小休止の夢



「秋夜、おやつにしよっか!」
「え…」

柔らかく、懐かしい声が鼓膜をゆすり、その声に引っ張られるように後ろを振り返った。

「なん…で…」

もう二度と会えないはずの大事な人。大事な母親。変わらない姿で、変わらぬ笑みを浮かべている。
秋夜。目の前の人物がそう名を口にすると同時に、これは夢なのだと認識する。
我ながらなんでこんな夢をと嗤った。
いつの間にか周りが懐かしい風景に変わり、小さい頃は広く感じたこの部屋も今はかなり狭いように思える。こんな狭い部屋今では考えられないな、なんて失礼かな…。
母の立つキッチンの方へ行くと、こおばしく甘い香りが鼻孔をくすぐり、それだけで腹が満たされたような気分になる。まあ気の所為なんだけど。
丸い皿に並べられた丸や星型、ハートの形なんて物もあるクッキーにそろっと手を伸ばすと、パシッと少し怒ったような表情をした母に叩かれた。

「ああ、はいはい洗ってくればいいんでしょう」
「わかったならよし!」

こんな少しのやりとりでもくすぐったさを感じる。できるだけ、この夢が早く終わりますように。なんて願ってしまうのは、この柔らかな場所が恋しく思ってしまうからだ。
シンクの前に立ち石鹸もつけて爪の間まで綺麗に、汚れた手を、洗う。
水でびっしょりと濡れた手を母に見せれば、よく出来ました。とタオルで拭かれる。少し硬いタオル越しに、母の体温を感じる。痩せこけた細い指に胸が痛んだ。
母と向かい合わせになり、2人で手を合わせる。

「いただきます」

こんがりと焼けたクッキーに手を伸ばし、まだ温かいクッキーを口に運ぶ。
一口齧れば、口の中でふわりと甘みが広がり、さくさくとした食感がやみつきになる。
俺の母さんのお菓子は世界1。なんて思っていた時期もあったが、今思えばホットケーキミックスの袋に書いてあるレシピとかで作られた陳腐なクッキーだったわけだ。でもそれが、俺にとっての最高級のクッキーだった。

「美味しい?」
「まあまあ」

嘘。美味しい。
こんな夢ないんだから本当のことを言えばいいのに、自分でもそう思う。でもそれを言ってしまえば、戻れない気がした。
俺の今の居場所は血で真っ赤に染まったあの場所だ。
戻りたくなくても、戻らなきゃいけない。

「秋夜、無理…しなくていいのよ」

無理なんかじゃない。

「頑張らなくたっていいの」

頑張らなくちゃいけない。

「自分を消さないで…」

もう自分なんか分からない。
この場所にある感情はいらない。あってはいけない。

「今の俺に、母さんのクッキーは甘すぎる」

手から落ちたクッキーが砕けて小さくなる。その欠片を広い、口に運ぶ。本当に小さな欠片はやがて捨てられる。さっきまで抱いていた安らぎ等は不要。机に散らばった欠片と共に捨てていこう。

「夢でも、もう二度と会いたくないな」



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