千陽について

「僕はもう諦めてるんだよ。
きっと、この世に愛はない。他人は他人だ。
だったら、関わる方が馬鹿らしいじゃないか」

両親が虐待の罪で捕まってから、
3兄妹はバラバラに預けられた。

千陽が預けられたのは、父の弟の家。
その家は、かなり裕福な家で、
絵に描いたような豪邸でもあった。

ただ、生活はとても味気ないものだった。

千陽が不安ながらも新しい両親に出会ってから、
真っ先に言われたことは。

「私達の子供は、もう既に成人している。
立派に働いているんだ。
なので、1人ならとキミを引き取った。

学校にも行かせる。教育に必要なものも、趣味に必要なものも、なるべく不自由なく与えよう。
したいことがあるなら言うといい。

ただ、

君と私達の間に、「家族」という絆はない。
「愛」は生まれない。
義務の中に、愛着は生まれない。

出来損ないの兄の「尻拭い」のために、
君を引き取ったんだ。

ただの「義務と責任」なんだ」


そもそも、あの出来損ないの兄の血を引いている子供なのだから、
あまり関わりたくはなかったのだがな。



「朝起きると、よく知らないメイドさんが服を持ってきてくれる。
(なんにも話してくれない)
ご飯は大きな広いだけのテーブルで、1人で静かに食べる。
(何にも味がしない)
学校に行っても、楽しくなかった。
(先生に変に気を使われた。
クラスの子達からは「仲間はずれ」にされた)
もう、宿題も、勉強も、する意味がわからなくなってきた

けど、
まだ、どこかで、信じてるんだ。
アニメのように、漫画のように、

ここから、ここから…

お兄ちゃんやお姉ちゃんのように、愛してくれること

だから、まだ、辛くても、頑張るんだ」

幼い頃、色んなことを教えてくれていたのは、
唯一、味方をしてくれた
「アニメやゲーム」
そして、

まるでその場所に行ったような気持ちや、
目の前に「それ」があるように感じる
綺麗な綺麗な写真集だった。




中学に入った。
父親の力で、「裏口入学」という形で入れさせられた、都内で優秀の女子中学。

千陽は、上手くいくわけなかった。
合わない学力。
どうやってもついていけない。
何を言っても、伝わらない。

「生きている意味さえ分からない」

千陽は孤立していった。
千陽は目の敵にされて言った。
千陽は、
完全に、「下の生き物」として見られていった。

ある日、教師が、千陽の現状を見かねて、
母親を呼び出した。

「あの人からの言うことだから、特別に入学を認めましたが…
正直、この学校としての期待値はゼロです。


これじゃあ1人分の学費が無駄ですよ。
どうにかしてください」

「知りません。
私とこの子供は、他人です。
あなたがどうにかしてください」

「ーーっ…」

「もういいですか?これから仕事がありますので」
「うーん、分かりました。まあ、誰かが何とかしてくれでしょう。
お忙しいところお呼びしてしまってすみません。
私もこの後、ある学生の勉強を見てあげないといけなくてね」



1人取り残された千陽は、
初めて

涙を流した。

千陽は、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ期待してしまった。
今まで、親が呼び出されることは無かった。
学校に来させられることは、怒られるということ。
普通の教師なら、親子なら、怒ってくれる。

もう、褒められなくてもいい、それでいいから、
どうか叱って欲しい。

僕を、見捨てないで。

僕を、なかったことにしないで。



でも、何も言われなかった。
「叱る」という、厄介事を、押し付けあった。
千陽の目の前で。

千陽に見向きもせずに、会話は終わっていた。


なんで頑張っても、報われないの?
なんで僕は、酷いことばかりなの?

あぁ、そっか。
全部、神様が決めてるんだ。
だから、
頑張ること自体、無駄なんだ。




それから千陽は、一切学校に行かなくなった。
ひたすらに家にこもり、
趣味に没頭した。
溜まりに溜まっていた貯金を崩して、ただ欲望を満たした。

それでも、誰も言わない。何も言わない。

そうさ、そうなんだ。結局そうなんだ。
僕は頑張って無駄なんだ。
なんで頑張ってたんだろう。
だったら、好きに生きた方がいいじゃんか。

誰と繋がらなくても、こんな風に生きてける。
お金だけならあるんだ。
だったら、人と付き合うのも、馬鹿馬鹿しい。

「あぁ、これが、生きるってことなんだね

なんて、味がしないんだろう」




高校にも行かず、20歳になろうとした頃、
突然に両親から呼び出される。


「お前と婚約してくれるものが現れた。
写真を見せたら、大層気に入ってくれてな」
「は…?なに、急に」
「言っただろう。責任と義務を果たすと。
成人すれば、殿方と籍を入れるのが普通だ。
そこまでの義務を果たすだけだ。

婚姻すれば、
今とほぼ同条件で、迎えてくれるらしい。

良かったじゃないか。
愛してくれる人が出来て
お前も幸せだろう。

お前の人生も、花が咲くのではないか」

父親と母親は、悪びれもせずに、たんたんと、言葉を放った。





何が愛だよ。
なんだよそれ。







「今まで愛なんてくれなかったくせに!!
僕を知ったふうなこと言うなよっっ!!!!」
「僕の人生を!!
お前が!!
語るんじゃねえよっっ!!!!!」





千陽はそのあと、勢いに任せて家を出ることにした。
自分の部屋にあったものを持って、まだ残っている有り余った貯金を持って。


「家を出るなら、義務と責任は全うしたと判断する。
最後の義務として、住む場所は用意しよう。


あとは、一切関与しない」



家を出ると同時に、千陽は、
その家庭との、「形だけの縁」を切る事になった。

父親が用意してくれたのは、分譲マンションの買い切りのもの。
千陽名義であり、千陽の部屋。


とうてい、1人では住むには広すぎる。
家具も、置いているものも、何もかも。

家にあるものと、酷似してしまっている。



千陽は、すぐに売り払った。
部屋も、自分が持ってるもの以外の、
用意してくれた家電も、何もかも。



千陽が改めて購入したのは、
マンションの一室。
広くもなく狭くもない、何の変哲もない部屋。

自分で用意した家具を置いて、1人、寝転がる。



「あぁ、これで、僕は、一人ぼっちなんだ」

「でも、いいか」

「結局、頑張ったって、僕は愛されないんだから」

「誰かに期待する方が間違ってる」

「神様がもう決めてたんだよ。
僕はいらない子なんだって」



生き別れた兄妹と出会ったのは、ここに引っ越してから早かった。

「あぁ、生きてたんだな」

最初に思った感想が、それだった。

もうどうだって良かった。僕はもう1人なんだから。
誰がどうだったなんて関係なかった。
もう、昔のことさえ、思い出せないんだから。


それでも、姉は特にしつこかった。
会う度に会う度に、話しかけてきた。
こんなに冷たくしてるのに、なんで諦めないんだろう。

兄は、居心地が悪いくらいに、優しかった。
姉が無理やり連れていった先は、いつも兄の家。
そして、毎回、ご飯を出してくれた。

居心地が悪い。優しさが痛い。
その眼差しは、気持ち悪いはずなのに、

ご飯は、美味しい。



気がつけば、兄と姉と出会うことに、抵抗はなくなって言った。
認めた訳でもないけれど、
「一緒にいてもまあ、損は無いな」と思った結果。
タダ飯も食えるなら、いいと思う。

その後は、色々転々と変わっていった。
知り合いが嫌でも増えたり、
無理やり職場で働かされたり。

姉が言うに、
「最初であった頃よりかは、少し柔らかくなりましたね」
という。
自覚はない。


確かにこの人たちは、兄と姉なんだろうけれど。
僕に家族はいないんだ。
僕はとっくに愛を諦めてるんだから。

期待して、絶望するのはもう嫌だ。
だったら、最初から、なにも期待しない方がいいんだ。

間違ってなんかない。正しいかなんて知らない。
全ては神様が決めたことなんだろう。
だったら、その決断に、
僕がどんな答えを出そうと、
関係ないじゃないか。

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