何色の日々を想い出と呼ぶ

「そうか、玲は食堂で働いているんだな」
「はい。家族ももういないし…結婚もしてないので雇ってくれるところがあるのは有難いです」
「玲は働き者だな…料理もとても美味しい」
「うん、玲ちゃんのこのお弁当すごくうまいよ!」



そう言ってにこやかに笑う二人にチクリと胸が傷んだ。食堂で働いているというのは、半分正解で半分嘘だ。わたしが働いているのは、旭川の陸軍第七師団の食堂なのだから。父も祖父も軍人だったというご縁で鶴見中尉に拾われ、現在は小樽の駐屯地に出張するという彼らに付き添い、生活を支えている。(鯉登さんから「どうして蘇芳が鶴見中尉殿と行けて私が待機なのだ!!!」とまくし立てられたのはつい先日の話だ)
国の為に働く彼らのために食事を考え、作り、そして与える。わたしが医学や漢方、薬膳料理に詳しいからという理由だけで置いてもらっているに過ぎない。鶴見中尉のことは正直全く信用していないけれど、かと言ってこの生活を手放すわけにはいかない。厳しかった祖父も、頼もしかった父も、優しかった母、明朗快活な兄、幼くてやんちゃな弟…すべてがもう遠い日々の記憶となっている。もうわたしの帰る場所はどこにもないのだと、嫌でも思い知らされてしまう。



「玲?大丈夫か?」
「…やっぱりさっきの痕が痛むの?」
「…大丈夫です、ちょっと 家族のことを思い出してしまって」
「玲さん…」
「……玲、オハウはまだあるぞ、しっかり食べろ」
「…ありがとう、アシリパさん、杉元さん」



誰かと食事をしていると、やっぱり一番に思い出すのは家族のことだ。みんな流行り病で亡くなってしまったり、戦争へ出兵して亡くなってしまった。2年前まで一緒に住んでいた祖父に至っては家に火をつけられ、殺されたようなものだ。この時代の食べ物や薬ではどうにもならないことだって多いとは分かっていても、助けられなかったことが悔しい。暗い顔をしているわたしに、先ほどわたしが杉元さんにしたように彼が背中をトントンと撫でてくれた。



「ふふ、兄さんみたい」
「ユㇷ゚がいたのか?」
「はい、兄と弟がいました」



ユㇷ゚、というのが兄だということなのは文脈でなんとなくわかった。アイヌの言葉は分からないけれど、アシリパさんから聞くカムイの話やアイヌの生活の話はとても興味深いものだった。北海道に住んでいるならば、誰でもアイヌの存在は知っている。知ってはいるけれど、実際のところ関わることがほとんどないのだ。文化や言葉、伝承されているものはほとんどなく、和人とは仲があまり良くないとも聞く。こうして本当のアイヌと出会えたのは幸運だったかもしれない。



「ところで、二人はどうして一緒に…っと、聞いていいものでしたか?」
「あ〜…まあ、目的が一致して一緒に行動してるんだ」
「へえ…じゃあアシリパさんと杉元さんは"相棒"ってことですね」
「相棒か…いいな、それ」
「ああ、私もしっくりきたぞ!玲はいいことを言うな!」



ふたりがあまりにも嬉しそうにするものだから、こちらもなんとなく嬉しくなる。アシリパさんが「じゃあ玲も入れたら3人で”仲間”だな」とこちらをまっすぐ見て言うもんだから、また少しだけ涙が出そうになった。



「今日、お二人に会えて良かったです」
「私も玲に会えて良かった」
「美味しいごはんもご馳走になったしね」
「そんな…ご馳走になったのはこちらの方です」



ヒンナでした、と答えれば二人も笑ってくれた。(オハウをいただく前に教えてもらった、覚えたての言葉だ)いつも男所帯で料理を作っているし、隊の誰かとご飯を食べるのは稀だ。(まかないの時間に尾形さんや宇佐美さん、二階堂さんたちがふらっと食べに来ることはあるけれど)こんなに気を張らない楽しい食事は久しぶりで、本当に嬉しかった。片付けをして立ち上がり、荷物を担ぐ。



「アシリパさん、杉元さん!また会いましょう!」
「ああ、今度はリスを食べさせたいしな!」
「リスかぁ…食べたことないので興味あります…」
「ほんとぉ〜?リスすっごくカワイイのにぃ〜?」
「ふふふ」



彼らに働いている食堂がどこなのか聞かれたけれど、「わたしはまだ見習いなので…」と誤魔化しておいた。わたしが軍で働いていることはあまり公に言うものでもないし、なんとなく言わなくても彼らとはまた会える気がした。
満腹のわたしたちはお互いに大きく手を振りあって、反対の方向にそれぞれ歩き出すのだった。



20240228
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