そういえば今日はハッピーバースデー



「今年ももう終わるなあ。」

なんて、金平糖をこぼしたような寒空の下、名前はぼそりと呟いた。冬、年末。何を隠そう今日は十二月三十一日である。名前は自分のサーヴァント・ギルガメッシュと除夜の鐘を聴きに来ていた。
日本でいうところの大晦日。外国ならば…なんだったか、と名前は頭の中でページをめくる。おそらく、おおよその国は年末年始という行事に全力だったような気がした。とにもかくにも冷えるので、今はいつもに比べて夜ということもあり少し厚めの服を着ている。名前は赤いマフラーに黒いジャケットを羽織り、中にはVネックを着ていた。靴は編み上げのショートブーツのようなものを履いている。機能性重視な服装である。一方ギルガメッシュの服装を決めるのは大変だった。少し目を離すと銀座をザギンとでも言いそうな華美すぎる服になるし、かといって口を出し過ぎるのは臣下として如何なものか。いや、臣下だからこそ進言した方がいいのかもしれない。その前に自分はギルガメッシュのマスターでもある。そんな思考を巡らせた結果、シンプルイズベスト、あえて暗色のコートとタートルネックというチョイスになった。ギルガメッシュは当初顔をしかめたが、「シンプルだからこそギルガメッシュの綺麗さが目立つよ」と言ったら興が乗ったのかそのまま近くの寺院へ赴いたわけである。

「思った以上に人間が多い」
「ギル、人混み嫌いだもんね」
「うむ、多いというのはそれだけで気持ちが悪い」
「まあゴキブリも一匹いたらっていうし」
「それ以上言うでない!やめよ、その話は」

慣れない寒さか、人混みのせいか。やはりギルガメッシュは少しご機嫌ななめだ。王様というものはやはり気難しいが、その王様が自分をここまで導いてくれたのだから、こうした情緒、赴きくらいは味わってほしいのが臣下としての気持ちでもある。
それでもサーヴァントのコンディション管理はマスターの務めなので、少し人気が少なく、座ることのできる場所に移動する。

「ギル、甘酒って知ってる?」
「我が知らぬものの方が少ないわ、嘗めるなよ雑種」
「でも味は知らないだろ。飲んでるところは見たことがない。…俺の知る限りは。」
「並行世界の記憶にはあるな」
「そう?じゃ、買ってくるよ。甘酒は飲む点滴ってくらい身体にはいいしこの季節だと身体もあたたまるぞ」

そう言って、名前はギルガメッシュに自分のマフラーを巻く。その場を後にした。
少し並んだあと、甘酒を二つ戴く。冬なのであたたかい。ふたりぶんの甘酒のカップを握った親指の付け根にひやりとしたものを感じた。雪だ。思うより、空気が先程よりも冷え込んでいて吐く息がほんのりと白くなったことに気が付く。このぶんだと、きっとギルガメッシュは自分が掛けたマフラーに顔をうずめて肩をすくめていることだろう。名前は、少し速足でギルガメッシュのもとへ向かう。あたたかな甘酒が冷めないうちに。
ギルガメッシュのいる場所へたどり着くと案の定だった。名前が想像していた通りの状態である。寒さへの精一杯の抵抗なのか、両手は上着のポケットの中にしまっている。

「ちょっと遅くなってしまった、ごめんなさい」
「全くだ、戯け!」
「ほら甘酒、熱いから気を付けて持って」

言ったところで、ギルガメッシュはあからさまに口をへの字に曲げる。「どうした?」と聞くと、手がかじかんで感覚がないとのことだった。ベンチに甘酒を置いた名前は、す、とギルガメッシュの前に綾は跪く。そのままかの王の手を取り出して、自らの手で包む。
自分にかの王の隣は似合わない。王の前で跪くか、その後ろを三歩ぶんほどあけてついていく。そして、たまにはその背中を見ながら戦場に立つ。そんな心の距離でいるのが苗字名前なのだ。
それはギルガメッシュもわかっているようで、その行動を否定しない。好きなようにさせているのだ。自分の意志で箱庭からの脱却を申し出た世界を知らない無垢な少年のまま、この人間は大人になってゆくだろうと心躍らせてその往く末を見届けるのが、今のギルガメッシュの目下の愉しみだ。

「嫌でしたか?」
「いいや、いいや。よく躾が行き届いていると思ったまでよ」
「それならよかった。お、ちょっとあったまってきた。これなら持てるんじゃない?」
「貴様が持て」
「それじゃギルが飲めないから却下。甘酒も今は熱すぎないし、カイロ代わりに持ってなよ」
「むう、貴様のそういうところが不敬だな」
「ははっ」

名前はギルガメッシュの拗ねたような声音に思わず吹き出す。つくづく感情が豊かな王様だ。口をへの字に曲げたと思えば愉悦の微笑みを浮かべ、今はまた少し拗ねている。まったくもってかわいらしいところがあるのだ。これで一体何歳なのか、現代まで含めて換算するなら四千歳はかたい。今年で何歳なのか聞きたいところではあった名前だが、これ以上はもっと不敬となってしまうので、ここは甘酒をくっと飲んで気持ちを抑える。
ギルガメッシュは猫舌なのか、甘酒を飲むのに少し苦戦している。「ふーってすればいいのに」と指摘すると、案外素直に聞き入れて冷まし始めた。

「ふふ」
「なんだ?ひとり笑いか。気味が悪い」
「いや。ギルってかわいいなあと思ってね。すごい長生きだからこそ、そういうところが目立つというか。」
「我はすべてにおいて頂点を極めておるぞ」
「長生きしたもんな…俺もまた歳とるなあ…ギルみたいにかっこよくなれたらいいけど」

と、このような話をし始めて名前は思い立つ。

「そういえばギルって誕生日とかあるの?資料ではなかったって書かれてたけど…」
「我はそうさな…うむ…強いて言うなら、この現代でいうところの十二月三十一日から一月一日の間に生まれた」
「えっ?」
「ん?」
「十二月三十一日って今日じゃん!?えっ!?なんで言ってくれなかったのさ!!!!」
「聞かれなかったからな」

そうだ。ギルガメッシュはこういう人だった。たまに要らぬこともいうが、必要がないと判断すればそれは決して口に出さないのだ。こればかりは名前の失態である。大切なひとの大切な日を把握してなかったとは、と、思わずうなだれた。大切な人、という文字におさまることのないくらいの人なのだ。名前にとっては、箱庭から連れ出した王様なのだ。王様には騎士、つまるところの臣下が必要である。この人のために自分ができることと言ったらそれくらいだと考えていた名前はショックが大きかった。
そんな名前の反応を見て豪快に笑って見せたのがギルガメッシュだった。

「貴様にそれを伝えたところで、貴様は貧相なものしか買えぬだろう。我なりの気遣いというやつだ」

あっけらかんとして言うギルガメッシュに、名前は「そういう問題じゃないーーーーー!!!!」と地団駄を踏む。そのタイミングを知ってか知らずか、ごうん、と、静かに降る重みのない雪を揺らすかのように除夜の鐘が寺院に鳴り響く。
マジで?このタイミングで?そんなこと、あるのか?そんなふうに思いながらやるせない気持ちが名前の心に降り積もる。これだけの重さなら家が一軒くらい潰れてしまいそうだ、と思うくらいである。
あまりにも情けないと苛まれ、口内にわずかに揺蕩う甘酒の後味を噛みしめながら今度は名前が眉を下げて、口をへの字に曲げ、今にも泣きそうなくらいしょぼくれた。そんな名前の背中をギルガメッシュは見ていた。

「何か言うことがあるのではないか?名前よ」
「………ずるいです」
「ずるいも何も、はなから貴様には期待などしておらぬ。」
「…………、……」
「甘酒とやらは並行世界で飲んだ記憶があると言ったな。我は記憶を忘れない故、覚えのないことなどほとんどない。甘酒の味など、たかが知れたものではあるがな。いや、貴様と飲んだ此れは存外悪くない。」

ギルガメッシュは果実を割ったように微笑い、首に巻いていた名前のマフラーを、名前自身に後ろから巻きなおす。
ふわりとしたやわらかな冷たさが頬をかすめるのに、ギルガメッシュはどうしてか、どこまでもあたたかい。決して甘酒のせいではない。ギルガメッシュの体温だ、と名前は涙が出そうになる。しかし、こらえる。我慢しきれてはないかもしれない、もはや意味などないかもしれないが。それでも。

「……来年こそはちゃんとプレゼントしますからね!もう怒った!もう忘れてやんない!覚えてろギルガメッシュ!…誕生日、おめでとう!!!」

振り返ってそう言うと、ギルガメッシュはくしゃりと笑って名前の頭を撫でる。
その手はもう冷たくなどなく。ひとがそこで生きている体温だった。