昔話



初めまして。
オレは椿呉羽と言います。

歳は15歳で、
今日から高校生になります。

「中学は学ランだったけど、高校からはブレザーになるんだよなぁ…なんだか着慣れないや」

汚れひとつない新品の制服は、
まだ「着られている」…といった印象が抜けない。

「友達できるかな…中学校で仲良かった子、別の所に行っちゃったし…。
それに…オタクだって分かったら、避けられちゃうかも…」

押し寄せる不安を、慌てて振り払う。
行く前から弱気になってちゃダメだ。

ぺちんと、自分の両頬を叩いて気合を入れる。

「よし!高校生の初めの日だもんね!頑張るぞ!」




ーーーーーー



入学する高校は、電車で30分と言ったところ。
少しだけ遠いけれど、
通学時間は音楽を聴いたり、1人で考え事ができるから、苦ではない…と思う。

校門に着けば、既に学生で溢れていた。
オレと同じように、真新しい制服を纏った子。
部活の勧誘だろうか…プラカードを持った先輩らしい人。
視界の端に映る桜が、より一層のその気持ちにさせるのか
新生活が始まる…という気持ちが溢れてきて、思わず口がにやけてしまう。

(う、浮ついちゃダメだよ呉羽!
もう高校生なんだから、しゃんとしなきゃ!)

なるべく「しっかりしてそう」と思われる言動をしよう。初日から変な人と思われないように!
なるべく下を向かずに、背筋を伸ばして…


「君!新入生だよね!入学おめでとう!
ところで部活はどうする?サッカー部とか選んでみない!?」
「ひゃいぃッッッ!?」
「君!バスケ部に来ない!?男バスあるよ!!みんな仲良しだよ!!」
「ひえぇ!?」
「吹奏楽とか来てみない!?男の子も結構いるよ!」
「ひぁ…ッッ」
「剣道は興味ある!?意外とモテるよ!」「卓球部は?!そんなに厳しくないよ!!」「料理研究部いかが!?料理できる男子モテるよ!!」「軽音部はどうですか!?ウチにも赤髪居るよ!! 」


「た、た、助けてぇ………っ!」


ーーーーーー


(…どこの高校も、部活勧誘ってあんな感じなの…?
もう既に疲れたよ…)

入学式が行われる体育館へ着いた頃には、もうヘトヘトだった。
椅子があるから、少しは休めるけれど…

「これから、第42回、入学式を始めます」

周りの会話を遮るように、固く鋭いトーンが響いた。

(は、始まる!
下向いてたら注意されちゃう!)

入学早々、目をつけられたくはない。



慌てて、視線をあげた。




(ーーー…)




目に飛び込んできたのは




(ーーーーーー………………き、れい)




綺麗な蒼色だった。




こちらからは表情も顔も見えない。

けれど、

視界に広がる、鮮やかな青い髪。
呼吸をする度に微かに揺れている。
細やかで絹のような糸がサラサラと流れ落ちる。
太陽に輝く透明な海をも連想させるし、
山奥で静かに流れる美しい川も目に浮かぶ。

他の「雑音」に負けることの無い。
目の前の青髪は、
美しさの存在が他より抜き出ていた。

ほんとうに、
とても、とても惹かれた。

聞き覚えのない人の祝電も、
知らない誰かの挨拶も、
聞こえない。


(制服は…多分男の子のだよね。
いいなぁ…綺麗に目立つ青い髪…
オレは悪目立ちする赤い髪だから…)


青髪に見蕩れていると、
校長らしき人物が舞台に上がってきた。
ニコニコと柔らかい笑みを浮かべる初老の男性だ。

「皆さん、入学おめでとうございます。
私は校長の、中洲と申します」

と、
中洲校長が、挨拶をした時だった。




「お前がこの施設の管理者か」





声を抑えている訳でもない。
けれど、小声で話しているつもりでもなそうで。

いわゆる
「ヤジ」と呼ばれるであろうものが、

目の前から聞こえた。


(…え、…え?)


「なんの集まりなんだこれは。
大量の実験体を1つの空間に押し込めて、
何をするつもりだ?
もしや一斉に処分が出来る施設か?
俺は派遣先が決まっているので、処分は拒否できる筈だが」


静まり返った、と言うよりかは
凍りついたの方が正しい。
校長の前に設置されたマイクは、息遣いの音1つでさえ拾わない。

(……な)

なのに彼は、気にもとめずに
口を動かし続けた。



「それに、なぜお前に祝福されなければいけないんだ?
まだこの場所で何の成果も上げられていないだろう。
…学校というものは、
変わった研究をしているんだな」



(何だこの人ーーーー!!??)



そうして数十秒。
我に返った教師陣は、慌てて彼の元へと走り出す。

奇妙な幕開けとなった、オレの高校生活。

またの名を

ニノ灯桔梗との初めての出会いが
この出来事だった。



ーーーーーーーー



「ねえさっきの聞いたよね?ていうか嫌でも聞こえるよね」
「あー、あの厨二病君?やばいよね。何歳?って感じ」
「ああいうの俺ほんと無理だわー」
「同じクラスになりませんように!」

入学式の後、中庭にてクラスわけが発表される。
生徒たちは一斉に移動して、今か今かと待ちわびている…のだが
彼らが話している内容は、ほぼほぼ「彼」のことばかり。

入学式で、校長先生の話を遮り謎の問いかけをした彼。
今この場所には居らず、先生たちに連れていかれていたけど…

(…名前。

確か…に…に…なんとかさん?って呼ばれてたかな…)


オレの頭の中も、人の事は言えない。
式が終わってもずっと、彼のことでいっぱいなのだから。

どちらかと言えば、
「蒼色」が、離れない。


(…もう一度、見てみたいな。
本当に綺麗だった)

青い髪を思い出していると、
急に周りがざわつき始めた。

どうやら掲示板に、待望のクラス分けが発表されたらしい。

(つ、椿…椿呉羽…!椿呉羽…!
うぅ…人が多くて見えないよ…)

必死に背伸びをしたり、ジャンプをしたりするけれど、
自分名前は見当たらない。

(椿…椿!
あった!!)

何回かのジャンプで、やっと椿呉羽という文字を見つけた。

(3組か…どんなクラスなんだろう…)

クラス訳を見た人は、早速自分の教室へと向かっている。
オレも、遅れないように行こう…!


(…そういえば、出席番号が、オレの後ろの人…
二…何とかさんだったな。
変わった名前だった…
…もしかして)



……………………



目的の教室に着いて、出席番号順に座る。
クラスメイトが着々と席に着いて行くけれど、
オレが気になって「二なんとかさん」の席であろう後ろの机は、まだ空席だった。

その椅子が埋まることはなく、
ホームルームが始まるチャイムが響いた。
と同時に、このクラスの騒がしさの「原因」である彼が
教室に踏み込んだ。


(…ーーー!)



ヒソヒソと声を潜めて、
「彼」に対しての
不審な行動に対しての

根拠もない噂を上げていくクラスメイトたち。

彼は気にしていないのか、眼中に無いのか。
そのまま、空いている席へと腰掛けた。

その席は、
オレが気になっていた、
「あの人」の席。


(……あぁ、やっぱり、綺麗だ)



見間違いでも、記憶違いでもない。
あの青い髪はとても綺麗だった。

それに、今やっと見ることが出来た彼の瞳も
深海のような蒼で、取り込まれてしまいそうだった。

(…って、ここまで来ると、なんかオレ気持ち悪くない…?
で、でも、綺麗なものに綺麗って言うのは、悪く…ない、よね?
ううう…でも、引かれないようにしないと…)


ずっとみていたい気持ちを抑えて、前を向く。


彼が入ってきた少しあとに、小柄な女性が扉を開けた。
真新しいスーツに、少し緊張した面持ち。
オレ達の担任なのかな?

教卓に着くと、女性は教室を見渡し、
朗らかな笑顔を見せた。

「初めまして。今日から担任を務めます、小貴といいます!
クラスを持つのは初めてですが、みんなの高校生活を彩るお手伝いが出来たらなと思います!」

クラスの空気が、一気に暖かくなる。
彼が入ってきた時の凍りついた視線などなかった。

これが本来の「高校生活」。
異端児に構っている暇なんてない。

多分、心の中の声は、全員一緒なんだろうな。
…オレ以外、だけど。
盛大な拍手に、担任は照れくさそうだ。

…彼は、微動だにしなかった。


「では!まずはじめは、
1人ずつ自己紹介しましょうか!
じゃあ、出席番号の初めの…」


先生の言葉をさえぎって、
ガタリと、生徒が椅子から立ち上がる。
呼ばれたはずの、1番の生徒は驚いていた。

(…あ、蒼色の子…。
い、嫌な予感が……)

立ち上がったまま、担任を見つめる彼。
オレは斜め後ろの席だから、またあの子の表情が見えない。


「お前が監視員か。
いつまで待たせる気だ。今日の検証項目を教えろ」


(…)


厨二病がここまで来ると、「有害」になってしまう。
周りの生徒の視線は、段々と
「苛立ち」に変わってくる。


「この被検体の制服とやらは、本当に実験用に作られているのか?
動作速度が20%程落ちている。
いつものように動けない」
「…あの…えっと、ユニークな話ですね!ニノ灯…くん?
でも、まず自己紹介は、1番の子に…」
「検証が何も無いのなら、研究所の下見をしたいのだが。
前に俺がいた場所よりも、かなり広い。
把握しておかねば、実験の障害になる」

それだけ言うと彼は、クラスメイトも、担任も見向きせずに
教室から出ていってしまった。

「あ、待って…!
…もう、なんなのあの子…」

担任の口から、思わず愚痴が零れていた。

(…まあ、でも、分からなくも…ないような…)

確かに、性格は難しそうな子だしね…

「先生、もう放っておこう?」
「正直どっか行ってくれるならそれでいいかなー」

次々と現れる彼への不満。
オレ以外は皆、同じ思いなんだろう。

(…どうしてだろう。
皆と同じように、思えない…)

「まあ、でも…そうね。
じゃあ改めて、1番の子から挨拶をしてください!」

彼を深追いしない選択をしたらしい。
担任は、気を取り直して
クラスとの交流を測った。

(…聞きたかったな)
(あの子の、自己紹介)



(オレ、変なのかな)

(…それ、とも)





本来、新生活において大切な、
「初めての挨拶」。

オレの自己紹介は、
あまり記憶に残らない結果となってしまった。

自分の頭にも、みんなの頭にも。

今はただ、
あの「蒼色」が、頭をよぎる。


これじゃ、まるで。



取り込まれてる見たいだ。



ーーーーー
ーーーーー



「…」

こんなにも、実験体を自由に歩かせていいものなのか。
俺が昔居た所とは、随分違う体制だ。

「…」


「ねえ…あれって…」
「うわっ… 」
「目合わせちゃダメだよ」
「マジでどっか行ってくれないかなー」


ここの個体たちは、自由かつ無制限の発言権を得ているのか。

(…構造は理解した。
やはり、もう一度あの「箱」に戻ってみるか。

そもそもだ。
…なぜ。
何故俺をここに行かせたのだろう。

何も得ることの無い場所に見える。

むしろ組織の中にいた方が、実験がしやすいものでは…)


先程居た「箱」のトビラを開ける。
中には、先程よりも個体数が少なくなっていた。

(…時間により、それぞれ個体は行き先が設定されているのか?
なら、なぜ俺には、その指示が来ないのだろう)

先程、監視役が立っていた場所も確認する。
…盗聴器も、監視カメラもない。
こんな体制で、研究所が成り立つのか。

(…不思議な場所だ)



「なあ」



後ろから声がする。
振り返れば、数体の実験体が集まっていた。


「迷惑かけてんの分からないの?」
「まじで気持ち悪いから、本当にやめて欲しい」
「足引っ張らないでよ」


事情は分からないが、彼らの表情は苦痛とも喜びとも違っている。
…苛立ちか?


「なぜ俺の行動が、お前たちの「苛立ち」に関係があるんだ?
それはあくまで、お前たち個体それぞれの
「誤作動」の副産物だろう?」


「人」は、怒りを覚えたり、悲しみを感じたりする。
それは、「感情」と呼ばれるもの。

理屈は聞いたこと日ある。
それらが生み出される際、
扁桃体と呼ばれる箇所が、1番関わっていたはずだ。

しかしそれは、「実験体」においては、
不要で、無価値で、無意味なもの。

だから俺は、自ら「無能さ」を開示している
個体達が、不思議でならない。

脳を改造するという手段もあったが…、
俺の管轄では
リスクが高すぎるので、採用されなかったな。

「…ねえ、本当に頭壊れてんじゃないの?」
「気持ち悪い通り越して不気味なんだけど…」

3体のうち、1番体格の大きい個体が近づいてきた。

そのまま俺の胸ぐらを勢いよく掴み、
「苛立ち」を盛大に披露する。

「お前は担任とクラスの邪魔!
その意味わかんない行動で、俺たちに迷惑かけてんだよ!
全員お前のこと鬱陶しいと思ってんだよ!
いい加減にしてくれよ!!」

「…」


邪魔。
迷惑。
鬱陶しい。


それは

どういう意味だろうか。


(…そういえば
似たような言葉を、前の場所で、投げられたことがある)



(「無能」

だったか。
その言葉を発した奴も、
同じような顔をしていた)


(片方の、廃棄物に向けて)


ーーーーーーー……そういえば、「アレ」は…
とてもとても、俺を殺したいような目で見ていたな。


(「それ」と、同類の物だと、言われているのならば。

俺がやらなければならないことは)



「…本当は、
担当の目の前でやるのが良いのだが。
致し方ない。研究の弊害になりそうなものは例外対応が認められている」
「お前本当にーーーッッッ」



まずひとつ。
腕力の違いを見せた方がいいか。


胸倉にある手を掴み、そして…………


「ーーーーー……ッ……」


「恐らく壊れない程度」
にねじ曲げようか。


常人なら、完全に関節は壊れてしまうが、
「俺と同じような」実験体なら、平気だろう。



「ヅッッッッッッァァァァァァァイイイッッッッ!!!!!!」
「…?」

骨の軋む音が聞こえる。
掴んでいた手首は、バキリと鈍い音を奏でた。
皮膚は握力に耐えきれず、
プチプチと繊維がちぎれていく。
赤い液体が手を伝ってお互いの袖を汚していく。
それでも止まらない血液は、やがて木の床を
赤黒く染めて言った。

目の前の個体の威勢は消え、
自分の身を守ろうと必死に抵抗する。

(おかしい。こんなもの、個体なら簡単に修復できたはずだが)

(もしや、これは「測量機」なのだろうか?
俺の力を図るための個体だったのか)

なら、これだけで終わってはならない。
もっともっと、力を示さなければ。


ふたつ。
脚力の違いを見せつけるべきだろうか。



個体の真ん中…腹当たりを狙って、
一直線に右足を蹴り入れた。

衝撃で彼の口から血液が舞う。
目玉は完全に上を向き、息が切れたらしい。

力に逆らえないまま、彼の体は
勢いよく箱の端まで飛んでいき、

壁にその四肢をめり込ませた。
ヒクヒクと痙攣し、抵抗する素振りも見せない。

「っきゃぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「だ、だれか!!!誰かあぁぁぁっっ!!!!」


ずいぶん
騒がしい。


(…さっき、内蔵が破裂した音が聞こえた。
こんなに脆いものなのか?)

1歩、また1歩と、歩いていく。

(他の施設の実験体との合同だったのだろうか?随分と出来の悪い)


いつまでも
騒がしい。

何故、こんな光景で騒ぐのだろう。

(こんな貧弱な個体なら…)


「何の役にも立たない」


なら、さっさと潰してしまって、次の研究内容を知らせてもらおう。
動かないのなら、力を示せないのなら、
存在する価値などない。

俺は再び、その足を
動かなくなった個体へと、

沈めていった。



(不思議でならない。

なぜそうも、


皆は怯えるのだ)




ーーーーーーー
ーーーーーーー




みんなさんも知っている通り

入学式早々、事件が起きましたね。

暴力を受けた生徒は、命に別状はありませんでした。

被害者側から、「起訴はしない」との意思が示されています。

…私も、こんなことをしておいて、「彼」がなんの罪も背負うことがない事実に、戸惑いを隠せません。

けれど、「彼」のしたことは、完全に「犯罪」です。

許さなくてもいいんです。

皆さんにお願いしたいことは一つだけ


自分の学園生活を脅かすほどに、
彼を憎まなくてもいいのです。

大丈夫。

「ここにいる全員」

酷いことをした彼のことは、嫌いでしょうから



ーーーーーーーー


たんたんと響いた、校長の言葉。
入学式の時の、あの優しそうな声じゃなかった。
皆、校長と同じ気持ちなんだろうか。

それとも。

こんなことが起きたと知らされても、


「蒼色」が心から離れない自分は、
おかしくなってしまったのか



ーーーーーーーー


閑話休題。
今は放課後。

オレは地獄の体育会系の体験入部勧誘をくぐり抜け、
文化系の部活ばかり見学して、未だ考え中。
せっかくならどこかに入ってみたいけど…


「で、みんなにプリントを配られたでしょ?
この件に関して。
そんなに酷い事件だったのかな…」
「確かに騒がしかった気もするな」

現在はまだ帰宅部のオレがいるのは、緩い空気の図書室。
騒がし過ぎなければ、少しくらいお喋りしてもいい…くらいのスタンスらしい。

話し相手は、図書室で偶然出会った藤樹という同学年の人。

「じゃあ本当なのかな…暴力事件…」


あまりにも有名になってしまった、
「入学式暴行事件」

1年生が入学初日、
同クラスの男子生徒を
文字通り「半殺し」の状態にしてしまったらしい。
男子生徒は回復に最低半年は掛かるとか掛からないとか、謎のお金が動いたとか動かなかったとか、
根も葉もない噂が飛び回っている。

なんだかんだで、
加害者の生徒は、退学処分にはならず、
未だ学校に通い続ける事になったそうだ。

その加害者の生徒こそ、
オレが忘れられない「蒼色」の人物。
ニノ灯桔梗。

ちなみにオレはその時、
文化系で忙しくなさそうな部活見学に
行っていたので
噂程度にしか聞いたことない。

結局、どこもなんだかんだ
忙しそうだったなぁ。

「………ふ、藤君はどう思う?
ニノ灯桔梗…」
「接点が無いから、何も思わないな」
「…ぅ…」

綺麗に返されてしまった。
あまりこういう話題、好きじゃないのかな…。
は、話せるようになったんだから、
何とかもっと仲良くなりたいな…!

…いつか、きっと!

「あ、オレ、そろそろ帰るね!
今日は予約した小説取りに行くんだ!」
「そうか、じゃあな」

こちらに軽く視線を向けた後、再び持っていた本に目を落とした。
もしかして…オレ、話しかけてたの…ウザかったのかな…。


……………………


(…や、やっぱりオレの勘違い…?
まだ仲良くないのかな…図々しいのかな…。
それとも、人に興味なかったりする…?
でも、でも仲良くなりたいし…)

本屋への道を進みながら悶々とする。
せっかくの高校生活、どうにかして友人を作りたいけれど…友人ってどうやっあら友人になるんだ…?

あまり下を向きながら歩いても危ない…そう思い、視線を前にあゆみ出そうとした時だった。

(ーーーーー…あっ)

蒼色だった。
見間違えたりしない、



綺麗なーーーー蒼色だ。



「ニノ灯、くん!」


思わず、無意識に、名前を呼んでしまった。
オレが少し脳内で後悔している間にも、
ニノ灯君はこちらの声に反応し、静かな瞳で見つめてくる。

「何か用か?
実験内容に関してなら、俺はまだ把握していない」

……あ、学校以外もこんなノリなんだ。


「に、二ノ灯君も小説が好きなの?」
「指南書のようなものか?」
「……」
「……」
「え、えと…」

沈黙が痛い。

「用がないのであれば去ればいいだろう」
「ひぅ…」

二ノ灯君って結構グサグサものを言っちゃうタイプなのかな…いやそれは物凄く分かってる。
でも…

(…ずっと気になっていた「蒼色」…。二ノ灯君と話せる機会…無駄にしたくない…!)

なんとか勇気を振り絞り、頭をフル回転させて、彼に言う。



「お、お日柄もいいので…ご飯でも食べない!?」




……いや、
なんて酷い誘い言葉だ……。

オレだって、自分をぶん殴りたいくらい。


………………


選んだ場所は、
まだ人がそこまで入っていないファミリーレストラン。
混んでいる時間を避けることが出来たみたい。

「…」
「…」

勢いで彼を連れてきてしまった。
目の前で静かに座って、こちらを見続けている。
うわぁ…こうやって間近で見ると本当に綺麗…。
月の明かりで淡く光る海みたいな…

じゃなくて!!
な、なにか話題を考えないと…連れてきた理由?えっと…に、二ノ灯君と話したいから?いやそれって結構なんかアレじゃない!?いやでもそれ以外に…?に、入学式について…は、ダメダメダメ!なんで張本人にそんなダイレクトに聞くんだよ!

多分、表情でも慌てふためいている信条が滲み出ていたのか…二ノ灯君は、不思議そうにオレを眺めていた。

「お前は変わった個体だな」
「こ、こたい?」
「振り分けられている番号は?担当している研究員の名前は?」

あまり馴染みのない単語が連続で投げられる。
えっと…研究員はよく分からないけれど…
番号って…出席番号?

「出席番号は25だよ…」
「No.25か。覚えておこう。
No.25は変わった思考回路をしているな」

…ん?No.…なんとかって、もしかしてオレのこと!?

「番号で呼ぶの!?」
「どうした?」
「い、いや!えっと…オ、オレのことは!
その…番号じゃなくて……その……、
く、く……「呉羽」って呼んで欲しい!」

彼はまた2回、瞬きをした。

「何故?番号呼びは基本だろう?」
「き、君の基本はよく分からないけど…。
でもね、番号よりも「名前」の方が
わかりやすいし、君も呼びやすいと思うな。

…もし、呉羽が嫌なら、椿でもいいから…」

彼は下を向いて考え込んでしまった。
やっぱり、すこし馴れ馴れしかったのかな…

「なぜ番号呼びではなく、「名称」で呼ぶのだ?」
「なんで?っ…て?」

「名称は、万が一のために付けられた「予備の番号」。
研究体は「個」があってはならない。
…だからこそ、「研究番号」による振り分けをされていた。

…のに、あの「研究施設」はおかしい。
個体が放し飼いの状態だ。
そして、
名称で呼びあっている。
…俺には、理解ができない」

目を逸らして窓の外を見続けていた。
普通の人なら「馬鹿な話はやめろ」の一蹴りかもだけれど。

ーーーその、青い瞳が、あまりにも無垢すぎて。

本当にそう思ってるんじゃないのかなって
思ってしまった。

「…「個」?を持って、いいんだと思うよ…ここは」
「…」
「名前ってね、「その人の証」でもあると思うから…。
みんな一つ一つ、それぞれの証で呼びあっているんだよ」
「…。
お前が言っていることが間違っていなかったとしても、
俺には、ほかの個体と同じように、「個」がある訳では無い。
なら、俺は番号で管理される方が正しいだろう」



「勿体ないよそんなの!!」



少しだけ大きな声が出てしまった。
彼も目を大きくしている。
慌てて周りを見渡すけれど、そこまで目立ってはいなかった…良かった。

「…んん。
勿体ないよ。絶対。

君の名前は、とっても素敵だし、
その青い髪にピッタリの名前だもん!
むしろ、オレは「桔梗」って名前、
大好きだよ!」

「…」

……………あれ。
これ、ものすごく気持ち悪いことを言っているのでは……????

急に恥ずかしさが溢れ出し、頭を抱えてしまう。

「ー…うぅぅぁ…ごめん。今のは凄く気持ち悪かったよね…ごめん…言ってることは嘘じゃないけど…でもあの、その…」

吃ってしまう。
なんとか上手い言い訳を探そうとしていると

目の前から、
クスリと笑う声が聞こえた。

…え、笑、う?




「そんな、ことを言われたのは、初めてだ」
「呉羽」



「…ーーっぁ…」


彼を真っ直ぐ見つめてみる。
今、聞き間違いじゃ無ければ、
名前を、呼んでくれたような…


「俺がここに来させられたのは、
「俺」がどう変化していくのか…
観察したいから、らしい」
「…」
「あの研究所でも力を示していけばいいと思っていたが、
お前の話を聞く限り、そうでも無さそうだ。
呉羽、しばらくはお前を観察してもいいか?」
「か、観察??」
「お前は他の個体と思考回路は違っているようだが
基本的なことは相違しないだろう。
ならば、お前を研究した方がいい。
なるべく早く生活の様式に慣れなければならない」
「…っあ!あの!しばらくとは言わず、別にずっとでもいいから!」
「…?」
「…うぅ…や、やっぱりいいです…」

なんだかさっきから、気持ち悪い発言ばかりしてしまってる…テンションがハイになってる気がする…。

「じゃ、じゃあ…お友達…ということで…」
「友達?」
「こ、こうやって一緒にいるの、友達って感じがしない?」
「その概念はよく理解できていないが…まあ、呉羽が言うなら、この場所ではそういうのだろう」

…ふへへ。
相手公認(?)の友達、出来ちゃった。

「な、なら、その…名前、
「桔梗」…って、呼んでもいい?」
「?呼び名は、好きにすればいいが」
「ありがとう!じゃあ…えっと…
き、…」




「桔梗君」


うん。
やっぱり、この名前は……




君の「蒼色」にとても似合う。





ーーーーーーーーー


「…なーんてことが昔あったよね」
「うァァァァァァァあぁぁぁぁおあぁぁぁぁあああああああああぁぁぁああその話やめてああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁッッッッッッッッッツ!!!!!!!!!!!!」

リビングでくつろぎながら、床に転がる「二ノ灯桔梗」をくすくす笑いながら見る。
今となっては、あの冷たい彼の面影もない。
今の二ノ灯桔梗は、よく笑うし、明るいし、誰とでも仲良くなれる。…特定の人に行き過ぎることもあるけれど、それでもオレなんかよりずっとずっと人とコミュニケーションを取るのが上手だ。
そんな彼にとって、高校生時代の自分の姿というのはいわゆる「黒歴史」になっているらしく、時たま昔話をすると、こうやって床に転がり、頭を抱えてのたうち回る。
…こんな姿も、昔は想像できなかった。
「案外呉羽って意地悪なところあるよね!?いっちゃんだってあんまり昔のこと話さないのに!」
「そうかな?オレは純粋に昔の話がしたいだけなんだけどなぁ…。ほら、体育祭の時に、きょーくんがバトンリレーで「だァァァァァああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁッッッッッッッ!!!!!!!」

…本当に、彼は変わった。「人間味」のある彼の表情は好きだ。
多分、変わったきっかけは他にあったんだろうけれど、その一員に少しでも自分が関われていたのなら、嬉しいと思う。

「…はぁ。…昔話ついでに聞くけどさ」
深呼吸して落ち着いたのか、改めてリビングのソファに座り直した彼は、少し真剣な面持ちで話す。

「…呉羽は、俺が気持ち悪くなかったの?別に俺はどう思われようが、今も昔も何ともないんだけどさ。あの頃はそっちも相当変な噂も立ってたじゃん。

それに、俺が普通の人間だと本気で思ってたの?」

真意が読み取れなかった。
この質問を経て、彼は何が聞きたかったんだろう。…だとしても、オレの答えは、決まっている。

「んー…、確かに入部した漫研部は立ち入り禁止になっちゃって、文芸部に移動したし…。先生からもすごく凄く怪訝な目で見られたし、担任からも同級生からも、何処か信じられない!みたいな視線を向けられてたのは痛いほどわかってたよ。
…正直、いい気はしなかった」

手元にあるグラスを眺める。中に入っている水は、まだまだ無くなりそうにない。

「大学進学も結構苦労したよ。
なんせ先生からの内心が0に近かったし…
結局、先生から「あんな奴とつるんでるお前なんかに大学など行かせられるわけない」って言われて…諦めたけど」
「…」

水面に映り込んだ自分の顔は、驚く程に穏やかだった。

「…でも、オレと同じぐらい…それ以上に、君も偏見や差別を受けたでしょ?まあ、あんな事をしたんだから、当たり前なのかもしれないけど。
それ自体を擁護する気は無いよ」

用語は出来なくとも、彼を軽蔑、批難する行為を否定することはオレには出来なかった。
起訴はされなかったとは言え、彼が致命傷を追わせた学生にだって、大切な学校生活があったわけだし、その生徒を大切に思っていた家族、生徒、学生だって居たはずだ。

そんな人たちを全て傷つける行為を行ったことは、許されることじゃない。
その償いが、彼に対する「軽蔑」の目だとするならば…彼は受け入れるべきなんじゃないかとも思う。

なのに、オレは、「彼」という存在を否定できなかった。

「オレはさ、君がやった事が許される訳じゃないとは思う。…君の過去のことも知らないし、高校時代以前の君がどんな人だったのかも分からない」

けど
と、呟いた自分の心はいまだ穏やかだ。怒りも、悲しみも何も無い。
「懐かしい」という気持ちだけがそこにあった。

「二ノ灯桔梗はオレの友達になってくれたんだ。だから、その友達を信じてみることにした」

何も分からない、知らない彼を信じてみようと決めた。
あの日、「呉羽」と名前で呼んでくれた彼を。

「そんだけ。君はそれからどんどん明るくなって言って、今のように皆に溶け込めるような人になった。そうなった原因はもっと他にあるんだろうけど…
今は、本当に、信じてよかったなと思うよ」
「…」

友達として信じていなかったら、高校3年間、生徒や教師から軽蔑されても一緒には居なかった。
自分からシェアハウスの提案もしなかった。
こうやって、昔話を持ちかけることもなかった。

「オレが君と仲良くしたい理由はそれだけのことだよ。あぁでも……ううん……もちろん今の君が「悪いこと」をしたら、友人として警察に自首を進めるけどね」
「…ははっ」

ひと通り話すと、彼は気の抜けたような笑顔を見せた。
呆れたような、どこか嬉しそうな




寂しそうな笑顔だった。

「呉羽は、「なんにでも」優しいんだね」





既に、「化け物」に誑かされたことさえにも
気が付かないくらい。


-9-

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