委員長に会いにいく

私は、職員室で手続きを済ませたあと、教室にいる白夢さんに声をかけた。
面識を持ったので、1番話しかけやすい。

「この学校の授業、どうですか?」
*「難しかったらどうしようーって考えたけど、何とかついていけてるかな!」
「それは良かったです!以前のノートなども見たくなったら、言ってくださいね」
*「うん!」

こんな風に、午前中だけで、白夢さんととても仲良くなった。
それはきっと、白夢さんが親しみやすい性格で、とっても優しいからなんだろうなぁ…。
もっと仲良くなりたいな。

…そうだ!もうお昼だし、一緒にご飯でも食べたらもっと仲良くなれるんじゃないかな!

*「あのね!白夢さん!」
「どうしました?」
*「お昼ご飯、一緒に食べてもいい?
白夢さんともっとお話したくて…」

「………え、ご飯…ですか?」

すこし、予想外の反応だった。

*「…ご、ごめん、図々しかった…かな?」
「っ!い、いいえ!そうではなくて…
編入生さんは…お弁当、持ってるのですか?」

あれ?そういえば…

ご飯…
持ってたっけ?

*「んー?カバンには入ってないなぁ…」
「…」
*「忘れてきたのかも…」
「…そうですか」
*「あ!学食ない?
ここの学食、食べてみた…」


「だめッッッ!!!!」


聞いたこともない、大きな声だった。


*「…白夢…さん?」
「…っぁ…」

咄嗟に出てしまった声なのか、
口を塞いで、戸惑っていた。
私は…、どう声をかけていいか分からない。

「っ…」

白夢さんは、真っ直ぐに私の目を見た。
どこか、縋るような目だった。

「思い出してください。
あなたは、本当にここの生徒ですか?」
*「…え?な、何を…」
「ここに来るまでのこと、覚えてますか?」
*「た、確か、門をくぐって、時間を見たら、
遅刻だと焦って…」

「それより前です。

朝、何をしていました?
昨日は何をしていました?
ここまで、どうやって来ましたか?」


朝?
…たしか…朝…は……


…朝?


朝?


朝…朝…朝…


私、朝、何してた?
朝、だけじゃない。
昨日、何してたの?
この学校に、どうやってきたの?


なんで、何も、思い出せないの?



「ーーっっっ」



ふと、寒気を感じた。

理由を知りたくて、見渡した。

白夢さん以外の、クラスメイトの目が。

「全員」、こちらのことを見ていた。

驚きの目でもない。
困惑する目でもない。


ただ、何かの「異物」を見るような。


「…っ…ぅっ…」
*「は、白夢さん!?」

突然白夢さんが、頭を抱えて苦しみ出す。
近くによって、背中をさする。

*「大丈夫!?白夢さん!?気持ち悪いの!?保健室へ…」

「あ…あぁ…っ…違う…違う!
私は…!!
まだ…!!
そっちじゃないっっ!!
そっチ…じゃ…ない…ナイ…のにっ…!!」
*「白夢さん…?どうしたの…」

ふるえる白夢さんは、こちらの声に答えようと、
ゆっくりと首を向かせて




「あナタも「仲間」にナれバ分かるコト」




その一瞬、ほんの1瞬だけ、

私の知ってる白夢さんじゃない気がした。


「…っ…ごめん…なさい。大丈夫、です。
すこし、私も、疲れてるのかも、しれません」

収まったのか、いつもの落ち着いた様子を取り戻した白夢さん。

*「…本当に?保健室行かなくてもいいの…?」
「ええ。ご心配なさらずに。
ご飯の事なんですけど、
ここの、学食…。美味しくないので、食べない方がいいってだけですよ。

あなたの記憶は、新しく来た場所で、
落ち着かないから、思い出せないだけですよ。

すこし、散歩でもしたら、きっと思い出しますよ」

白夢さんがそう言うと、「目」達は、再びただの「生徒」へと戻って言った。

…なんだったの…?

「私はもう大丈夫ですから、ね」

ニコリと微笑まれる。
この笑顔は、いつもの白夢さんだった。

*「そう…だね、そうするよ…
じゃあ、ちょっと歩いてくるね…」

混乱する頭を整理するために、私は教室を出た。




*「…やっぱり、思い出せない」

校内を歩き回って、落ち着いても、何も思い出せない。
どこかおかしい。

まるでこれは…

*「…夢見たい」
「なーにが夢なの?」
*「うわぁ!?」

突然声をかけられて、オーバーリアクションを取ってしまう。
後ろにいたのは、桔梗さんだった。

*「桔梗…さん!?」
「だから敬語取っていいってばー。皆もそうしてるんだから!」
*「じゃ、じゃあ…桔梗…?」
「うんうん!んで?なんだか悩んでそうだったけど、どうしたの?」

…桔梗になら、いいかな?
ていうか、すごく不安になってきたから、1人でも多くの人に聞いて欲しいし…

*「あ、あのね!」



「ふーん、記憶、ねえ…」

少し考える仕草をして、桔梗はパッと笑顔になる。

「うん!俺が連れ回して、疲れさせちゃったのかも!
きっと頭の整理が落ち着いてないんだよ」
*「そうなのかなぁ…」
「気にしすぎてもよくないと思うよ。
忘れたことって、ある時ふと思い出すことがあるんだし。
そーだ!お詫びと言っちゃなんだけど、これあげる!」

と言って、桔梗がポケットから出したのは、
可愛らしい包み紙の、飴玉ひとつ。
私の手を取って、それを握らせる。

「これね、最初は味がしないんだけど、後々甘くなるふしぎなアメなんでーす!」
*「そんな飴があるんだ…」
「1回口入れてみ?ほれほれ」

進められて、おずおずと包みを開ける。
眩しいほど真っ赤な飴玉を、ぱくりと口の中に入れる。

(…?)


その時、何故だろう。
桔梗は

優しさとも取れる。
憂いとも取れる。
喜びとも取れる。
そんな微笑みをした。


「それで、舐めてれば味出てくるから!
じゃあね!
記憶のこと、あまり気負いしないでね!」

慌ただしく、桔梗は去っていった。

*「…確かに味がしない…」

どんな味になるんだろう。



*「…あ、いちごだ。美味しい」

やっと味がしてきた。
美味しいな…この飴。どこに売ってるか、今度教えてもらおう。

「…ねえねえ、あの人って」
「…あ!編入の子だよね?おーい!」

後ろから、2人組の女の子に話しかけられる。

*「な、なに!?」
「同じクラスの子だったよね!」
「私ね、ずっと気になってたんだ!」

そういえば、今日、クラスの子に全然話しかけてなかったや…
向こうから来て貰えるなんて、嬉しいな…編入効果?

「ちゃんと、私たちの「仲間」になってくれたんだね!
ありがとう!」
「これからも、よろしくね!」
*「?…よろしく!」

仲間?
そういえば、桔梗さんも、「仲間」というフレーズをよく使うなぁ。

今どき珍しいなぁ。それぐらい仲のいい学校なのかな?

2人組の女の子に手を振って、別れる。
まさかこんなに友達が増えるなんて!

*「私の新生活…ついてる!」



ドサドサドサ…



真後ろから、物音がした。
振り返れば、
白夢さんが立っていた。

手に持っていたであろう、たくさんのノートを、
その場に全部落として。


*「え、は、白夢さん!?どうしたの!?」

思わず駆け寄った。
でも、白夢さんは、落としたものなんかより、
私の方をじっとみていた。
その顔は

とても辛そうで。

「………聞いても、いいですか?」
*「な、なに!?それより、怪我ない!?ノート拾わなきゃ…」
「誰かに、傷つけられたりしましたか…?」
*「え、い、いや…そんなことないけど…」

「…じゃあ、もうひとつ…。

…この「学校」にあるもの…、何か、口にしたんですか?」


*「……っ」

感情を押し殺して、絞り出すような声だった。


*「…き、桔梗から貰った、飴、食べたけど…」

そう聞くと、白夢さんは静かに目を伏せた。
表情は見えない。
どこか、脱力したようだった。

でも、その立ち姿は、白夢さんじゃない気がした。


「どうにかして、思い出して欲しかった。
どうにかして、来た人に、知って欲しかった。
どうにかして」

*「は、白夢…さん?」

「あぁでもソレハ、ダメなこと。
ダメなことなの」

「私のようにならないで欲しかった」

「ココに来た時かラ、あなたも私も仲間ナノ」

「もう少しだったのに、思い出して、何も口にしなけ、けら、
けれ、けば、
け、…ぁ…」



*「な、何を言ってるの…ねえ、ちょっと!!」

突然顔を上げ、私を見る白夢さん。

それは、
見たこともない、無表情だった。

「ごめんナサい。
そうされてシまっては、

どウシようもないンです。

どウか、

諦めてクダサいね。

さようナら」

どこからか、鈴の音がする。
ぐにゃぐにゃとして、
耳の中をドロドロにするような
不吉な声が、聞こえる。


ー咲いた華を ふみ潰せ。
輝くはずの 若い芽は

悪意と善意で潰された
悪意と善意で殺された
悪意と善意が皆殺し
悪意と善意が大合唱

私たちは影の中
それでもここでは
1人なのー


*「…な、に、この声…」

私以外の、声が、
口を揃えて、誰もズレることなく、
合唱した。

まず最初は、白夢さんだった。
白夢さんの1人の声。

そこから、影響されるかのように、
1人、またひとりと、
その歌に声を合わせていく。

…でも、合唱と言ったけど、
そんな綺麗なものじゃない。

不快感が
身体中を這いずる、
蛇のような恐怖で。

耳から入って、頭の中で鳴って、
脳が染め上がって、
そこから、身体中に、
蝕んで…

やめて、辞めさせて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
この歌を
この感覚を

*「辞めて…
止めて……っっ!!
止めてぇっっつ!!!!
あ、あ、ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!」

駆け出した。
這いずる不快感を振り払うように。
ーそんなことをしても無駄なのにー

頭を掻きむしりながら。
ーそんなことしても無駄なのにー

音が入り込む耳を取りたい。
ーそんなことしても無駄なのにー

生徒たちの姿を映す目を抉り取りたい。
ーそんなことしても無駄なのにー

汚染された脳を引きちぎりたい。
ーそんなことしても無駄なのにー

もう…もう、

いたくない。
いたくないのに、

ちぎるものも、まぎらわすものもないのに、
おとがやまない。

いのちがあるかぎり、
そのがっしょうはやまない。

そまっていく。そまっていく。
あぁ、わたしも、わたしも、

あちらがわへそめられていく。

だれか、だれか、

わたしをころして。

ふとおもいだしたの。

わたしは、こっちがわじゃない。



ここはただの、じごくだ。






「ごめンナさい。
いっソ、先に死んでイタ方が、
楽に来れたカモしれなイですね。

こッチのもモノ食べタトシても、
1回死ンテいたダく必要が、アりマシて…。

ッて、もウ聞コエてイマせんカね。

でも、こチラ側に来タ時は、
絶対に困らせタリはしませンカら。
私は委員長でスカら。

「仲間」にナッタ貴女を、歓迎シ、大切ニシマすよ
クラスメイトが増えテ、良かっタです。
…フふ、ふフふっ」





「ぜっんいっにつっぶさっれたー!
てね、はは!
面白いよね、この歌。
あの委員長も、完全に染まったし、
1人もこっちに来れたかなー。

そうそう!
夢って味がしないよね。

でもね、
それが現実になると、
五感は発生するんだよ。

良かったね。
これでご飯も美味しくなる!
学食も美味しく感じると思うよ!」



ー新しい仲間を、紹介します。
新しい仲間は………ー


-2-

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