることになるだろうけど私にある貯金は引越資金として貯めてきたお金だけ。それを使ってしまったら就職が出来たとしても直ぐには家を借りられなくなってしまう。
「はあ・・・どうしよう、」
本当にどうしたらいいのか、考えるだけでお腹が痛くなる。もともとお腹は弱い方だけど、こんな状況、強い人でもきっと堪えるはずだ。

「終わったらそっちに戻しとけ」
「あ、ありがとうございました!あの、バックは………」
「そこ。あとこれ壊れてるぞ、多分」
「え!?嘘!?さっき電源は入ったのに………!」
「ンな雨ん中バッキバキになれば壊れんだろ普通」
「……そんなあ、」

最期の追い打ちとして携帯も逝ってしまったようだ。
踏んだり蹴ったりとはこのことを言うだろう。私はもう立つこともままならないほど傷心しきってしまった。

「家、どこだよ」
「………家、ないです」
「は?」
「………あ、いえ、すみません。えっと…ちょっと事情があって、今は探し中で、」
「……………今日どこ泊まんだよ」
「えと………あ、」

漫画喫茶を調べるにしても携帯が壊れてたんじゃそれすらも出来ない。ましてやここがどこの駅が最寄り駅なのかさえ東京に出てきたばかりの私には分からない。どうしよう、もうどうしたらいいんだろう。情けなくて、恥ずかしくて、悲しくなる。

「あの、携帯を、お借りできないでしょうか…」

その時の私の精一杯の言葉だった。恐る恐る彼の顔を見ると眉間に皺を寄せまるで何言ってんだこいつ、とでも言いたげな顔。思わず視線を反らすと頭上からチッと舌打ちが聞こえた。

「借りてどうすンだよ」
「………調べ物を、したくて」
「なんの」
「………最寄り駅、とか」
「アア?最寄りは霞が関だわ」
「…………カスミガセキ、」
「あとは」
「………えっと、漫画喫茶とか、」
「んなもんねーわ」
「……………新宿、までの行き方を」
「泊まんとこねーならここいりゃいいだろ」
「……………へ?」
「別にてめえ1人いてもいなくても変わんねえわ」

そんな爆豪くんの優しい………かは別として神の一声によってその日、私はお世話になることになる。その日は本当にただ泊まらせていただくだけで、何もなかった。
私はソファで寝かせてもらって、翌日からの不安な日々をその時ばかりは忘れ眠りについた。そして翌日彼からまた驚くべきことを告げられるにはまだこの時の私は知りもしない。