死ぬのは諦めて食事にしよう

「ぅ…熱い…」



ひどく頭痛がした。瞼を持ち上げ、ゆっくりと覚醒する頭で現状を理解する。パチパチと揺れるオレンジ色の炎、燃え盛る部屋。兵舎が燃えていると気付くのに時間はかからず、はっとして身体を起こす。腕と脚に巻かれた縄は解かれていて自由に身動きがとれることに感謝だ。(月島さんがせめてもの情けで解いてくれたのだろうか)(だとしたら人が良すぎる)



「(出口は…塞がれてる…)」



ぐるりと周りを見渡しても、外に出られるのは窓だけだった。ここは2階、1階ももうほとんど焼失しているだろう。カラカラに乾いた喉と暑さからくる汗でどんどん身体の水分と体力が削られていく感覚になる。おじいちゃんはこんな中で一人きりだったのか。悔しさを滲ませるように唇をかみ、ふらふらの足で立ち上がる。これだけ炎が上がっているのだ、誰もわたしのことなんか覚えていないだろうし、何なら一緒に焼いてしまうつもりだったのかも。ここから出ても生きていることがすぐにバレてしまうかもしれないし、そうなれば追われる身になるのだろう。
ここでもう何も残っていないわたしに仕事を与えてもらったことは嬉しかったし、護身術を教えてもらえるのも助かった。けれど、それだけだ。彼らは"仲間"ではない。
ふと、わたしのことを"仲間"と称してくれた二人の顔を思い浮かべる。



「アシリパさんと…杉元さんと…また会いたい」



そう口に出た時には既に窓枠に足をかけていて、気付いたら2階から飛び降りていた。宙に浮く感覚と地面に引っ張られる感覚を同時に味わうなんてなかなか出来る経験ではないし、もうこれっきりにしたい。うまく受け身が取れなくて腕を強く打ったけれど、走る分には問題ないだろう。煌々と燃える兵舎を背に、わたしは夜の闇を駆けるのだった。







朝日が昇り、少しだけ空が白んできたころ。鶴見中尉が住まいとして与えてくれた家を遠巻きに見る。軍の見張りがいなければ簡単に荷物くらい引っ掴んで出ていけるんじゃないかと思って様子を見に来たけれど、周りには誰もいないようでほっと胸を撫でおろす。わたしがきっとあの炎に焼かれたとでも思っているのだろう。わたしはつくづく運がいいと思う。
焦げ臭い着物を脱ぎ捨てて動きやすい服装に変え、髪の毛もまとめて帽子の中に入れ込んだ。災害時用として備えていた荷物と銃を引っ掴み、家を後にする。拘束されたときはもう死ぬのだろうと絶望していたけれど、結局生き残ってしまった。

ひとまずはアシリパさんと杉元さんに出会ったあのあたりに足を運んでみよう。そう意気込んで歩いてきたはいいけれど、如何せんお腹が空いた。ぐううと鳴き声を上げるお腹に心の中で「がんばれ、もうすぐアシリパさんたちに会えるよ」と励ましのエールを贈る。
踏み出す足も力が入らなくなり、歩みもゆっくりになってきた頃、いい匂いが鼻腔を掠める。空腹のわたしは自然とその香りに吸い込まれるように歩き、そして小さな木でできたテントのようなものを見つけた。恐る恐る中を覗いてみれば、見知った顔がふたりと、知らない坊主頭がひとり。見知ったふたりはわたしの顔を確認するやいなや、わっと声を上げた。



「あ、」
「!!玲!?」
「えっ玲ちゃん?!また会ったね!」
「アシリパさん…杉元さん…!!」



再開した喜びで二人に抱き着きたくなる衝動を抑えていたら、自然と涙が零れてきた。突然現れて泣き出すわたしに驚いたのか、ふたりはしきりに桜鍋を勧めてくれ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃのまま桜鍋をかきこんだのだった。



20240305
PREVUTOPU NEXT