雄英







個性が出てから少しずつトレーニングをしていった甲斐もあり、小学校を卒業する頃には空母装備を出せるようになった。
艦娘の時には練度が上がって改造してしまうと空母装備しか扱えなくなってしまっていったので、どちらも使えるというのはとても便利だ。
ただ、砲撃雷撃も艦載機を飛ばすのも、練習できる場所がないので、実戦でどうなるかわからないというところが不安だった。
どこか練習できる場所でもあればよかったけれど、そんな都合よくいくわけもなく。

知識は永遠に残るものではないと、前の世で得た戦闘に必要な知識は、小さい頃にすべてノートにまとめて大事にとってあったので、たまにそれを見返しては頭の中でシミュレーションを重ねる。過去の戦闘を思い出しながら、どういう行動をとるべきだったかとか、とにかく少しでも戦闘時の感覚を忘れないように。

艦娘の時には知らなかった、人の世で生きていく上での常識だとか、必要な勉強だとかに追われながらトレーニングもしていたら、あっという間に時は過ぎていってしまう。

中学二年生の半ばには、受験の話もするようになっていた。


「海咲、来年は高校受験でしょう?ヒーローになりたいならやっぱりヒーロー科のある高校よね。県内で良い高校あったかしら…。」
「ヒーロー科ともなると勉強と訓練とで大変だろうし、父さんも母さんも海咲のために出来ることがあるなら、何でもするからな!」


満面の笑みを浮かべてそういう両親に、「ありがとう」と自分も笑い返したが、内心不安だらけだった。
どうしよう。そうやって言ってくれる両親には申し訳ないが、県内の学校に行く気は毛頭なかった。
できる限り心配はかけたくないから、やはり多少遠くても実家から通える学校の方が良いのだろう。
しかしヒーロー志望だなんて周りに山ほどいるわけで、そんな中からヒーローになろうというのならば、どんなに遠くてもよりレベルの高い訓練を受けれるところが望ましい。
心の中で「女は度胸」と呟き、ゆっくり息を吸った。


『お父さん、お母さん。私、雄英高校に行きたい。』


言った。言ってしまった。両親はポカンとしている。それはそうだ。雄英は県外だし遠いし、通うとなると一人暮らしをしなければならなくなる。
私には兄弟姉妹はいないし、どうやら一人娘というのはとても大事なものらしいから、きっと両親を不安にさせてしまうし、たくさん心配をかけてしまう。


「な、何言ってるの、雄英なんて遠いじゃない。県内でも良い高校はあるはずだから、わざわざそんな遠い学校に行かなくても…」


案の定、反対されてしまった。でもそんな事は言う前からわかっていたし、何を言われようとも行きたいという意志は変わらないから。
どれだけ心配をかけても不安にさせても、私は本気でヒーローになりたいから。だからこそ、お母さんの言う事は聞けない。


『あのね、お母さん、お父さん。私は本気でプロのヒーローになりたいの。そのためにはより良い知識を得ることが出来る学校に通いたい。そうすることによって、少しでもプロヒーローに近づく事が出来ると思うから。近場の学校で済ませてしまったら、それがどれだけ良い学校だとしても雄英に劣るならば意味が無いわ。雄英は多くのプロヒーローを輩出している学校。そんな学校、県内にはないわ。調べたもの。』


お母さんは俯いてしまった。お父さんはしっかりと私の目を見て静かに先を促す。握った手に汗が滲む。
大丈夫。否定されたってこの意志を曲げる気は無い。


『私の個性の事は、お父さんもお母さんも知っているでしょう。海咲ならヒーローになれるって、言ってくれたよね。
私のこの個性は、戦うためにある。それはとても恐ろしいことだけど、この個性で人を救えるのならば私はその為に使いたい。
私の生きる場所は、ずっと戦場だと思うから。どれだけ傷ついても逃げるなんてことしないわ。

もう一度、言うわね。
私は、本気でプロのヒーローになりたいの。
この個性で、人を救けるために、戦いたい。』


最後まで言い切って、それでもじっと目をそらさなかった。
お母さんは俯いたままだったけど、お父さんも目をそらさない。
暫くの間沈黙が続いて、やがてお父さんが深く息を吐いて、俯いているお母さんを気遣うように肩に手を回す。


「全く、そんな目で見られたらダメだなんて言えないだろう…。」
「っあなた!」
「君にだってしっかり伝わったろう、海咲の覚悟が。どれだけ否定したって、この子の意志は変わらないよ。
心配だって気持ちはわかる。海咲はまだまだ子供だからね。
けれど僕らが応援してやらないでどうするんだ。」


お父さんの言葉にハッとしたようにお母さんは顔を上げた。目には涙をたっぷり溜めて。
ゆっくり私の方に顔を向けると、耐え切れなかったかのようにぼろぼろと涙がこぼれていった。
お父さんが渡したタオルで涙を拭ってから再び私を見たお母さんの目は、やはり涙で濡れていたけれど、それでも力強くて。


「…海咲の意志は、十分に伝わったわ。そんな顔して、そんな目をして。
海咲は、心配かけるってことも何もかも、わかった上で、言ったんでしょうけど。
それでも私たちがどれだけ心配かなんて、きっとわかっていないんでしょう。」
『…どのくらい不安で、心配かは、お母さんの言う通りわからない。
でも、遠くに行って、帰ってくるかもわからない不安と心配な気持ちは、私はよく知っているわ。
それは、お母さん≠フ想う気持ちとは、比べ物にならないかも知れないけど。』
「どこで知ったのよ、そんな気持ち。」


ふっと笑って、それから優しく抱きしめられた。
私の髪を撫でながら、少し震えた声で、お母さんは言い聞かせるように話した。


「いい、海咲。雄英に行くって事は、一人暮らしをしなきゃいけないのよ。
お父さんもお母さんも、今のお仕事を辞めることは出来ないから、あなたと一緒についてはいけない。」
『…はい。』
「一人で暮らすっていう事は、身の回りの事全部、自分でやらなきゃいけないということ。
もし寝坊しても、起こしてくれる人も送ってくれる人もいない。疲れて何もしたくなくても、ご飯を作ってくれる人も洗濯してくれる人もいない。お金はお父さんとお母さんでなんとかしてあげることは出来るけど、それでもお金のやり繰りも自分で考えてやらなきゃいけない。」
『…はい。』
「学校の勉強と訓練と自分の身の回りの事。一人で全部きちんと出来る?
ヒーローになる覚悟も大事だけど、その為に必要なことっていうのは、勉強や訓練以外にもたくさんあることは分かるでしょう。」


そこまで言って、抱きしめる腕を緩めたお母さんは私の顔をしっかり見て、両頬を暖かい手のひらで包んだ。
もうその目に涙は滲んでいなかった。


「きっと大変よ。それでも、やれる?」
『…初めのうちは、不安だけど。それでも私はやるよ。』
「…よし!じゃあお母さんは海咲を応援するから、頑張りなさい!」


にっと笑って言ってくれたお母さんは、少し強めに頭を撫でて、夕飯の準備をすると言い台所に行った。
お父さんは「良かったね。父さんも、応援してるから。」と言ってお母さんの方に行ってしまった。
ふ、と息を吐く。緊張した。
お母さんを泣かせてしまったことを申し訳なく思ったけど、言われた言葉ひとつひとつを思い返す。
抱き締めてくれた腕の優しさと温度、力強い瞳と言葉には深い母の愛を感じて、より一層頑張ろうという気持ちになれた。







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よい子の箱庭