安全地帯へおかえりなさい

「申し遅れました、蘇芳玲です。よろしくお願いします!」
「俺は白石由竹…独身、彼女はいません!付き合ったら一途で情熱的です!よろしくね玲ちゃん!」
「玲さん、こいつのことは無視していい」
「くぅ〜ん…」
「ふふふ」



坊主頭の白石さんに初めましてをすれば、いきなり口説かれて思わず笑ってしまった。(にしても杉元さんとアシリパさんからの扱いが雑だ)(きっとそういうポジションなのだろう)
「玲さん、もう涙も引いたね…大丈夫?」と心配そうに眉毛を下げて聞いてくれる杉元さんに「もう大丈夫です!」と笑って言えば、彼も安心したようににこりと笑ってくれた。杉元さんやアシリパさんの笑顔を見ていると疲れも吹き飛んでしまうなあと心の中で思う。久しぶりに見れたふたりの顔を眺めながら、桜鍋を美味しくいただいた。こんなおいしい馬肉、一体どこから入手したんだろう。



「玲、なんだか焦げ臭くないか?」
「え、そうですかね…」
「…怪しいな〜玲ぃ〜何か隠してるんじゃないかぁ〜?」



アシリパさんに見抜かれている。一瞬、ギクリとして、食べていた馬肉の味がすうっと引いてなくなっていく。狼狽えるわたしを見た杉元さんが「何かあったのか、玲さん」と凄み、いつもより低い杉元さんの声に動悸が激しくなる。(後から聞くところによると、あの時はわたしの身を案じてつい真剣な声色になってしまったとのことだった)正直なところいつ切り出そうか悩んでいた。3人の視線が突き刺さり、それが今なんだろうと ゴクリとつばを飲み込んで口を開く。



「実は……」







「なるほど…」



知っていることを全て伝えたわたしに、杉元さんは腕を組んで唸っている。アシリパさんは俯いていて顔がよく見えないけれど、きっと渋い顔をしているんだろう。わたしが知っているのは鶴見中尉の目的でもなんでもないけれど、金塊、刺青、不死身の杉元、先日の火事といったワードで3人ともピンときたようだった。わたしが軍の元で働いていたことがばれてしまったし、さすがに3人と一緒に今後も行動するのは足手まといになってしまうかもしれない。判決を待つような気分でアシリパさんの様子を伺うと、彼女は顔を上げ「私たちも玲に本当のことを話すべきだ」と声を上げた。それに対し、目を見開く杉元さんと白石さん。



「でも、玲さんは何も関係ない…ましてやお嬢様じゃないか」
「うるさいぞ杉元!玲はこうして自分の生い立ちを話してくれたのに私たちが蔑ろにしてどうする!」
「お嬢様でもなんでもないですよわたしは…」
「いや家系としては立派だよ…将校様だろ?」
「そうですけど…」



家柄で判断しないでほしいと、そう言えば3人は困ったような顔をした。この時代、出自でその後の将来も変わってくると言っても過言ではないほど家柄は大事だ。陸軍の中にも、成り上がりで入ってきた者もいれば陸軍の家系で将来が約束されたような者もいた。こうした逆の意味合いの差別もあるんだな、と目を伏せる。
確かにお嬢様として育てられた過去もあるし、父から婿候補を選べとたくさんの写真を渡されたこともある。結婚なんて考えられないし、自分の好きにさせてほしいと祖父のところへ行っては一緒に山へ出たりして男の子のように遊んでいた。結局わたしが嫁に行かないまま、家族全員亡くなってしまったけれど。



「玲、私たちがどうして一緒にいるのか話してもいいだろうか」
「アシリパさん!」
「杉元、玲は私たちの仲間だ。知らないまま一緒に行動は出来ないだろう」
「…そりゃそうだけど…」
「おいおい杉元もアシリパちゃんも慎重すぎるだろ!玲ちゃんだってもう無関係じゃないもんね〜」
「ええと そもそも一緒にいてもいいんでしょうか…」



恐る恐るそう問えば、3人ともがキョトンとして目を丸々とさせた。そうして、3人が声を合わせて「もちろん」と言ってくれたことに安心して、胸のつっかえが取れてしまったように大きく息を吐いたのだった。わたしはもう天涯孤独でも、身寄りのない女でもない。こうして一緒に行動してくれる人たちがいるのだ。



「アシリパさん、杉元さん、白石さん」
「なんだい?玲ちゃん」
「言いたいことはこの際はっきり言ってしまえばいいぞ!白石が臭いとか!」
「くぅ〜ん…」
「ふふ…本当に、ありがとうございます」



「料理、治療、射撃が得意です。改めてよろしくお願いしますね」と笑って言えば、ゴクリと誰かが生唾を飲み込む音。わたしは何か変なことを言っただろうか、と不安に思っていれば、アシリパさんに「玲、おまえは笑った方がいいな…ピリカだ」と言われた。ピリカ?と首を傾げれば、「綺麗って意味だ」と補足された。言われ慣れない響きに一瞬何を言われたのか戸惑った。



「き、綺麗だなんてそんな…」
「いーや、玲はピリカだ!もっと笑うと良いぞ」
「も、もうやめてください!恥ずかしい…」



そんな女子2人のやり取りに、杉元さんと白石さんが頬を染めていたなんて知らずにアシリパさんとじゃれ合っていたのだった。



20240308
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