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「あ、あのっ……」
「……あ?」
「わたし、就職が決まったので、今日から帰りが19時になりますっそれで、ご飯の準備が遅くなっちゃうんですが、」
「……どこだよ」
「え?あ、えと池袋の方にある出版関連の事務職に…」
「……そうかよ」

初出勤を控えた朝食の時間、久しぶりに爆豪くんと話をした。まさかどこか、なんてこと聞かれると思わなかったので内心バクバクと心音が響いているけれど、それだけで爆豪くんはいつものように食べ終わると席を立って玄関の方へと行ってしまった。いってらっしゃい、と小さな声で呟いたけどきっと彼には聞こえてない。

食べ終わった食器を片付けて最後にリップを軽く乗せ、いってきますと誰に対してでもない言葉を零して家を出た。最近爆豪くんのことを考えると、胸が苦しい。あの夜、「てめえの気持ちなんてしらねえ」「人の気持ちしらねえくせして」と何度も何度も言われて揺さぶられた。その時の爆豪くんが泣いてるように見えて、私はその目を見ないようにギュッと瞳を閉じていた。
爆豪くんの気持ち、ってなんだろう。

「はあ、」

もう考えるのはよそう。今日からのお仕事、頑張らないと!














初出勤が終わるとどっと疲れが伸し掛かった。初めての人、初めての業務、初めての社会人……とにかく疲れた。でも教育係についてくれた方も、同じ部署の人もとてもいい人でほっと安心した。帰り道よろよろになりながらも家に帰る前にスーパーに寄ってマンションへと戻った。家に入ると既に爆豪くんは帰ってきていて、何やらガチャガチャと生活音が聞こえた。

「ただいま、…あ、ご飯食べちゃいましたか?」
「……平日はいつもこの時間になるんか」
「え?あ、えっとそう、かな。すみません、19時どころか20時になっちゃって…明日からは朝に夜ご飯の仕込みも、」
「いらねえ」
「……え?」
「だからいらねえっつってんだろ」

そう言って彼はキュッと洗い流していた水を止めリビングを出て行ってしまった。私はぼうっと立ち尽くしてしまったけどひとまず食材を冷蔵庫に入れるために扉を開くと中にはラップに掛けられた親子丼があった。誰が作ったかなんて、直ぐに分かった。

「なん、で……」

どうしようもなく泣きたくなった。
私の為じゃないかもしれない、翌日の自分の分だったかもしれない。
それでも私に声を掛けてくれたあの日の爆豪くんの優しさを思い出してしまって涙が湧き上がってくる。

その日私はその親子丼には手を出せなかった。