きみのずるさが嬉しくなってしまうのだ
「ギルガメッシュって、本 読むんだね」
「……は?」
そんな会話をしたのは春のさかりのぽかぽかとした休日の昼。名前の仕事が休みなので、昨日の仕事帰りに買ってきた小説をギルガメッシュがひと足先に読んでいた。
小説のジャンルはライト文芸だが、すぐ飽きると思っていたのに意外にも長い時間読んでいるので、不意に口をついて出たのが冒頭の台詞である。
呆れたようにギルガメッシュは顔を上げてため息をついた。
「我とて本は読むぞ」
「いや、それライト文芸だからさ。最近ドラマ化したやつね。意外だなぁって。純文学とかそんな感じのやつしか読まないのかと思ってた。」
「何を言う。少し読んでこれはと目を見張る価値があれば宝物庫入りだ。」
ニヤニヤと笑いながらギルガメッシュはページをめくる。宝物庫入りと言ったが昨日から興味津々と読んでいるそれは宝物庫入りなのだろうか。
まだ俺は読んでないんだけどな、と思いつつ、ギルガメッシュのマグカップに淹れたてのコーヒーを注いだ。
「ギルガメッシュの時代にも本ってあった?本というか物語というか…あ、でもギルガメッシュ自体が一番最初の物語なのか。」
「当たり前のことを聞くな、名前。」
「ギルガメッシュのことを書き記したひと、すごいよね。きっとギルガメッシュのこと大好きだったんだろうなぁ。」
名前は顔を綻ばせた。
いま、自分がギルガメッシュと話せているのはギルガメッシュが英雄たるからであり、ギルガメッシュが英雄有り得るのはその物語が生まれたからであるからだ。
それは本来、だれも知るはずのなかった物語。ギルガメッシュの、唯一無二の友との出逢い、別れ、不死の探求。それらを経て再び王として還ってきて、人間の可能性に希望を見出した、泥くさく美しい物語。
名前は嬉しい。だれも知るはずのなかった物語が、ひろく愛されたことが嬉しい。
名前がそう語ると、ギルガメッシュはなんだか豆鉄砲を食らったように、ぽかんと目を開けた。
「……なんと。」
「?」
「貴様はほとほとにあざといな」
「いや、素直な感想ですけど」
ギルガメッシュはあからさまに顔をしかめたが、しかし不快な雰囲気はそこに漂っていない。漂うのはなんだかほのかにあまい空気だ。あまさを中和させるように、誤魔化すように、ギルガメッシュはふわりとした湯気が漂うブラックコーヒーをこくこくと飲む。
「コーヒーおいしいですか、王様?」
「……うむ、悪くは無い」
「おやつは要りますか?」
「要らぬ。ほとほとにあまいのに当てられて胸焼けもよいところだ」
すこしからかいながらそう言った。
あまい原因はあなただろう、と言いたい気持ちをぐっと抑えて、名前もコーヒーを飲み下す。
今度図書館に散歩に行くのもいいかもしれないな、などと思いながら。ギルガメッシュは散歩が好きなので穴場などをよく知っているかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ギルガメッシュは小説を終盤の方まで読み終わっていた。
「その小説、おもしろい?」
「ん?ああ……この話はだな、」
「あ、ネタバレはけっこうなんで」
「ふむ、まあ雑種が好みそうな話ではあったな。文学には遠いが娯楽としては良いだろう」
そういえばギルガメッシュは週刊少年ジャンプ愛読者だった、と思い出した。
パタン、と本を閉じる音がした。どうやらすべて読み終えたらしい。疲れた様子も見せずに、思い立ったようにギルガメッシュは立ち上がった。
「?何処か行くの?」
「何をいう。図書館とやらに行くのだろう」
「えっ口に出てました!?」
「気付いておらんかったか……まだ夜まで長い。暇つぶしにはなる」
ギルガメッシュは名前が自分用にと買ってきた小説を黄金の宝物庫に入れて、なんだかせかせかと出掛ける準備をし始めた。
受肉してもいないのに、召喚した時に比べたら随分現世に染まったものだと感じる。こうして見るとまるで普通の青年のようだった。
見た目が華美すぎる、立ち居振る舞いにオーラがありすぎるのはまあ普通ではないにしろ。
「なんか今日すごいカジュアルじゃないか?」
ギルガメッシュの服装を見て、そんな台詞が口から出た。
春先のグレーブラウンジャケットにVネックのシャツ、肩から斜めに掛けたショルダーバッグ、黒いスキニーパンツ。カジュアルといえどギルガメッシュのほうがどことなく高級感はあるものの、なんだか普段名前が着ているような系統の服だ。
「? かじゅある、とな」
ギルガメッシュは首を傾げた。
これには名前も一本取られた。この王が自分に服の系統を寄せているのは、完全に彼の無意識らしい。
なんだかあつくなって、じわじわとあまみが広がるむず痒い気持ちを隠すように、少年は顔を片手で覆う。
「そういうの、ずるいって。」