キキョウ

××月××日


貴重な人材が掘り起こされた。
どうやら海の向こうで名を馳せた、「殺人鬼」のものらしい。
詳細は文献を漁ってみなければ分からないだろう。
施設長は大喜びだ。
「これはきっと、世紀の大発見だ」と。


研究所長は、柔らかいほほ笑みを浮かべて、
枯れ果てた死体の頬を撫でる。

「これでまた、「魔法」に近づくことができるね。
愛しい我が子達が増えていく」

狂気の顔を浮かべる人間は、
分かりやすい嫌悪感がある。

綺麗な笑顔をうかべる人ほど、
美しく狂っている。



××月××日



発掘された個体の名前は見当たらなかった。

老若男女問わず、殺戮の限りを尽くしたという
残虐で外道な犯罪者。
当時の警察も全力で捜査に取り組んだが、結局未解決のまま。

と思いきや、
現代にて、突然死体で発見された。

化け物じみた生態は、ほぼ全ての書類にも書き残されている。

しかし
年齢、性別、見た目、本人の人間性に関する情報が
どの伝承にも残ってはいないのだ。

これでは、彼の心情を測ることは出来ない…か。

悪の限りを尽くし、
人の情など何処かに捨てたであろう
孤高の殺人鬼は、

何を思って、この世を去ったのだろうか。




××月××日


「ココ」での最高権力者である所長に、
「殺人鬼」の複製計画を提示しに行った。

「どうして、その子を作り出したと思ったんだい?」

縋り付きたくなる声だ。
ここには不釣り合いなほど優しくて、
ここでは似合いすぎるほど不気味で。

「この殺人鬼には、数々の噂があります。
それは、これを「化け物」に仕上げたものばかり。
しかし、
人づてに変化してしまったものや、
撒き散らしたデタラメも混じっているとは思います」

「なるほど?
では、本当かどうか知りたい…と言ったところかな?」

「その通りです。
施設長の考えでは、おそらく真実も混じっているだろうと踏んでいます。
辻褄が合う説もありますし、
彼もこの殺人鬼をたいそう気に入っておりますので」

ことり、と、所長はペンを置いた。
先程と変わらない笑みで、
子供に言い聞かせるような声で、語りかけてくる。


「分かったよ。
でもね、もしその「殺人鬼」さんが
「普通の人」だったのなら


生きている価値はないと思って欲しいな」

足から寒気が駆け上がる。
ここにいるヤツらはみんな、頭がイカれている。
けれど

そんな集団の頂点に立つ人間は、もっとおかしい。
優しさがおかしい。
暖かく微笑むのが恐ろしい。

無邪気な「野望」が、恐ろしい。


「私が求めているのは、「魔法」なんだ。
なんの力も持っていない、ただの人間だったとするならば

それは、私の「子供」じゃない」



××月××日


殺人鬼に伝わる言い伝えを紹介しよう。
主にこれらが主力となっている。


「殺人は主に夜。
殺したあとは指一本残らず食べ尽くし、
その場に血溜まりだけを残し去っていく。
なので、殺された人達の身元の特定は困難だったらしい」

…カニバリスト、ということか。
それだけならば、特に特筆すべき事項では無いのだが。
この殺人鬼は、人を食べ続けていたからこそ、
ほぼ不死身の身体を保つことが出来た…という。
姿形が、何十年も変わらなかったらしい。

「人間」で食事を取っていたのなら、殺せばいくらでも手に入る。食料には困らなかっただろう。


「殺人鬼は「眼」で人を誑かした。
その美しく怪しい青い瞳は、
対象の思考能力を奪い、自由を取り上げる。
「洗脳」…とも言えるのかもしれない」


…これは、暗示のようなものか。それとも、恐怖で人を混乱させただけなのか。
とある伝説に、「目」を合わせると、石にされてしまう…というものがある。
それと同義なのか。


「何よりも超人的な身体能力があった。
空を鳥のように舞い、虎のように獲物を素早く捕らえる。
そして、その体に「傷」を付けたとしても
たちまち「元通り」になる。
再生能力がとうに「人」を超えている」


…やはり、何か他の生き物の血を引き継いでいるのだろうか?
あまりにも人から離れすぎている。
カニバリズムの効果も相まって、より死ににくい体だったのだろう。
どの道、ここからは、自ら明かしていく他ない。

こんなにも、こんなにも「能力」に恵まれた生き物が、
どうやって最期を迎えたのだろうか。



××月××日



DNAを採取することに成功した。
状態が良いまま、発見されたことが幸いだった。
これだけあれば、十分再現可能だろう。

ここの施設内は、「複製」に力を注いでいるので、他よりもホムンクルス…人造人間が作りやすい。

研究所は、いくつかの施設に別れていて、それぞれ得意とする技術が違う。

他は、「人体改造」だったり、いわゆる「キメラ」のような、他生物との融合を専門とする場所もあったか。


何はともあれ、


複製技術により出来上がったのは、
若い青年だった。

青紫の髪色に、青い目の、透明感を形にしたような人間。

「生きていた」状態の容姿を引き継ぐので、殺人鬼はこのような見た目で殺戮を行っていたのだろう。

闇を知らない、深い蒼は
幻想的な深海を思い起こさせる。
サラリとした青紫の絹のような髪。

「あー…あぅ…う…?」

赤ん坊のように、言葉ではない声を発し、
こちらに手を伸ばす。

「うー…!あぅ…あ…!」

何が楽しいのか。
私のネクタイを触って、無邪気に笑っていた。


「美しい」


そう思った。
きっと、その肌が血に濡れていくのは、さぞ見ものだったであろう。


識別番号は、76-1
名前はツユクサ



××月××日



まず最初に、確認するべき事項は
「本当に傷が復活するのか」

食人衝動は、まだ餌を用意できていないし、
瞳の能力も、慎重に試さなければ全滅という可能性もある。

回復力を測るのが、1番早い。


試しに、

76-1の切り傷を腕につけてみた。
研究員が見届ける。


何も知らないツユクサの白い腕に、
小さなナイフが
深深と突き刺さった。


「ーーーーづっウアァァウヴヴッッ!!!」


暴れるツユクサを複数人で抑え込み、
痛みを刻み続ける。
誰もが、超人的な結果を待ち望んで。



しかし



「…どういう事だ」


傷は治らない。
ダラダラと腕から流れる血液。
涙をボロボロと落とし、
痛みに顔を歪めるツユクサ。


「っ…他の方法も試せ!きっと…きっと!
最初は調子が悪いだけだ!」


施設長が指示を出す。


ほかの傷をつけても
骨を折っても
耳を切り落としても

噂通りの回復力は現れない。


「…何、故だ。

我々は、これに…

お前に!
かけていたんだぞッッ!!」


施設長が怒りに身を任せて、壁を殴りつける。
そのまま
泣き叫ぶツユクサの肩を掴んで、叫びだした。
何回も何回も揺さぶって、
信じられないと言った顔をして。


「お前はあの「化け物」の複製品だぞ!?
こんな傷、すぐさま元通りになるはずなんだ!!

お前はなんなんだっ!!
なんのためにここにいるんだッ!!」


「うぁああ…ア゙ア゙ア…ああぁぁあっっ…!」


「耳」が着いていた場所を抑えて、
ただ泣きわめく実験体(サンプル)。
それもそうだ。

複製のためだけに生み出したのだ。
言語も、歩き方も、何も教えてなどいない。

「…ッ…」

施設長は、ツユクサを投げ捨てた。

ただただ泣き声しか上げない個体を見下し、
私たちに次の命令を下す。



「これは処分しろ。
そして復元方法の見直しだ。
こんなことで諦めるものか、

きっと、あの殺人鬼は、世界を変える力があるんだ」


ーーー



研究所のサンプルの処分場は、地下深く。
建物の奥の部屋に入口があり、
床に両開きの鉄の扉がある。

ここは、使い道のないサンプルのゴミ捨て場。
その基準は、
所長が子供として愛するか、愛さないか。

普通の人間となってしまった個体は、研究所では生きる価値などない。

「何か」特別な物を持っていないと、
ゴミ箱(ここ)に捨てられる。

扉を開けると、強い刺激臭が当たりを包む。
中を覗いて、うっかり落ちてしまえば大変だ。
脱出するすべなどないのだから。

まあ、この大きさなら、「これ」もそのまま入るだろう。


「うー…ぁ…あぅ…あ…?」


ツユクサは、小さな檻の中に入れられて運ばれた。
1人で歩くことも出来ないので、少し手間がかかる。

少し脅えた瞳で、私を見上げた。

泣き腫らし、赤くなった目じり。
白い肌には真っ赤な血が所々へばりついており、
コントラストが美しい。


「…」


だからといって、ただの美しさには、
価値がない。


「…」

思い切り、
折を蹴り飛ばした。



ツユクサが入った檻を、
「ゴミ箱」へと

落とした。



直ぐに青紫は消え、
しばらくすると、鈍い衝撃音が帰ってくる。

聞き飽きた泣き叫ぶ音も聞こえた。
何かを求めて涙を流し続けている。
その想いを伝える言葉も話せない。
その気持ちを表す語学を学んでもいない。

その手を掴む生き物など、「ココ」にはいない。


「打ちどころが悪くなかったのか。
生きているな」

「すぐに死んでいれば、静かになったものを」


ここに居るのは、人ではあるけれど
「人」として大事なものを捨てた生き物。

重く分厚い鉄の扉を、
隙間なく閉じた。


声は微かに、響いている。



××月××日



施設長は、狂ったように「化物」の再現に取り掛かっていた。

「再現の仕方が悪かったのだろう。きっと、死体にも足りないものがあったに違いない。
人体改造が得意なチームから、助っ人を借りてこよう」

施設長は、
「化け物」が、「化け物」である事に拘った。

と言うよりも、
「化け物」の力が、
欲しくて欲しくて仕方がないと言ったようだった。




××月××日




ーーー



(化け物なんだ)

(人間じゃないんだ)
(人間じゃない)
(人間じゃない)
(人間じゃない)

(あんな初期型(ゴミ)、認めない)

(化け物にたどり着くなら、改造だって、合成だって、なんだってやってやる)

(だから、
だから、

だからだからだからだからだから)




虚空の青い瞳に捕らわれてしまったのは、
施設長なのだろうか。





ーーーーーーーーーーー


「なんのために生まれてきたのだろう」


ーーーーーーーーーーー



試行錯誤を繰り返していた日々。



ひとつの個体が、
出来上がった。



その個体は

体を1本の鉄が貫いても
その四肢を硬い地面に叩きつけても
美しい瞳ごと炙っても
その青い髪が真っ赤に染るまで体を傷つけても
内臓も対象になるのかと、生きたまま引きちぎったとしても

見事、「傷を完治」させた。

瞳は美しく怪しい赤紫は、
何人もの研究員が症状を訴えていた。

瞳を覗き続けた者は、
見惚れたようにその場から崩れ落ち、
動くことが出来なかったらしい。


そして、カニバリズムの件。
試しに、ひとつ残していたサンプルの残骸を与えてみる。
「それ」は、迷うことなく口の中に含んだ。

食べ終わると、
その瞳、髪色はより鮮やかになった気がする。
これが、
人を食べることによって受けられる恩恵の効果、だろうか。



彼をよく見てみる。

髪色は等しいが、
瞳だけは
ツユクサと違っていた。



「成功…だ…」


施設長は震えながら、
右手に、銀色の短剣を持って、
「それ」に近づいた。

手を伸ばし、髪や、頬に触れていく。

「紛うことなき…「化け物」…
美しい…
やっと!やっと!
私たちの研究の成果が!!」


歓喜に狂ったまま、
彼へそのナイフを振り下ろした。
首元へ刻まれた深い刺傷は、みるみるうちに治っていく。


「ふは…ははは!はははははは!!
成功だ!
成功だ!成功だ!成功だ!成功だ!!」


傷をつける度に、
治る度に、
施設長は興奮を隠せず
傷つけることを辞めない。

「アレ」も、何も言わない。


(私たちは、化け物を生み出してしまった。

きっと、「殺人鬼」の最高の模範物なのだろう。
そして
最も「殺人鬼」とは遠い、生き物なのだろう)


全ては、
施設長が瞳に囚われてしまってから。



××月××日


彼の名前は、76-92-0「ヒガンバナ」と名付けられた。
施設長は、ヒガンバナに酷く執着した。

そして、次は「ヒガンバナ」の複製体を生み出そうとした。

ヒガンバナを生み出したのは、殺人鬼のDNAを、改造したり、複合したり、試行錯誤をして生まれた結果だ。
ひとつの個体を生み出してしまえば、あとはそれを「複製」すればいい。
簡単な事だ。


…と思っていたのだが。


何故か、「彼」を元に作ったクローンは、
全て、長く持たなかった。

カプセルから立ち上がり、
自らの足で歩こうとした瞬間、

肌は溶けて、血は沸騰し、骨は崩れていき、
「人の全部」が混ざり合うかのように、
ドロドロと

美しい外見はどこにもない。

…ヒガンバナの時は、こんなことは起きなかった。

ならば、

改造を重ねていくうちに、
彼に、
なにか変化が起きてしまったのか。



××月××日


施設長は、苦渋の決断をしたらしい。

「彼を複製するのはやめよう。
もしかしたら、今の彼の情報は、
私たちが作り出す「人間」には、荷が重すぎたのかもしれない」


「ヒガンバナは、おそらく「奇跡」に等しいのだ」



ならば、
力を分散させてみよう、という結論になった。


身体的な超能力も、
人を惑わす瞳の力も、
体を強化するカニバリズムも
別々の個体に宿せばいい。



ーーーーーーー



「恋をしましょう」
「恋をしましょう」



「何故、恋してくれないのですか?」

「クロユリはこんなに真っ赤なのに」

「あなたも真っ赤になれば」

「恋して頂けますか?」



ーーーーーーー


××月××日


識別番号812
「クロユリ」


個体を作成する段階で、眼の調整が体と合わなかったのか、
少年の様な見た目になってしまった。
まあ、些細なことだろう。

「瞳」の力も、十分に作用することが分かった。

その瞳に見つめられてしまったものは、
特定の物に対して、動悸が早くなり、体温が上昇。
思考能力が奪われる。

いわゆる、「恋」に似た衝動が起こるらしい。


だが、言動に問題があり、
数々の研究員が犠牲になった。

彼の瞳は、「恋」を呼び起こす能力を持っているが、
本人も「恋」をしやすい性格であった。



ある研究員が、彼の容姿に見蕩れてしまい、
思わず褒めてしまった。

クロユリは頬を赤らめ、嬉しそうに微笑む。


「わぁあ、なんて素敵な人。
ふふふふふふ、ありがとうございます。
ありがとうございます!
クロユリは恋(ころ)してしまいそうです!

心がどくどくとうるさいんです…
血液がとっても暑くなるんです…っ
クロユリは、真っ赤で、真っ赤で…!
あなたの真っ赤が欲しくなる…!!

恋(ころ)しますね?
恋(ころ)しますね!!

恋(ころ)しますねッッ!!!」


些細なことだ。

手を差し伸べられた。
優しくされた。
褒められた。
かっこいいところを見た。
何となくだった。

すると彼は、その対象に「恋」をしたような衝動を抱く。
その気持ちの衝動のまま、対象者に「恋」したまま、
「殺」してしまう。

どう言った基準で恋に発展するかは不明で、非常に扱いにくい。

主戦力として使用するには「失敗作」である。
が、利用価値はあると見ているため、
廃棄は保留にしている。

今現在は、抑制のため現代知識を与えつつ、
部屋に監禁し、24時間見張りをしている。

これで、衝動が少しでも収まればいいものだが



ーーーーーーーー



「3大欲求などよく言ったものだと思う」
「結局人は「食」に落ち着いてしまうのに」

「醜い執着も、傍迷惑は一目惚れも、
世間を涙させた真実の愛も」

「胃袋に入れてしまえば、全部一緒だ」

「ただの肉の塊でしかないのに」



「くだらない」



ーーーーーーーー


××月××日



識別番号616
「チューベローズ」

本来は「身体の超人的能力」を引き継がせようと作り出したもの。
だが出来上がったものは、
「カニバリストの面」を引き継いだ個体だった。

クロユリとは真反対の、荒々しくつり上がった赤い瞳に、赤い無造作な髪の毛。

さらに、殺人鬼らしい「残虐性」を強く持っており、
「クロユリ」とは比べ物にならないほど
研究員も、サンプルも、犠牲にあってしまった。



ある時、研究員が彼を見て、
「美しい赤」だと囁いた。

チューベローズの暴力的な朱色に、
惚れてしまったのだろう。

すると、チューベローズは
研究員を一瞥する。


「ははは!ただの人間が化け物に惚れ込むなんてなぁ。
面白おかしい話もあるもんだ。

なあ、お前。


俺様が美しいってんだろ?
なら、

俺様に「食」(ころ)されても
構わねえって事だよな?」



グチャりと


彼の「体内」へ手を埋め込ませた。
文字通り、チューベローズの右手は、
研究員の心臓の位置へ抉りこまれている。


「…」


そのまま、研究員の命の動力を、
勢いよく引き抜いてしまった。
ブチブチと脈が千切れる音がする。
心臓を抜かれた彼は、
口から泡を吹いて、痙攣しながら地面へ倒れ込んだ。
もちろん、助かるはずがない。

チューベローズは、何食わぬ顔で、
手にした心臓を、口の中へ放り込んだ。

大きな口を開け、赤黒い塊は飲み込まれる。
ぐちゃぐちゃと不快感が強い音が響いた後

「おえっ!まっず!!」

彼は勢いよく、口の中のものを吐き出した。

原型が何かも分からないただの「塊」は、地面へべチャリとぶつかる。

「心臓がいちばん美味いと思ってたんだがな。
人によってはクソまずいってのがよく分かったぜ。

今度はもも肉が美味そうな
「飯」(ニンゲン)連れてこいよ」


自分たちで制御出来ないのならば、
これに利用価値はない。
ただ、危険すぎるので
誰も近づくことが出来ない。

1度、毒ガスによる処分も試みたが、
人を食すほどより力を増す不死身の体には、無力だった。

正直、手に負えない。

これも失敗作だが、処分の方法は検討中だ。

今は、使用していない実験室に閉じ込めている。




ーー




「他の奴らがどうなったのかは知らない」
「俺達以外の「俺達」がどうなったかなんて、教えてくれなかったから」
「存在は知っていた。
自分の存在もわかっていた」
「幼い頭で、理解したことは」

「「きっと、俺達の命には
意味はあっても、彩はない」」




ーー



××月××日

「どんな傷も治ってしまう、超人的な身体能力」
これは引き継がせるのに苦労した。

体の仕組みが人間とは違うのか、これだけの特異質に絞っても、成功は起きなかった。


私はある時、所長に助言を求めた。

すると彼は、
母親のような笑みを浮かべて、こう諭した。


「他人にするから良くないんだ。

そのヒガンバナ君の、「子供」として生み出してしまえばいい。

子供というのはね、不思議だよ。

親が魔法を使えるとするだろう?
するとね、子供は
「魔法を使うべきモノ」として、生まれてくるんだ。

遺伝という物はね、
束縛に等しいんだよ。
素敵だよね」


助言は貰えた…が

やはり、
この人の言っていることは分からない。



××月××日


ヒガンバナのDNAを利用、
そこから人間の受精卵を作り出し、
人工的な子宮の中で成長させる。
言わば、人間と化け物のハーフ。

ヒガンバナの遺伝も少なくなる可能性もあるし、
時間はかかってしまうが…、
クロユリやチューベローズと同じ方法では不可能となると、
所長が言ったようなやり方も試さなければならない。


約9ヶ月後、
待望の生命が誕生した。

「双子」…と世間一般的には言うのだろうか。
ひとつの卵から、ふたつの命が生まれてしまった。
まだ大量生産をする気はなかったので、私たちは、どちらか一つだけでよかった。

どちらか1つが優れているか、
分かってしまえば、
片方は処分すればいい。

まずは、
「体質」を引き継げているか、確認しなければ。

見て見なければ分からない。
そう思い、小さな刃物を取り出した。

生憎、赤ん坊で情を揺るがされる人間は
ココには居ないもので。




××月××日



結果的にいえば、まずまずの結果だ。
人間体でありながら、体は再生力に優れている。

あの双子は、すくすくと成長した。
24時間監視をし、決まった時間に必ず食事を取らせ、「意思疎通」ができる程度に知識を教え込む。

4歳になった頃だろうか。
彼らは、受け答えが出来るようになり、
「此処」の常識を理解し始めた。

「実験」に、抵抗もしなければ抗議の声もあげない。

ヒガンバナよりは少し劣る。
だが、十分にある再生力、体の丈夫さ。
素晴らしい。

思わず拍手をすると、
4つの眼は、こちらを見上げた。

なんともまあ、
感情のこもっていない目だ。
サンプルとしては大成功じゃないか。


ーー


「おれたちはどうしてここにいるの」
「1031-2、そんな余計なことを考えているなら、お前は殺される」
「…ふと、疑問に思うだけ」
「…」

「でも…」
「愛されて、みたい」

「ならば1031-2、お前は不良品だ」
「…っ、1031-1はそう思わないの?
なんともないの?」
「おれはそんな不具合起こしていない。
お前と一緒にするな」

(…だって、
何故か痛むんだよ。
心臓の、辺りが)
(おれはここで生まれて、
何も知らないはずなのに)
(…愛されたいって、思ってしまう)
(愛されたい…愛されたい…)
(理解してしまうのは、なんでなの?)

…………


(気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い)
(不具合を起こしている。
愛されたい…
という行為その物が、分からない)
(そもそも、感情なんか起こる方がおかしい)
(おれたちは、
「起きない」ように育てられたのに)
(こんな奴に、負けたくはない)
(処分されるなら、アイツだ)


ーーーー



××月××日

いよいよどちらを残すか決めなければならない。
どちらを兵器として育て上げるか、
私たちは決定した。


「1031-2、お前は不良品だ。
後日お前を処分する」

「1031-1、お前を兵器として、正式に育成しよう。

お前の名前は、

「キキョウ」だ」




その名前は、なぜか、

この体に良く馴染む。



××月××日



(どうしてアイツなんだ)
数日後には、おれは処分される。
存在の意味が無くなれば、
生きていることさえ許されない。

処分の方法は、聞かされていない。

ほかのサンプルの犠牲となるのか
それとも、あの部屋(ゴミ箱)に捨てられるのか。

(…嫌いだ)

なんで一緒に生まれたのか。
あいつが生まれなきゃ、
おれは1人だけで、
処分されることも無く、
生きることが出来たのに。

(…でも、他に処分された人達は…
おれみたいなこと、思ってたのかな)

(もしかしたら、
おれだけしか、分からないのかな)

(愛されたい、という気持ち)





いつからだったか、
睡眠を摂ると、脳裏にある記憶が思い浮かんだ。
眩しくて、暖かくて
幸せな、光景。

「これはもしかして、
おれの本当の元になった人の…
幸せな、思い出。
なのかもしれないと、思ってしまう」


誰かに手を引かれ、花畑を駆けていた。
その手は暖かく、目の前の誰かも、笑顔で。


×××(おれ)は、こんなに、世界が彩に溢れているのを、初めて知った。
笑顔がくすぐったい。
手が暖かい。
安心する。

そうだ、これは、これが


「愛される、こと」


さみしい。
さみしい。

愛を知ると、さみしい。

こんな場所に、愛はない。

さみしい。



「誰かを、愛したら、
おれの事も愛してくれるのかな」



ーー



何も無かった。
目の前には、真っ白な四角い箱。
無機質な鉄の扉。
機能性だけを重視した寝具。
反対側には、おれと同時に生まれたらしい実験体。
扉の向こうには、名前も知らない「研究員」達。

それがおれの全てで、「ここ」で生まれたものの全てだったはずなのに。

なんで、隣のやつは、「他のこと」を知っているんだろう。
なんで、「ここ」以外のことを知っているような顔するんだ。
元になった奴の恩恵を受けているとでも言いたいのか。
気に食わない。

「ここの言う通りに。
殺して。傷ついて。答えて」


それが、おれの全部。


でも、あいつは、それ以外もあった。

「愛されるって、何。
愛するって、何」


それをするのが、
人間だ、とでも言いたいの?


ーーー



××月××日


1031-2の処分は、明日にする。
ちょうど、616に提供するものも無くなっていた。
今まで与えていたものとは違うが、
もしかしたら、より「不死身」の体に期待できるかもしれない。
残虐性の発散にもいいだろう。
「何度壊しても壊れないおもちゃ」と言ったところだろうか。

これで、1031-1に集中できる。



ーーーー


「やっと、私の夢が叶う」


青い瞳に魅入られたとしても構わない。
施設長として、しなければならないことを行った迄だ。


「全てはお前のおかげだ、ヒガンバナ。
美しき悲願の花。
お前こそが、化け物に相応しいんだ」


きっと。これは、

世界を変えることが出来る。
すべては、私の思うがままに。







××月××日





以外、映像資料


(悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴)

「…っ………な………ま………っっ」

(悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。
悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴)

「……っっなんなんだ!!一体これは!!」
「あいつらは一体なんなんだ!?」
「サンプルが!!施設が!!」
「チューベローズは!?クロユリは!?」
「くそ!1031-2も1031-1も消えている!!
なぜ!なぜ!なぜ!」
「…っ…!
ヒガンバナ…お前はここにいたな…」
「いいぞ!
いい子だ…私と一緒に…」

「お、おい…やめろ…なんで、お前が…」

「う、恨んでいるのか…?
私、私は、お前を、お前を…!
愛し」

「…」

ザザ

「…」

ザ…


「…」

「なんのために、生まれてきたんだろう」
「この世界が壊れてしまったら、
私(ゼロ)は何処に行けば、
いいのだろう」



プツ…ザザ…ザ…




ーーーーー



「…」
「今のが、
発掘されたやつ。
研究所に残ってた映像」

「…こんなの見せてどういうつもりなの?
わざわざ人目を盗んで呼び出したかと思えば」
「…」
「お前のこと、殺したいほど嫌いだって、分かってるよね」

「知ってるよ。俺だってお前のこと殺したいし。
けどまあ、俺達だけこれを見るのもずるいなって思っただけ。
お前だって、無関係じゃないじゃん?」

手に持っていたビデオカメラを、ま後ろにいる奴に投げ渡す。
同時に生まれたサンプル。
同時に育った片割れ。

俺の、死ぬほど憎んでいる人間。
俺の事を、死ぬほど嫌っている人間。


その彼とは、
寂れた人数の少ない公園で、
使われた形跡の無い木製の机を挟んで会話していた。
と言っても、向かい合ってなんて出来ないから、背中合わせのような形だけれど。

きっと顔を見たら、お互いに殺してしまいそうで。


「俺は別に、もう「あの場所」のことに興味はないから」
「…。
普通の人間ごっこでもしてんの?
「根本」がおかしいくせに」
「…お前だって、前よりも楽しそうだけどね。
どう?
「普通」の人間みたいに暮らせてる?」

嫌味はキリがない。それはお互いに突き刺さるナイフ。

「ご生憎様、お前のように「愛される」欲を知らないから、わかんない。
普通とは程遠いかもね」
「…」
「人を愛そうと思っているけれど、
俺は本当にその人のことを愛せるのか…。
愛される気持ちもわかんない俺に、そんなこと出来るのか…ってね」
「…」

「俺の事はどうでもいっか。
あとは、そうだなー。

生き残ったサンプル共の話か。
俺たちと似たようなやつらは、こっちにいるよ。
一緒に殺したかったら、考えてみれば?」

「…何時から託児所を始めたの?
そんなに優しかったっけ?」
「うちは来る物を拒むことは無いし、
去るモノを拒むこともしないんだよ」
「…」
「あー、あと、もしかしたらどこかに、研究所に居たヤツらの生き残りがいるかもしれない。
所長なんか生き残ってたら、連れ戻されちゃうかもな?なんて」

「…」

「はーぁ…やっと全部話せた。
伝えてやるのは、これが最初で最後だから」

俺は立ち上がる。
もう、あの場所の事なんかどうでもいいんだ。
今の俺には、

大好きな人も、
(普通になるきっかけをくれる人も)
大好きな場所もあるから。
(普通になれる場所もあるから)


「…さようなら。もう姿を見せないでね」

もう振り返らない。
その足は、前を向くだけでいいんだ。
(愛するだけで、生きてていいんだ)






あの日、施設が炎に包まれた時、
俺は、チャンスだと思った。

今しかない。
今じゃないと、俺は、死んでしまう。
必死になって。

悲鳴と叫びを全身に受けながら、俺はこの空間の出口を探した。

結論からいえば
あっさりと脱出することが出来た。

拍子抜けだった。

俺を捕らえていた世界は、
「この世の全て」だと思っていたものは、
こんなに簡単に出ることが出来て
こんなにもちっぽけな箱だったのだと。



「…あの中で、一生を終えた他の「俺達」もいるんだな」

そこからは、あまり覚えていない。
気がついたら局の人間に匿われて、
今こうしてる。

俺が産まれた理由は、
欲望と醜い感情がぐちゃぐちゃで、
最低なものだけど。

今この世界を生きている俺は、
光の元へ出られたはずだと、
思ってる。

きっと、普通の人間であることを、
神様か許してくれたのだろうか。
「愛される」ことを知っている、俺の事を。


「なら、ちゃんと愛されないと」


愛されるにはどうしたらいいかな。
やっぱり
愛するしかないのかな。


そう、愛することが出来たら、愛をくれる。
きっとそうだ。

誰かを愛さなきゃ。
一生に一度の人を愛するんだ。

愛して。
愛して。
愛して。

愛されてください。




愛してください。
(普通に生きたい)




ーーー




キキョウと、名前がつけられた次の日、

俺の知ってる世界は、真っ赤な炎で包まれていた。
かと言え、特別何かを思った訳でもない。


「ここは崩れていくんだな。
終わるんだ。
呆気ないなぁ」


所詮、こんな淡白な感想だ。
この期に、施設内をゆっくり見学することにした。
実験以外の時は、箱の中に収まっていたから、
他がどうなっているかなんて知らなかった。

「助けて!」
「ここから出して!」
「苦しい!」
「痛い!」「熱い!」


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


そこかしこから聞こえる、聞いたことない声。


「そっか、
俺みたいに、丈夫じゃないやつもいるか」

手を伸ばすことも、とどめを刺すこともしなかった。
単純に、興味が無かったんだ。

「…あれ?」


あそこにいる人達は、誰だ?
ここにいる研究員達とは、全然違う。
誰だろう?
見たことがない。


「思えば、
あの集団と目が合った時。
それが、俺の新しい「人生」の始まりだったと思う」


この時を生きて思う。
あの頃とは比べ物にならないほど、世界は彩に溢れていた。
分からないことも多いし、理解できないこともあるけれど
今は、
生きていたい、という気持ちを信じてみようと思う。


「まー死にたいって思っても、簡単に死ねない体なんだけどね…。
まだ輝いて見えるうちは、楽しもっかな」

嫌いなものもあるし、
憎いものも生きてるけれど
案外、この世界は嫌いではない。



「…あ」



ふと足元を見ると、
公園の花壇に、紫色の花が小さく咲いていた。

「…桔梗」


俺の名前の元になっただろう花。


「呉羽が言ってたっけ。
…たしか、桔梗の花言葉、は…」


(昔、恋人を、
一生かけて、待ち続けた若い娘の物語から
この花言葉がつけられたらしい)


永遠の愛。変わらぬ愛。

「…」

何を思って、こんな名前をつけたんだろう?
意味なんてなかったのかもしれないけれど。


「…この名前は、少し重い」


生まれた意味なんて無いに等しい。
愛される意味なんて分からない。
愛する意味も分からない。

もしかしたら俺は、本当に「愛して」いないのかもしれない。

正解なんて、誰も教えてくれない。

愛し愛されることが、「普通」の人間がやる事なんだろうと思って、
何となく始めたもの。

「…」


温もりに触れると、
自分が分からなくなってしまう。

だから、本当の愛を言うものを知るのは怖いし、
分かりたくもない。


自分が、壊れてしまいそうで。
虚空だとしても、
「愛している」と思い込んでしまえば、
傷つくことは無いじゃないか。
壊れることも、無いのだから。


例えば

人の血は、凄く汚いものだと思う。
汚れてしまうし、鉄の匂いが酷い。

人の死は自然なもの。必ず訪れる物。
わざわざ騒ぎ立てるようなこともしないし、
温情をかける意味もない。

もし、俺が「愛してる」人が死んでしまったら、
同じことを思ってしまうのだろうか。

嫌悪感を抱いていた赤い液体を、愛しいと思えるのだろうか。

普通の人のように、悲しむことが出来るのだろうか。

それとも、違うことを思うのだろうか。



「そんな俺は、このままでもいいのかな」


あんなにアイツは、「普通」に暮らしていたのに。

愛して
愛されることを望めて

愛のことを知っているのに。

普通の人のように暮らせているのに。




だから、嫌いなんだ。



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