12
「まって、まって爆豪くんっ!」
「…っせーわ、」
「あの、わたし明日ここをっンんぅ、」
2人で家に入って鍵を掛けた瞬間唇を奪われる。また、流されてしまう。
このまま、流されて、何も話もしないで、明日を迎えてしまっていいのだろうか。
「っぁ、ばく、ごくんっ、」
「…………」
「ゃ、こんなところ、で、」
「………」
「ひゃあっ ぁ、〜や、だっ、」
着ていたブラウスははぎ取られその先端をちろちろと舐めながら両手いっぱいに質量のある乳房を揉まれながら左手が慣れた手つきで下に履いている下着を剥ぎ取る。ダメ、ダメだ。絶対今は、してはいけない。
「っやだっ!」
私は初めて、初めて爆豪くんを突き放した。
自分の持つ精一杯の力を込めて押し返すとそれは想定外の抵抗だったからか爆豪くんは一瞬よろめいて2人の間に距離が生まれた。私は肩で息をしながら開きっぱなしのブラウスを隠すように両手で掴んだ。
「……男出来たらそれかよ」
「……え、」
「これまで抵抗したことなかったくせに男が出来たから純情面すんのかよテメエは」
「男って…佐藤さん、のこと……?」
「知らねえよ!ハッ、佐藤だがなんだが知らねえがあいつもンな付き合ってもねえ男と平気な顔してヤっちゃう淫乱女が相手だと大変だなア!」
「…………」
「それともなんだ?あいつもセフレで本命は他にいるってか?俺がいねえ間はあいつに相手してもらってたのかよ!」
やだ、もう…なんでこんなことになっちゃうんだろう。
こんなことを話したくて行為を遮ったわけじゃないのに。目の前の爆豪くんは相当苛立っているのかもう目も合わない。そして萎えた、と言って私を放置してリビングに行ってしまった。私はその場に座り込んでただただ茫然自失した。もう、微かに芽生えていた彼への気持ちは殺そう。そう思った。
それから何時間経ったかは覚えていない。もう一度立ち上がった時には爆豪くんは自室に入ってしまっていた。どうせ明日には出ていく。もう彼とは会わないだろう。
「ばくごう、くん」
やっぱりこれだけは言わせてほしい。
「あした、ここから出ていきます。本当に、あのとき…声をかけてくれて、ありがとう。爆豪くんがいなかったら私どうなってたか分からなかったので、本当に感謝してます。あと、親子丼、ありがとう。2回とも、すごく美味しかった、です。……迷惑ばかりかけてごめんなさい。半年間だったけど、全然お話とか、出来なかったけど、っ…わたしは、」
何も話が出来なかった。
出来なかったけど、出来なかっただけで爆豪くんが口先のように意地悪で嫌な人じゃないことは一緒に住む中で私は気が付いていた。朝早い時はリビングで寝ている私を起こさないように音を立てず家を出て行ってくれたり、昼寝をしたまま夜になってしまった時も肩にはブランケットが掛かっていて文句も言わずに夜ご飯を待ってくれたり、具合が悪くなった時には何もすんなってそれだけ言って看病してくれたときだってあった。
優しかった。最初から彼は優しかったのだ。
「わたしは、また爆豪くんと会えて、うれしかった、です」
こんなに平凡な私を助けてくれて、ありがとう。
聞こえてないかもしれない。けど言葉にしたら何だか肩の荷が下りたような、そんな感じがした。明日の準備をしようと扉の前から移動しようとした瞬間。
「っクソッたれが、」
その声が耳元からしたと思えば後ろから嗅ぎ慣れた香りと温もりを感じ、振り向く間もなく抱きしめられた。振りほどいたらきっと直ぐに抜け出せてしまうほどに力無かった。
「勝手に言ってんな」
「っ……ごめんなさ、」
「テメエは最初から俺のこと舐めた目で見やがって、普通なんでもするなんて独り暮らしの男の家にいる女が言う台詞じゃねえだろうが」
「あ、あれはっ本当に爆豪くんがこうしてお家にいてもいいって言ってくれたことが嬉しくて、ありがたくて…わたし、何も返すことが出来なくて分からなくて…本当に家事や免許とか持ってたから、爆豪くん車あるって言ってたし送迎とか、そういうの出来ると思って思い付きで、言っただけだったんです、」
「……ハア〜〜」
ざけんな、と抱きしめられていた腕はほどかれ爆豪くんはしゃがみ込んでしまった。
私はゆっくりと振り返ると頭を抱えた彼の姿に明らかに動揺をしていた。
「あ、あの、」
「普通ねーだろ、テメエいくつだよ」
「…爆豪くんと、同い年です、よ」
「ハア〜、……まあ勢いで抱く俺も俺だがテメエも流されてんだ、そこは謝んねえからな」
「……は、い」
「お前こうやって何人も男落としてんのか」
「っちが、」
「簡単にされてんじゃねえよ…、」
爆豪くんらしくない、小さくて少し情けない声。
顔は見せてくれないけど怒ってはない気がした。
「ごめん、なさい…でも、本当にわたしこんなこと他でしたことはないです。……本当は言わないほうが、爆豪くんもやりやすいと思って、黙ってたけど…わたし、全然経験なんて、他に1回しかないの。信じてもらえないかもしれない…け、ど…」
「……だからフェラへったくそだったんか」
「っな、だ、だってしたことなかった!そんなの、」
「……ならそう言えや」
「……ごめんなさい、」
「ハア……さっきのは」
「…佐藤さんのことだったら、会社の先輩。右斜め前の席に座ってて、分からないこととか丁寧に教えてくれて優しくて、」
「んなことどーでもいいわ。……好きなのかよ、そいつのこと」
「へ?あ、ありえないよ!」
「…チッ、」
べたべたしやがってあいつ、って…なんだろう。それじゃまるで、爆豪くんが佐藤さんに嫉妬、したみたいじゃない。
勘違いだって分かってるのに恥ずかしくなってきて顔がカッと赤くなる。私はまた爆豪くんから背を向き勘違いでも嬉しくて、にやけを止めるのに必死だ。そんな中、爆豪くんがくいっと私の指を引っ張ってきて、ドキッと心臓が飛び出そうになる。再び振り返るとくいくいっと指でしゃがめと言わんばかりに誘導され、私は言われた通り彼の前に座った。
「一度しか言わねえからよく聞け」
「…………」
「…ずっと、辻川のことが好きだった」
まるで宝石箱から零れ落ちたようなその煌めいた言葉は、彼の視線と指先の温もりが重なって私の全身から離れなかった。