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 中座秋吏と話したのが、夏。あれからあたしはダンスや歌を習うだけの金銭的な余裕もなく、通っていた中学校の先生に無理を言って指導をしてもらった。何もしないよりかはマシ程度にしかならないとしても、体を動かしておきたかった。挫けそうになったときはいつもあの人のことを思い出して、声が枯れるまで歌い、足が動かなくなるまで踊った。
 真面目な優等生、なんて言葉からは何よりも掛け離れていて無気力な生徒だったあたしが突然どうした、と先生の間で話題に上がったりもしたらしい。さすがに、男子校に入学するため、とも言えず曖昧に笑って誤魔化しつつ毎日を過ごした。

 季節が巡るのは早いもので、気が付けば入試当日。
 試験の内容はダンス、歌唱、面接。学力の筆記試験があったら一縷の希望も消え果てていた、と胸を撫で下ろしたのも半年前。
 周りにいるのは、自分より一回りほど大きい体格をした“男の子”。下手したら埋もれて潰されてしまうだろう。

——だからなんだ、って話。

 あたしだって、今はユニヴェールを受験する“男の子”の一人だ。
 ちょっと背は低いけど、声は少しだけ高いけど、筋肉もなくて、華奢だけど、今のあたしは、男だ。

「受験者、集まって」

 校内のスピーカーから試験官と思しき人の落ち着いた声が響き渡り、それを皮切りにバラバラにいた受験生たちは一斉に移動し始めた。
 気合を入れるように両頬を叩く。……大丈夫、やれることは全てやりきった。
 覚悟を決めると、他の受験生が流れる方へと足を進めた。



「つ、疲れた……」
「おう、ご苦労さん」

 面接までの全ての試験が終わった後、あたしは中座秋吏……もとい校長先生に呼び出され校長室で緊張を解いた。あたしを呼び出した張本人は煙管を片手に表情を緩めている。

「江西先生から聞いたよ。かなり優秀だったらしいじゃねぇか」
「いやいやいや、あたしなんて全然……」
「ははっ、謙虚も度が過ぎると卑屈と変わらないからな。胸を張った方がいいんじゃないか」

 謙遜したつもりは微塵もなかった。事実、合格枠六〇人の枠に組み入ろうとする同じ受験生は皆レベルが高く、付け焼き刃程度の実力しかない自分なんかよりも優秀と言うに相応しい人間はいくらでもいるだろうから。
 
「特にダンスなんかはトップレベルじゃないかって……」
「……褒められて悪い気はしないしむしろ嬉しいんですけど、本題はあたしを褒めるってことではないでしょう?」

 ほとんど照れ隠しで本題を促すと、校長先生はあぁ、と小さく呟くと話を始めた。

「これから話すことは、お前がユニヴェールに入学できた前提になるが」

 短い前置きとともにあたしの目を見ると、彼は続ける。

「乙野恋、お前にはある生徒のフォローを頼みたい。その生徒の名前は——」

 ふと、思い出した。
 あたしは、“これ”を知っている。


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四葩