先輩に挨拶をする 職員室へ向かった後、教室に戻った。 授業は何とかついていけるレベルで、難しすぎる…ことは無かった。 初めてのお昼休みがやってきた! *「そうだ…あの先輩、いるかな?」 思い立ったら、すぐに行こう。 案内してもらった音楽室へと向かう。 ー *「いる…」 ピアノの音が、音楽室から漏れている。 そして、見覚えのある茶色の髪が見えた。 弾いている曲は何かわからないけれど、 とても綺麗な旋律で、聞き惚れてしまう。 そっと小さく引き戸を開ける。 …やっぱり、白夢さんと似てるなぁ。 …あ、目が合った。 流石にこれは気の所為じゃない。 まあ、入口前にいて、覗いていたら、そりゃ気がつくよね。 先輩は座りながら、こちらの様子を伺う。 「…さっき、ニノ灯といたやつだよな。 なんか用か?」 …ちょっと口調はぶっきらぼう?なのかな? *「迷惑だったらごめんなさい…。 さっき窓から演奏してるのが見えたので、つい聞き惚れてしまって…」 「…はは、物好きで素直なやつなんだな。 聞きたいなら勝手に入っていいぞ。 俺の演奏で良いならな」 とだけ言うと、先輩は再び 演奏を再開した。 入口で立ってるのもあれだし、お言葉に甘えて、ゆっくり聞かせてもらおう… 音楽室にある椅子をひとつ借りて、ピアノの近くに置く。 邪魔にならない程度の距離で、演奏を聞くことにした。 …うん。やっぱりとても綺麗。 見た目は無愛想な感じもしたけれど、指先からは、こんなに綺麗な音が流れてる。 それに、演奏してる時の先輩…すごく… … ……の………校の…………てる? ………した………徒の……が、……み………らしいよ そ……で…………題が………きて……れて………た………を、……り…ちゃ…………て ーそ………、……にそ…に ………れた…達は……、 みんな… ーー 「…い……おーい…」 *「んん…?」 あれ…?ここは…音楽室… 椅子に座って…私は…… *「……あぁあ!?寝落ちしてた!? ごご、ごめんなさい先輩!!わた、私、演奏の途中で…!!」 「いや、別にそれはいい…。ていうかよく椅子に座りながら寝れたな…。 もうすぐ昼終わるから、一応声掛けたんだ」 *「ありがとうございます…。あれ?」 ふと、肩に何かかかっているのに気がついた。 これは…ブランケット? *「これ…私のじゃ…」 「それは音楽室の物、だ。 起きたんならそれ貸せ。戻すから」 *「…ありがとう…ございます」 もしかして、先輩が掛けてくれて…? …先輩、すごく優しいところがあるんだなぁ…。 「気にすんな。チャイム鳴るから戻れ」 *「は、はい!でも、先輩は…?」 「…俺は、…。 …あとから行くから」 「…?分かりました。あの…放課後も、来てもいいですか?居るなら…ですけど」 「…おー…お前の用事が…ないなら、別にいいけど」 先輩は、とても歯切れが悪い返事をした。 …来ない方がいいのかな…? やっぱり、お邪魔だったり…? 「っほら!編入初日から遅刻はまずいだろ! いつでも来たけりゃ来い!じゃあな!」 *「あ、わ、わかりました!?」 先輩に背中を軽く叩かれて、慌てて音楽室を出る。 しっかりと引き戸を閉めた。 けれど… *「…先輩、教室戻らないのかな…?」 でも、まあ、私が口を出すことじゃないのかも…。 とにかく、授業には遅れないように、自分の教室へと走った。 ー *「…古典って、こんなに難しかったっけ…?」 今日1日分の授業が終わった。 頭がパンクしそう…なんで古典だけ… *「あ、そうだ。先輩のところ行きたいな…」 急いで荷物をまとめて、先輩が居るであろう音楽室へと向かう。 ー 音楽室の前に着くと、確かにピアノの旋律が聞こえた。 やっぱり先輩、ちゃんと居る。 …一応声掛けた方がいいかな? *「先輩!私です!入ってもいいですか?」 「音楽室は俺だけの場所じゃねーよ。入りたいなら入れって。鍵かけてないから」 すこし笑ったような声が聞こえた。 心を開いてくれている感覚がして、心がふわふわする。 引き戸を開けて、お昼休みのように、 ひとつ椅子を持ってくる。 また近くでピアノの音を聞く。 …と思いきや、先輩は、突然ピアノの蓋を閉じた。 今日はもう辞めちゃうのかな? そう思った時、先輩は こっちを真っ直ぐ見た。 「…何も、違和感は無いのか」 *「…え?」 どうしてその質問をするのか分からない。 どういうこと? *「違和感…って?」 「本当に、こんな場所、学校だと思うか?」 *「…」 何故だろう。 その顔は、とても辛そうだった。 「こんな場所、ただの地獄だ。 生きることも無い。死ぬことも無い。 ただただ、生死から外れて、永遠の学生を繰り返すんだ」 *「先輩…?」 「全部理解しなくていいから、どうか聞いて欲しい」 私の両肩を掴んで、強い眼差しで見つめてくる。 言っていることはわからなくても、相手が真剣なのは伝わった。 「そろそろ、下校のチャイムが鳴る。それまでに、ここから出ていくんだ」 *「な、なに…なんで…」 理由だけでも問おうと思った。 けれど、それを遮って、 「歌」は聞こえた。 ー咲いた華を ふみ潰せ。 輝くはずの 若い芽はー 「っ!!始まった…もう時間切れが…!」 *「先輩!?…ひぃ!?」 外側…本来グラウンドが写っていた窓は、真っ黒に塗りつぶされていた。 紫色や、青色、赤色にうねりながら色を変えている。 「日常」が、崩壊していく。 まるで、私を、染めるかのように。 廊下からも、合唱が聞こえる。 生徒が何人かいるんだろう。 開けようとはせずに、ただただ、 「歌」を聞かせているようだった。 *「に、に、逃げなきゃ…」 「いいか、生徒に気を止めるな。絶対足を止めるな。 ここから出て、学校の外へいけ!」 *「でも、先輩は!?」 「…俺は…、…いや、気にしなくていいから」 *「なんで!!こんなおかしい事になってるのに、先輩だけ置いていけないです!! 先輩も一緒に!!」 先輩の手を掴み、一緒に外に出ようとした。 ドアを向かおうとして… 動かなくなった。 正しくは、私は動くけれど、 先輩が、動かない。 いや、動けないの? *「…せん、ぱい?」 「…動けないんだよ。 俺はここから、一生」 下を見てみると、先輩の足元に、 真っ赤な真っ赤な赤い手が、 何本も先輩の足を掴んでいた。 「ここから先へは、この人を連れていかせない」 そんな意思を感じる。 *「…ぁ…ひ…」 「たのむ。置いていってくれ。 妹を、捨てていけないんだ。 …俺の、罪だから」 私を見る先輩の目が、とうとう潤んでいく。 一筋の雫が流れて、優しく微笑まれる。 「絶対に逃げ切ってくれ。 もう俺は、妹達のように、 狂っていく人間を、見たくない」 ー *「っはぁ…!はぁっ!!」 ー悪意と善意で潰された 悪意と善意で殺されたー この廊下を渡って、下へ降りる!! ー悪意と善意が皆殺し 悪意と善意が大合唱ー このまま降りていけば、なんとか、玄関の前!! ー私たちは影の中ー 下駄箱にたどり着く。 生徒たちの歌は、体に絡みつくようだった。 でも、止まる訳には行かない。 先輩のあんな顔を見てしまったら、もう、後戻り出来ない。 「最後の先輩の願い、絶対、絶対…!!」 このドアを開けたら、グラウンドが!! 「…なに、これ」 目の前に広がるのは、 窓に映っていた、黒く蠢く空間。 どこまでも続いていくかのような、 底なし沼のような。 ーここから1歩踏み出しちゃいけないー 本能がそう告げてる。 足が、止まる。 今でも、歌は鳴り響く。 逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃいけないのに。 逃げ場がない。 「それでもここでは 1人なの なーんてね」 真後ろから、声が聞こえた。 聞き覚えのある声で、私の肩を優しく掴む。 痛くもないのに、力を込めている訳でもなかった。 ただただ、体は動かず。 その手は、恐ろしく冷たかった。 「残念。惜しかったね。 君は自分のこと、思い出してないでしょ? この学校のこともわかってないのに、 どこに帰ればいいかも分からないのに、 道が開くわけないじゃん 相変わらず柴野先輩は余計なことするなぁ。 ま、あの人は正しい帰り方を知らないんだけどね!」 ああ、足を止めた。足を止めた。 闇が。闇が。 歌が、歌が、歌が。 最後の、チャイムが。 「時間切れだよ。 ようこそ♡ 俺たちの「仲間」。 歓迎するよ」 ー 「じゃあ、今日から新しく入った「仲間」を紹介する。 …ほら、将来有望、はいってこいよ」 *「はイ!どうもコンにちは!こレカらよロしくお願イシマす!」 今日かラ、こノ学校に転校しテきタノ! こレカら始マる、「仲間」達トの、 永遠デ永遠デ永遠で永遠ナ 楽しイタノシイ学生生活、ワクわくする ウふ、アはハ、あハハはハ! ー 「…」 外から聞こえる、生徒の声。 何も変わらない、永遠に変わることの無い。 その声に、新しい音が加わるとするならば… …大丈夫……か?ノート見…す?わカ……ス…か… ダ……じ…ウブ…アリ……とう白……サん… 「…」 仲間が増えた時。 増えてしまえば、どうすることも出来ない。 なにも、できることは無い。 ただ俺は、 ここで、1人で、 誰かを呼ぶピアノを鳴らすだけ。 だれか、どうか、 こんな地獄、 壊してくれ。 ー |