化け物の始まり


「なぁ狂乱チビ。ここにはこんなのもあんのかよ」


そう言って赤い髪の彼は自分の目の前に、紙の束ひとつを投げ捨てた。
左上をホッチキスで止めているだけの、簡易的な書類。
それを手に取ってらパラパラと眺めてみる。

「…ふふ、おやおやぁ」

思わず笑みがこぼれてしまった。
随分と懐かしくて
愚かな喜劇が書かれている「小説」じゃないか。

「珍しいですねぇ。「孤独の暴食王」は
滑稽な昔話に興味があるのですねぇ」
「…次、その名前で言ったら」
「冗談ですよぉ。怖いですねぇふふふふ。
まあ、あの研究所の関係者もいることですし、
何もおかしなことは無いですよぉ」

赤い彼が興味を持ったもの。
それは、「自分たち」が生まれた元凶。
夜の街を恐怖で染め、人々の心に強く強く根付いた化け物の
過去のお話。

「「夜、明かりが消えた頃にやってくるという
人の形をした化け物。
人間を主食とし、獲物を美しい瞳で捉えて離さない。

そんな彼の悪行は、
勇気ある街人の手によって沈められた」

…ですかぁ」

パタリと紙束を机に置いた。
全く。これだから人というものは

「本当に…本当に面白いですねぇ」


「人にとって「彼」は、
化け物でしか無かったのでしょうねえ」
「…何が言いたいんだよ」

そう、ここに記された記録は

「小説」でしかない。

「これは人々の偶像です」

現実から目を逸らし、自分の掴みたかった展開を織り成すのですから
小説と変わりないのですよ。こんなもの。

「…」
「…納得がいかない、という顔をしていますねえ」

確かに、この話は他のシリーズ達には伝えていなかった。
…ふふ、

「理解し合いたくても出来ない」彼にとっては、
少し苦しいお話かもしれませんね?


「いいでしょう。あなたには特別にお話してあげましょぉ!


我らの、始まりを」








ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー



暖かい。

暑い。

涼しい。

寒い。

暖かい。

暑い。

涼しい。

寒い。


「…この世界は、不思議だなぁ」

身に感じる気温の変化とともに
深い緑で覆われたこの山は姿を変える。

「今日はきっと、川辺の木に実が熟している頃だし、取りに行かないと」

どこからか、川岸に流れ着いた麻布を綺麗に畳む。
足の裏から、硬い岩の冷たさが伝わる。
奥に行けば行くほど暗くて、
暑くて寒い洞窟の中。
それでも、ここは俺の家だから。

…ここしか、居られないから。




自分は、人間だと思う。
手足だってみんなのように付いている。
目だって、鼻だって、口だって付いている。

言葉だって話せるし、
悲しかったり、嬉しかったりもする。


けれど




『その紫の髪は、呪われているんだ』
『その紫の目は人々を地獄へと陥れる』
『またこの街に、災厄を齎しに来たのか』

『化け物め』



俺が生まれた街の人は、俺を受け入れてはくれなかった。
お父さんのキレな茶色の目も、
お母さんの艶やかな黒い髪も

俺には何一つ無かった。

どうしてか『紫』がそんなに怖いのかは分からない。
けれど

両親も他の人も
人間を見るような目で見てくれなかった。

いつもいつも、蔑まれて。
痛めつけられて。




最後には、捨てられた。






ということがあって、今俺は追いやられるように
この山に住んでいる。

(まあ、不便っちゃ不便だけど…
あの頃よりかはマシかなぁ)

街から迫害されていた時は、食事をするだけでも精一杯だったし…。

(あの頃は夜にこっそりお店から盗んだりしてたかなぁ…あはは、悪いことしちゃったなぁ)

お風呂だって、もちろん入らせて貰えるわけ無かったし…

(今は川があるから、そこで水浴びできるもんね)

たまに山登りに来た人とかに見つかって、
すごく怯えられることがあるけれど…
ま、多分俺だって分からない…とは、思う?

(でも、その分、ここはいい所も沢山あるんだ!
動物たちはとても優しくて、とても静かで、
俺を痛めつける人も、悪口を言う人もいない!)

こんな風に、静かな日々を過ごせるだけで俺は幸せだった。





「よいしょっと…」

洞窟から出ると、そこは森の迷路。
好奇心が多い人以外は滅多に人が来ないから、道がちゃんと整備されていない。

「ま、俺にとって朝飯前だけどね!」

軽やかな足取りで木々の隙間を抜けていく。
たしかにここに来たばかりの頃は、迷って大変だったけれど…
動物たちが教えてくれるようになってからは、まっすぐ進めるようになったなぁ。

「よいしょっと!
着いた!
今日も綺麗な川!」

岸近く実っている木の実をいくつか採る。
これは甘くて美味しい。
俺の主食でもある。

「今日も大量大量!いつか木の実パーティーしてみたいかも。
俺1人だけど…えへへ」

うん、こんなもんだろう。
取り立ての木の実を両手に抱える。



「…ん?」



いざ帰ろうとした時、

ふと、遠くの川岸に、
何かの「塊」が流れていているのを見つけた。



いや、あれ、塊…じゃ、無くて…

「…ひ、と?」


慌てて駆け寄ると、
どうやら少年…少女?のようだった。

ビシャビシャになった服に、動かない小さな手。
まだ幼さが残る顔は、苦しそうに歪んでいた。


「っど、ど、どうしよう…!?
お医者さん…?あ、でも、俺の話聞いてくれるかな…
で、でも、この子だけなら…でも…!」

こんなこと初めてだ。どうしていいか分からない。
慌てふためていていると、
子供が激しく咳き込み出した。

「っゲボッ!っハッ…けほ…っ…」
「あ…」

良かった。生きてた…みたい。
子供のまぶたが微かに震える。

(…あれ?よく考えたら…
この服装…あの町の子供の服じゃ…

じゃあ…!!)

だめだ!俺、怖がられちゃう!!
俺がこの子を襲ったって勘違いされるかもしれない!!
ドドドどうしよう、目覚めた瞬間怖いものなんて見たくないよね!?
かか隠れた方がいいのかな…でも…

「…ん…」

そうこうしているうちに、小さな子供は目を覚ました。
髪色とお揃いの、茶色い真ん丸な目。

(っ目を、覚ました…!
せ、せめて紫色を隠さなきゃ!)



「…」

「…」


「…何をしているんだそれは」


まだ疲れているのだろう、弱々しい声が聞こえた。
でもどんな表情をしているかは見えない。

なぜなら俺は、
何とかして髪と目を隠そうとして

頭を抱えて蹲っているからだ。


「…」
「聞こえてる?」
「…」
「ここはどこか聞いているんだが。
ていうかなんだその格好。
おちょくってるのか」
「…だって」

「君も、「紫色」が怖いんでしょ?」
「だから、きっと、
俺の事、怖いって思っちゃうよ。

…だから…」

体が強ばってしまう。
今までずっと言われ続けていたことだけれど、でも、
(慣れるなんて、できっこない…)


「は?
なんで?」


「…ぇ?」


思わず顔を上げてしまった。
茶色の目と視線が合う。
無垢だけれど、少し怒ってもいるようだった。

「なんで紫ってだけで君を嫌わなきゃいけないんだ。
君がなにか悪い子をしたって言うなら、
そう思うのも仕方ないのかもだけど。

そうじゃないのなら、勝手に僕の好き嫌いを決めないでくれるかな」

…こ、これ、は。
お、怒られ、ている??
怒鳴ったり、悪口を言われるんじゃなくて…
なんというか…

嫌な気持ちがしない。


「…怖くないの?」
「何回も言わせるなよ。どこに怖い要素があるんだよ。
紫色のお化けでもいたってのか?」
「…」
「それに、この状況を見るに、君が助けてくれたんだろ?」

小さな指が俺を指す。
「で、でも、助けた…と言うよりかは、俺は駆け寄っただけで…」
「それでも十分さ。君の足音に気がついて、僕は脱走に成功したのだと確信したのだから」

やがて、目の前の子供は笑った。



「ありがとう、綺麗な紫の君。
助かったよ」



伸ばしていた手が、俺の紫色の髪に触れた。

優しく梳かして、撫でるように。
(引っ張って、叩きつけたりしなかった)



「おやおや、随分惚けた顔をしているな。
こういうことは言われ慣れていないみたいだな。

全く、人間というものは未だによく分からないぜ」




………




突如として流れ着いた…少年は
「ルイス」と言うらしい。
見た目が中性的で、
最初は性別が分からず、少女か少年かどっちだと聞くと

「こういうものは聞かずとも理解するというのが、
いい男の条件だろう?
その点は、僕はお前に勝っている」

と返された。
これはつまり少年ってことでいいのかな。

とりあえず、今は俺が寝床にしている洞窟へと案内した。
さっき取った木の実を挟むように、お互い向かい合って座る。

「山の実を好んで食べたことは無いけれど、なかなか美味いじゃないか。
いつもは不味くて血なまぐさいものばかりだったからね」
「よ、喜んでくれて良かったよ…?」
「それで?
僕は名前を名乗ったが、君はまだ僕に名を告げていないだろう。
人に名乗らせておいて自分の情報は秘匿する気かい?
随分ずる賢いKittyだな」

き、きてぃー…?
少し休んで、ご飯を食べて元気になったからか分からないけれど…
すごく口が回り出した気がする。
なんだか、少年の姿でそんな大人びたことを話していると、頭がこんがらがってくる。

「な、名前はない…んだよ」
「へえ、そうなのか」
「昔から、「紫」とか、「紫の悪魔」とか言われ続けていたから…
名前をつけてくれる人はいなかった…」
「両親もかい?」
「…うん。
街の人みんな、俺を、嫌って…。
それで…捨てられて、ここへ…」

思わず目を伏せてしまう。
改めて言葉にすると、
とても、心が痛くなった。

「そうか、それは無礼だった。
辛いことを聞いてしまって、申し訳ない。

ならばこうしよう。
お詫びとして、
僕が君の名前を考えるよ」
「…え?」

目の前の少年は、イタズラを考えたような、とても愉快そうな顔をしていた。

「君くらいの美貌をもった青年が名も無き人間だなんて、森羅万象が許したとしても僕が許さない。
まあここで過ごしながら、君の名前を考えるさ。
楽しみにしてくれよ」

ここ、で、過ごすって…え?

「ま、待って!?ここで過ごすの!?」
「そうだ。なんだ?美少年じゃ不満だと言うのか?
君はずる賢いだけでなく貪欲なhoneyなんだな」
「は、はにー…?じゃなくて!
君は帰る場所があるんじゃないの?」

そう言うと、ルイスは小さなため息をついた。
手に持った木の実をひとつ齧って、呟くように話す。

「そうだな。ここで寝床を共にするのだから、
君には話しておくべきか。
お互いの身の上を理解した上で初の共寝を迎える方が、身も心も繋がりが持てるだろう?」
「…?」
「あぁ、こういうジョークは伝わらない口か。それもそうか。
美少年が放つ口説き文句は、
流石に君には早すぎる階段だったな。まあいい、
いずれ分かる日が来るだろう」

意味はよく分からないけれど
分からない方がいい気もした。
昔から俺は直感がいいんだ。

「言うても、僕も君と同じ境遇さ。
僕もとある場所で迫害を受けてね。
命からがら逃げてきたというわけさ」

っそんな…じゃあ、ルイスも、
今まで辛いことを…

「ごめん、俺も、嫌な事聞いた…」
「気にするな。下を向いて綺麗な顔が曇ってしまうだろう。顔を上げて永遠に僕にその顔を見せ続けろ」
「それは無理かも…」
「冷静に返すんじゃない。
とにかく、僕は僕の生き方に満足しているんだ。
こうやって生きているのも、僕が運命に勝った証さ」

運命に、勝った証…

「僕は運命という言葉が大嫌いなんだよ。
運命なんて決まった脚本の上を歩き続けるだけの物に、なんの価値があると言うんだ。
アドリブ、フリートーク、ルールブレイカー、なんでもありの方が、
生きている物は楽しいだろう」

楽しそうに笑う少年。
本当に、子供のようには思えなかった。

「でも、…俺は、
運命って言葉…好きだよ」

「ほう?その心は」
「運命は…確かに、嫌なこともある。
辛いこととか、苦しいこととか、押し寄せてくる。

でも、ね」


「嬉しいこととか、
素敵な出会いがあった時…
それが、「運命」だったら…

俺は、嬉しいなって」
「…」
「だからね、
この、出会いも、運命だったら嬉しいなって…。
だって、俺を蔑まない人に出会えたのは、初めてだから…」

少し恥ずかしい。
人とこんな話をするは初めてだし、
誰にも言えなかった思いだから。

「…なるほど、君は僕には劣るとも、
なかなかの「タラシ」であるようだな」
「たわし?」
「タラシだよ馬鹿者。
ま、ここまでこの出会いを喜んでくれるなら本望だ。
ということで、似たもの同士、運命共同体として
しばらく世話になる。
よろしく頼むよ、美しい紫の君」

小さな手を差し出される。
えっと…これは…

「…」
「なんだ。
握手を知らないのか、しない主義なのかハッキリしろ。
君はずる賢く貪欲でわがままはSweetyだな」
「すいーてい…」

握手は知っている。
ただ、俺は握手をしたことなくて
少し戸惑ってしまっただけで…

「あの、本当に握手をしていいの…?
払ったりしない…?」
「ああもう面倒くさいhoneyだな!
いいから手をよこせ!」
「あわっ…」

無理やり小さな手で右手を取られる。
そのままルイスは両手でしっかりと俺の手を握りしめた。

(ーーーーーー…あ、たた、かい)

「僕はお前を嫌うことは無いさ。
まあ、嫌いになる時があるとするのならば、
愛しすぎて嫌になった時だけだろうさ」

「…」

(ひとの、てが、暖かい)

「ーー…」

「って、なんで泣くんだ…?
そこまで僕の両手が尊ぶものだったかい」
「ちが、う…」
「いやそこは否定するんじゃない」

ポタリポタリと涙が止まらなくなる。
初めて、初めて人が


「暖かく、感じたんだ…」
「…」
「ずっと、冷たくて…硬かったから…」
「…」
「こんなに、暖かい、なんて、
知らなくて…」

包んでいた片方の手が、俺の頬に伸ばされた。
優しく撫でられる感覚が気持ちよくて、目を細めてしまう。

「…本当に可愛らしいな、君は。
いつでもその手を握ってあげよう。

美少年の手は安くは無いのだぞ?

君だから、だ」

「…うん」

ルイスの放つ言葉は難しい。
けれど、

あの人たちのような、痛みを感じない。


(…もっと知りたい、君のこと)






…………


それからルイスと俺は、
この山の中でひっそりと暮らしていた。


………………




「ねえルイス、洞窟の中で寝るのは平気なの?
布団とかもちゃんとしてないし…」
「まあ快適とは言えないな。だが、
その分君の美しい顔立ちを独占できるのだと思えば、
岩の硬さも悪くはなかろう」
「そっか…よかった…?」
「全く君は口説きがいが無いな。
このレベルの口説き文句は
僕が出会った女性の八割は堕ちていたぞ?」



今までの日々も、良かった。
楽しかった。



「せっかくだから僕が君の髪を梳かしてあげよう」
「え?髪を…?あんまり気にしたことがなかったや…」
「勿体ないだろう。こんな綺麗な髪を乱雑に扱っては。君の全細胞が許しても僕の信念が許さない」
「ルイスの基準は変だね…ふふっ」



でも、
ルイスといる日々は、
もっと楽しかった。




「怖い夢でも見たのか?」
「…」
「頬が濡れている。
もうここに居るのは君一人だけではないんだ」





優しい手が大好きだった。





「ルイスは一体何歳なの?」
「おやおやおやおや人に年齢を聞くとは。僕が美少女じゃなくて良かったな。
君は図々しいKittyだということも理解しておこう」
「な、なにか悪いこと聞いたの…?」
「なんでもないさ。
ふふ、まあ、見た通りの年齢だと思ってくれて構わない」
「そうは見えないけれど」
「なんだ?見た目通りの年齢でないとならないのか?」
「いや、そうじゃない、けど…どんな年齢でも、ルイスの事好きだよ」
「ほう、おや…君は図々しいのでは無く
小悪魔なhoneyだった、ということか。
まったく、僕も負けてはいられないな」




優しく微笑む顔が、大好きだった。






「好き、と、愛している。
の違いがわかるかい?」
「…?どっちも好きじゃないの?」
「いいや違う。
さらに細かく言うならば、
「恋」も含まれるな」
「…全部好きじゃないの?」

「僕が思うに、
好き…とは、自分に都合がいい事なんだ」
「…そんな、こと、ないと思うけど」
「まあ最後まで聞きたまえ。
その「好き」から枝分かれするのだ、
「恋」と「愛」に。


「恋」とは、身勝手なもの。
「愛」とは、献身的なものだ。

恋と愛は、必ずしもイコールでは無い。
恋をしている時は誰しも幸せさ。
現実を見なくていいからな。

愛はそこに、「相手」が生まれる。
ならば、自分だけの理想で生きていく訳には行かないのさ。

けれど、それを乗り越えた先に、
切っても切れない絆がある」

「…」

「そして僕は考えた。

君に向ける感情は、恋なのか、愛なのか」
「…どっちなの?」
「分からない」
「分からないの?」

「君に対して尽くすのも悪くないとは思うし、
僕の思うようにしてしまいたいという気持ちもある。
ワガママと献身がごちゃ混ぜになっている感覚さ。
今まで誰にも抱いたことの無い気持ちだ」
「…」

「つまりはこうだ。
僕はお前のことを、
恋とか愛の理屈が、どうでもいいくらいに


好きなのさ」









きっと、俺も、そんな気持ちだ。
恋なのか愛なのかもわからない。
ルイスのためになりたい気持ちもあるし、
俺ともっと話して欲しいという気持ちもある。

でも、恋なのか愛なのか分からなくてもいい。


「好き」なんだって、分かればそれでいい。










「ご清聴願おうか麗しき紫の君。
ついに君の名前を思いついたのさ」
「ほんと!?」

ぱあっと心がはずんだ。
ココ最近ルイスが悩んでいる姿を見ることがあったけれど、
まさか本当に名前を考えてくれていたなんて!
しっかりとした座り方をして、彼を見上げる。
…正座って言うんだっけ?

「あぁ。やっと君に似合う名前を思いついたんだ」

ルイスは俺の目の前に膝を着いて屈んだ。
茶色の瞳に、紫色の俺の目が映りこんだ。




「キキョウ」



その名前と共に、髪に何かが触れる。

「僕が好きな花でね。
君にピッタリな色さ。

それに、この花の言葉も…僕の思いだ」

触れた箇所を手で触ってみると、
しっとりとした、柔らかいもの。

「…は、な?」
「あぁ、僕はこう見えて手が器用でね。
髪飾りにしてみたんだよ。
君に…「キキョウ」につけて欲しいと思ったんだ」






「終わりまで。

いや、
終わりを迎えても、

僕と共に居てくれ。キキョウ」






あぁ
せかいが、


こんなにも、


「うん。
一緒にいようね、

…ルイス」


色付いていたなんて。




返事を返した時のルイスは、
嬉しくもあって、


少し、寂しそうな笑顔でもあった。









ーーーーーーーー




聞いたか。
葬ったはずの化け物が、まだあの山に住み着いているらしい。

まったく、しぶといわね。

このままじゃ、いつ俺たちがやられるか分からない。

そうよ、いつまでも「化け物」に怯える私たちじゃないのよ!

そうだ!俺たちは人間だ!
人間は力を合わせれば、なんだってできる!

俺たちで、

『化け物』を倒すんだ!!




ーーーーーーーーーー







「…」






「…」

「…人が、騒がしくなった」



「まったく、
幸せな時間というものは、直ぐに終わりを迎える」


「こればかりは、何度繰り返してきても慣れないな」


青年は目覚めない。
起こさないように、静かに彼の髪をとき、するりと頬を撫でる。




「だから、大切な人間を作りたくなかったんだ」





静かに目を開けた少年は、
静かに寝息を立てる青年に聞こえない声で

小さく呟いた。





ーーーーーーーーーーーーーー



「…ん、…ぅ…」


暑い。

暑い。

暑い。

焦げた。

まぶ、しい




「ーーーっ!!!」



慌てて起き上がると、洞窟の外は

真っ赤な火の海だった。

生き物が焼かれた匂いがする。
周りの木はメキメキという音を立てながら、倒れていく。
そして聞こえる

恐ろしい足音。




『化け物!』
『どこだ!』
『俺たちは怖くない!』
『出てこい!』
『殺してやる』
『ころしてやる!』



『殺してやる!!』





「…なん、で…」
「起きたかキキョウ」

振り返ると、ルイスが立っていた。

「ルイス!?こ、これ…なに…」
「潮時だよ。

人間達は、お前への恐怖に勝てなかった。
まったく、これだから愚かな「肉の塊」は」

ルイスの顔つきは、今までとは違っていた。
なんというか…

鋭かった。


「逃げるぞキキョウ。
ここにはもう居られない」
「っえ…」

小さな手は俺の腕を掴んで、洞窟の外へと走り出した。
肌に炎の熱さが伝わる。
動物たちも、木々も、何もかも…
…っ。

(ーーーっ痛…)

突然、痛みが走る。
俺の腕を握っているその小さな手から、
考えられないほどの力が伝わってきた。
ルイス、こんなに力が強かったっけ…?

「この山を走り抜け、通りがかった馬車を奪うぞ」
「っえ、そ、そんなことしていいの…」

「今の自分の状況を考えてみろ。
人の心配をしている場合か。
僕はお前を守りさえ出来ればそれでいいんだ。

他の「人間」(肉塊)などどうでもいい」

「ーーー…」



ルイスが、見たこともないような顔で
聞いたこともないような声を発した。

いや、あれは、
本当に怒っているんだ。

この厄災の原因の、
人間に対して。



『いたぞ!!』

目の前に現れたのは、2人組の男たち。
手には釜やのこぎりを持っていた。

「っひ…」

「紫の化け物!…なんだ?子供をさらったのか!?」
「可愛そうに…今助けてやるからな!!」

ジリジリと近寄ってくる。
その殺意は、
俺だけに向けられているもの。
その凶器は、
俺の命を終わらせるためのもの。


(…怖い)


ルイスと一緒に逃げたいのに、
怖くて足が動かない。


「さあその手を離せ化け物!」
「子供を解放しろ!!貴様だけはーーーーーー」




「いい加減にしろ
有象無象」




低く、地に響くような声だった。
それを発したのは、俺の目の前にいるこども。

ルイスだった。



「いつから貴様らは
「俺」の物に手を出すほど偉くなったんだ?」

「ど、どうしたんだ…?もしかして、操られているのか…?」

ルイスが俺の腕を離し、ゆっくりと男二人に近づいた。

「ルイス…?」

その声に答えない。
その後ろ姿は
どうにも、いつもの少年とは思えない。


「そうだ!手を離せたんだな!
よくやった!怖かっただろう!」
「もう大丈夫だ!あとはおじさん達があの化け物をーーー」



瞬間


「ーーーーーーー…」
「たぁ…ぁ?」



濁った赤色の雨が、その場を濡らした。
正しくは、「弾け飛んだ」


少年の白い手は、

長く鋭い爪が生えてしまっているその手は、



目の前にいた男1人の顔を
文字通り握りつぶしていた。

「頭」だったものがあたり一体にへばりついている。
司令塔を失った人の体は、しばらくぴくぴくと痙攣を繰り返した後、
ゆっくりと後ろに倒れ、やがて動かなくなった。

「ーーーー…ぁ…ぁ…」

「…」

血に濡れた顔のまま、ルイスはもう1人の男の側へ歩く。
1歩近寄る度に、男は1歩下がっていく。
やがて、男は尻もちを着いた。

「っ…あ…ぅ…ば…ばけ、もの…!」
「そうだ」

ルイスは笑った。
愉快そうに、

目の前の人を見下しながら。



「お前たちが恐れていた化け物が何かはしらないが…
俺は紛れもなく「化け物」だ。

貴様たちは俺の物を傷つけようとした。

なら、俺のすることといえば、ひとつしかないだろう?」


自分の運命を悟った男は、
恥を捨て、今までの行いを捨て、誇りを捨て、

「俺」にすがろうとした。



「たすっ、助けてくれ!!!

たすけーーー」




「喋るな」


ルイスの足は、男の頭を勢いよく蹴飛ばした。
その衝撃に耐えられず、男の頭はさっきと同じように弾け飛ぶ。



「人間の分際でよくもまあ、
俺のものに手を出そうとしたな。
二度と生を得るな。

汚らわしい」



月明かりが、少年を照らした。

返り血で赤く染ってはいるけれど
ルイスは
俺の知っている「ルイス」に戻っていた。


「…」


思わず腰が抜けて座り込んでしまう。

(…ルイスは、一体…)

ルイスはそのまま、俺の元へと歩いてくる。
目の前に座り込み、俺の頬を拭った。

「血が着いているな。汚れているから拭いておくぞ」
「…」
「まったく、命知らずな人間もいるものだ。
僕はあまり荒事を好まないのだが」
「…」


「それで?

君は僕のことがどう見える?」


顎を持ち上げられて、
無理やり目を合わせられる。


「僕が怖いかい?」


そう問われて、改めてルイスの瞳を見た。
いつもと変わらない茶色の丸い瞳。
でも、どこか

寂しそうだった。




「…ルイス、かな」




「!」
「びっくりはしたけど、怖くはないよ。
だって、ルイスなことに変わりはないんだから。
俺の事を、怖がらずに見てくれた
ルイスに変わりないよ」

にこりと微笑んだ。
これは本心だ。
怖いなんて感情は、欠けらも無い。

ルイスはひとつため息をついて、
立ち上がった。

「全く君は、相変わらず天然のタラシという訳だな。
恐ろしいKittyだよ」
「よく分からないけれど、褒められてる?」
「さあ行くぞ。長居する訳にはいかない。
別に乗り込んできた人間全てを葬り去ってやってもいいのだがな?」
「い、いいよ…ルイスが危ないじゃん…」
「僕が人間に心配をされる日が来るとはな」

ルイスの手を借りて、立ち上がる。
…うん、大丈夫。問題なく足は動く。


「怖いか?だが、しばしの我慢だ」
「うん」

彼の手に引かれ、歩き出そうとする。
早く逃げて、また、ルイスと
ゆっくりと


ふたり、で









「ーーーーッッッキキョウ!!!!」






後ろで、ドンと、
「何か」の音が聞こえた。


「…」


あれ?


「……」


あるけ、ない



「…」


ゆっくりと、
体が、前へと倒れてしまう。
痛い。

冷たい地面。
でも、何かが、別のものが、
広がっていく。

なにこれ。



それに
なんだろう。
全然力が入らない。


「キキョウ!!キキョウ!!しっかりしろ!!」

ルイスが慌てて俺を抱き上げた。
また、見たこともないような、顔をしている。


「…あ、に、…これ」


ゆっくりと、自分の左胸に手を当てると、
グチャりという音が聞こえた。

手のひらには、真っ赤な「物」がべっとり着いていた。

それがなにかなんて、嫌でもわかった。

銃弾に貫かれた、自分の左胸。
ちが、とまらない。



『やったぞ!!』
『射撃組が成功したんだわ!!!』
『あんな遠くから上手くいくなんて!』
『早くあの子供を助けて街のみんなに知らせなきゃ!』




『化 け 物 を 倒 し た ん だ っ て 』





俺たちとはちがって、遠くの人々の声は喜んでいた。
そっか、
俺はどう頑張ったって

彼らにとっては
「化け物」なんだ。



「キキョウ…っ」
「…ご、めん、…ルイス…」

俺の頬に触れるルイスの手が、震えていた。
こんな悲しそうな顔、見たくない、のに。

そうさせてしまってるんだね。


「一緒に、いきたかった。
やっとね、せかいが、明るいなって思ったんだ。

けれど」


「化け物の俺は、それを望むことも、許してくれなかった。

一緒に生きたかった、だけなのに。


普通に、生きたかった、だけなのに。



運命は、許せなかったみたい」


「ーーーー…」

ルイスの腕が、きつくきつく俺を抱きしめる。
…暖かい。


よかった、最後に感じるのが、
暑くて痛い炎じゃなくて、
君の体温で。


「…でも、
僕と出会った運命は、悪くなかっただろう?」
「…!」
「僕は運命という言葉は大嫌いだ。今でもそれは変わらないさ。
けど、
きみと出会った事が、運命として決まっていたとするのなら。

それだけは、いいものだと思えるよ」
「…」

静かに目を閉じる。
大好きな人に包まれていると、眠くなってきたんだ。

「そう、だね」
「っ…」
「ありがとうね、ルイス」



「化け物でしか、無かった俺を、
すきに…なって…くれ…、あり…が、と」



いえた。
言いたかったこと、全部言えた。

あとは



「人々」が紡いだ冒険譚の終わりのように、
「化け物」は




静かに息を引き取るだけなんだ。





ーーーーーーーー



動かなくなった、僕の大事な物。
冷たくなっていく、俺の大事な物。


「…君は化け物ではない。
ただの、美しい人間なだけだ」


息絶えた彼を横たわらせ、
静かに口付けを落とした。


「化け物の僕を誑かしたのだから、
相当な美貌だけどね」


さて、
もう少し待っていてくれよ
僕の君よ。




「ーーー俺はどうも、
アイツらを許せそうにはない」





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「ほんとうの「化け物」は、その夜
山に踏み入った人間を1人残らず
「食い尽くした」とか」

「しかし、人々には何故か、
その少年の化け物のことは言い伝えられていない」

「いつも、どこでも、
こう伝えられているのです」


『数々の犠牲を払って、
やっと、やっと、


紫色の化け物を殺すことが出来た』


「なんとも、
面白おかしい王道小説でしょう?」



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「あとはあなたの知っている通りですよぉ。
どこかで我らの始まりの死体が掘り起こされ、
研究所に持ち込まれた。

化け物と勘違いしままの愚かな研究員達は、
「化け物」を生み出そうと試行錯誤…」
「…そもそもなんで家畜共は、そこまで紫を怖がったんだよ」
「それはですねぇ」


「これも、小説なんですよ」
「はぁ?」

人々が怖がった理由。
あの町に「紫」が根強く残ってしまった原因。
それはひとつの「創作物語」が原因。

「昔昔、あの町には、「紫悪魔」という創作物語がありましてね。
紫の髪と目をした人間は、人々を取り込んで
その町を没落させてしまうという、
誰が考えたかも分からない稚拙で面白みのない物語です。

けれど、

何故かあの街では、都市伝説として根強く伝わっていたみたいですね。
しかも、我らの始まりの個体は
突然変異の紫髪と紫の目。

…偶然にしては出来すぎていますが、
彼を「化け物」と仕立て上げる舞台は完成されていたのでしょう」
「…」

彼はまだ納得していないようだった。
やれやれ、なんといいますか。
人は恐怖を持つのが大変得意なのですよ…と言っても、
理解できないでしょうねぇ。


「ほんとうの化け物は、今も生きてるのか?」
「分かりません」

即答した。
少年の姿をした化け物は、今も生き長らえているのか
はたまた、「後をおった」のか。
今は知るよしもない。

「まあでも、これだけは事実でしょうね」

赤い彼がこちらに目を向ける。
あぁ、
同じ個体から生まれても、こんなにも違う感性。

とても愛しくてたまらない。

口元が、ゆっくりと歪んでいってしまう。



「結局のところ
恐怖に駆られた街の人間も
ほんとうの「化け物」も、

彼は
美しい「髪」と「目」で惑わせたことに
変わりは無いのですよぉ」



「始まりの個体も、本当に「化け物」だったのかもしれませんねぇ?



「あははっ、
人間を美しさで取り込んでしまっま
あなたなら、

分かるのではないですかぁ?」





「ーーーーーッ」



ガシャンと、後ろで何かが割れる音が聞こえた。
赤い髪の彼が、手元にあったデスクライトを
クロユリに投げつけたようです。
幸い直撃せずに済みましたが。

「怖いですねぇ。クロユリ泣いてしまいそうです。えーんえーん」
「……くだらねえ話を聞いた。帰る」
「おやおや、帰ると言ってもここがクロユリ達のおうちですよお?」
「しばらく話しかけるな。殺すぞ」


彼は乱暴に扉を閉めて出ていってしまった。
やれやれ、少し早かったですかねぇ。
彼にも転機が訪れるのでしょうか?


(…微かに残る記憶は、始まりの個体が「人らしく」あった証)

(ま、クロユリだけしか覚えていませんし、
世の中は「彼」が化け物である…ということになっていますし)





結局はこの記憶も、
創作小説と変わりないのかもしれませんね


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