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「おい、これ鍵。」
「…………へ?」
「へ?じゃねえわ。もう出るから外出すんなら戸締りちゃんとしろ」
「え、いま何時、」
「時計見ろやカス。じゃあ行くからな」
「まっ、ぶえ、」

私は慌てて爆豪くんの後を追おうとしたけどオーバーサイズのスエットに足を取られ盛大にまたこけた。そのうちに鍵を掛けられ彼が出て行ってしまったことを確認して思わず顔を地面と合わせたまま動けなくなる。はあ、とため息をつき体制を整えた後デジタル時計を見るとまだ朝の5時だった。正直携帯が壊れてしまってアラームも掛けられなかった為大遅刻してしまったかと思ったけど、どうやらヒーローの朝は早いらしい。
もう一度寝ても仕方ないし私はバックから着替えを取り出し、とりあえず着替えを済ませた後に申し訳ないと思いつつ洗面台をお借りして顔を洗い自らのハンドタオルで顔を拭いた。

「はあ…カスミガセキってハローワークどこにあるんだろう」

携帯が無いって本当に何も出来ない。まずは携帯の調達が必須、私は渡された鍵を利用して戸締りを確認してから家を出た。とはいえまだ朝は5時、辺りはようやく明るくなってきたばかりで人もまばら、やっているお店はコンビニくらい。でも爆豪くんの家にいたところでやることもなければ居心地も悪いのでとにかく近隣を歩いて回った。
契約している携帯会社のお店も無事発見したところで近隣のコンビニで朝ご飯を買い、小さな広場にあるベンチに座ってそれを平らげる。まるで渡航に彷徨うひな鳥だ。開店時間と同時に携帯ショップに駆け込むとそこで困った事実を突きつけられる。

「では住民票等お客様のお住まいが分かる資料はございますでしょうか?」
「……………それが、ないと契約って……」
「そうですね…すみません。」

肩を落とし携帯ショップを出た私は自分が早めにやった方が後々の自分が困らないと高を括って既に引越予定だった住所に住民票を移していた自分を恨んだ。せめて実家のままであれば直ぐに対応が出来たのに…本当にバカだ。やっぱり家の契約が先、いやでも職場を見つけないと…ハローワーク……それを探すには携帯………

「ああもう、人生詰んでる」

永遠の負のループから抜け出せる気がしない私は気持ちも足取りも重くなりそのベンチから一歩も歩けずに1日の半分以上を過ごしてしまうこととなる。そして日が落ち始め、まだ少し寒さの残る春、さすがに東京砂漠の中で野宿をする勇気が無かった私は申し訳なさに駆られながらも爆豪くんの家へとゆっくり歩みを向けた。
ガチャリ、と鍵を開けて入ると出てくときには無かった靴があり、家主が帰ってきていることを確認が取れるとただならぬ緊張感が高まる。靴を脱ぐ、ただそれだけの行為が今の私にとっては重くて仕方なかった。

「いつまでそうしてんだ」
「っぁ、えと…………」
「はよ入れや」
「……おじゃまし、ます」

爆豪くんの一声は鶴の一声のような、悪魔の囁きのような…いやいや今は神の一声か。リビングから聞こえるその声のもとにゆっくり向かうと彼は持ち前の目つきの悪さで私を見つめていた。

「どこ行ってた」
「え?あ、の…………携帯、新しく契約しようと思って、」
「出来たんか」
「………住民票、移動しないと出来なくて」
「ア?実家じゃねえのか」
「………決まっていた引っ越し先に、移動したばかりで……」
「ハッそんでその引っ越し先がダメになったっつーわけか」
「…………そうです」
「ついてねーやつ」

仰る通りすぎて何も言い返せないし言い返すこともない。私は重いボストンバックを両手に抱えたまま立ち尽くしているとそこ座れやと少し乱暴な言葉とは裏腹に優しい気遣いに嬉しさより先に情けなさが来る。本当に申し訳が立たない。恐る恐る座ると目の前にドンっと美味しそうな親子丼とお味噌汁が置かれる。思わず目を見開いてそれと爆豪くんを何度も見合わせていると食わねえなら捨てると言われてしまったらもう食べるしかない。私はいただきます、と小さく呟いて親子丼を一口食べる。

「っおい、し………」

美味しい。あたたかくて、やさしい味。
これは爆豪くんが作ったのだろうか。そういえば昔から彼は何でもできる器用な人だった。
パクパクと食べるたびに空腹だったお腹にあたたかい食べ物以上の何かが満たされていって、思わず涙が零れた。食べながら泣いて、泣きながら食べて………こんなの幼稚園児以下だ。

「てめ、何泣いてんだ!」
「っぅ、す、すみませっ、ん………」
「卵嫌いだったら無理やり食べんなや!」
「ちがっ、おいしい、おいしいですっ」
「アア?!だったら何で、」
「おいしくて、っ……あったかくて、なんか、ずっとつらかったのにっ…ぅ、〜っぅう、」
「あーあーもういいから泣くか食べるかどっちかにしろ汚ねえな」
「ごめ、んなさいぃ、」

その後も結局みっともないくらい涙が止まらなくて、でも温かいうちに目の前の親子丼を食べたくてどっちかなんて出来なかった。それでも爆豪くんはこれ以上の文句は言ってこなかった。
食べ終わると同時に涙も止まり、そりゃもう恥ずかしさで死にたくなる。ごちそうさまでした、と小さな声で言って椅子から立ち流し台にお皿を持っていこうとするとそれは爆豪くんに奪われてしまった。

「あ、あのわたし、」
「いいから風呂入って来い」
「いやでも、」
「話はそっからだ。言うこと聞け」
「…………はい」

私はボストンバックに入ってある自分のジャージと下着を取り出し、言われるがままお風呂に入った。ずっと外にいた身体は知らぬ間に冷えていたのか、体の芯から温まる感覚を覚えた。また今夜も、お世話になることになるんだろうけど、私はこのまま爆豪くんに甘えてしまっていいのだろうか。
そういえば私、まだ名乗ってもいないや。お風呂を出たら初めまして、って言って名乗らないと。そんなことをぼんやり考えながらもこの一瞬だけはぼんやりと安らげる気がした。