フラッシュ・メモリー
「消太、大丈夫?まだやんの?」
「まだだ…ッ!」
既に幾度となく個性を発動した相澤の目は赤く充血している。息はうまく吸えないし額には脂汗が滲む。疲労からか両脚が情けなく震える。そんな相澤を、名前は心配そうに眺めた。
「はぁっ…、はぁ、このままじゃ、仮免試験は落ちる…!名前、もう1回やってくれ…!」
「あーもう!知らないからな!」
名前が両手を上空にかざすと、相澤と名前の上にだけ黒く厚い雲が発生していく。そして名前がぱちんと指を鳴らすと途端に激しい雷鳴が鳴り始め、いくつもの稲妻が相澤に向かって襲いかかる。名前の個性"迅雷"によるものだ。相澤は襲ってくる稲妻を避けながら己の個性、抹消を発動する。当然個性を発動している間稲妻は消える。その隙を狙い捕縛布で名前を捕まえようとするが、名前はすばしっこく捕縛布から逃げる。そうこうしている内に相澤の目は乾き限界を迎えてしまう。するとまた、名前が生み出した稲妻が相澤を襲う。先程からこれの繰り返しだ。
(だめだ、個性の使いすぎで目が開かない…!)
酷使している目がついに言うことを聞かなくなってしまった。真っ暗な視界の端で微かに見える雷光。
「消太!あぶない!!」
そして慌てた名前の声。身体に走る鋭い痛みを感じながら、相澤の意識はそこで途絶えた。
結局相澤は名前の稲妻を受け気絶してしまったのだ。対人用に威力は弱めてあったとはいえ、電流を一身に受けた身体は目が醒めた今でも痺れが残っており、思うように力が入らない。
「もー!俺すっげー心配したんだからね!消太全然起きねぇんだもん!死んだかと思った!」
「これくらいで死んでたまるかよ…」
相澤に肩を貸し、もう片方の肩に2人の荷物を担ぎながら、名前はわあわあと喚いた。相澤と名前の家は近く、とても1人で帰れそうにない相澤を家まで送り届けることを、名前は自ら志願したのだ。相澤は情けないやら恥ずかしいやらで思わず視線を自分の足先へと移す。
「…悪かったな、名前。付き合わせた挙げ句、こんなことまでさせちまって」
ぽそり、消え入りそうな声で言われたその言葉を、名前はしっかりと聞いていた。
「何言ってんだよ!俺と消太の仲だろ?これくらい余裕だっての!」
そりゃあびっくりしたけどさ!それより消太、お前もっと食った方がいいんじゃねぇ?あ、今度駅前に新しくできたラーメン屋一緒に行こうぜ!にこにこと笑いながら名前は話す。その無邪気な笑顔に相澤は前々から惹かれていた。その想いは日に日に強くなり、仮免試験に無事合格したらこの想いを直接伝えよう、などという柄にもない目標を立てていることは、当然名前本人には秘密にしている。
「ねぇ、きみたち…」
そんな中、突然背後から声を掛けられる。2人が振り向くと、そこには30代くらいの、見ず知らずの男性がいた。
「はい?何か用ですか?」
「きみたちは、雄英高校の生徒かな…?」
「…?そうですけど…」
いきなり投げかけられた真意の分からない問いに、応答した名前も相澤も不信感を募らせる。すると突然、男は両手を鎌のように変化させると、勢いよく2人に襲いかかってきた。既の所で斬りつけられそうになったのを、相澤と名前は日々の鍛錬で鍛えられた反射神経で避ける。
「な、なにすんだよアンタ!」
「雄英生いいい…!よくも、よくも俺を刑務所にブチ込みやがってぇ…!雄英卒だからって調子に乗ってんじゃねぇぞおおお!!!」
全身をわなわなと震わせながらまるで錯乱したかのように叫ぶ男。どうやらこの男、過去に雄英卒のヒーローに捕らえられ刑務所行きとなった元犯罪者のようだ。抑えきれない逆恨みの矛先が、偶然雄英の制服を身に纏って歩いていた相澤と名前へと向かったのだろう。なんとも迷惑な話だ。
「だめだ名前、こいつもう完全に理性を失ってる!何を言っても無駄だ!」
「近くにヒーローも居ないみたいだし…仕方ない、俺らで食い止めんぞ、消太!」
本来ヒーロー免許のない一般人の個性の使用はご法度だ。しかし命の危険が迫る今そんな悠長なことをいっている場合ではない。いつ他の通行人がやって来るかも分からない。2人は男と戦うことを決意した。
「俺の個性は発動まで時間がかかる!その間あいつの動きを止めてくれ!」
「わかった!」
男の攻撃を避けながら相澤は荷物の中から捕縛布を取り出し構える。そして男が向かってくるのと同時に個性を発動した。相澤の個性を受けた男の手は鎌の形から元の人間の手へと戻ってしまう。そのまま捕縛布で動きを止めてしまえば後は容易い。が、相澤の身体は先程の名前との特訓のダメージが著しく残っていた。手が震え捕縛布が上手く扱えない。焦りから額に汗が滲み、その汗が目元を伝う。流れる汗を拭おうとした時、相澤はつい、目を閉じてしまった。
「ッ、しま…っ!」
「英雄生いいいい!死ねえええええ!!!」
再び手を鎌のように変えた男が相澤を目掛け至近距離から襲ってくる。だめだ、間に合わない。相澤は衝撃に備えようとぎゅっと目を瞑った。
「ぎゃあああああああ!!!!!」
しかし次の瞬間、男の絶叫が響き渡る。相澤が恐る恐る目を開けると、そこには相澤を庇うように立ちはだかる名前と、雷に打たれたのだろう、黒く焦げた男が倒れていた。どうやら名前の稲妻が間に合ったようだ。相澤はほっと胸を撫で下ろし、未だ動かない名前に話しかける。
「おい名前!やった、な…」
ぐらり。名前の身体が相澤に凭れるように倒れる。相澤は反射的に名前の身体を受け止めた。そして支えた手のひらに感じる、ぬるりと生温かい感触。遠くからサイレンの音がする。恐らく誰かが通報したのだろう。いつの間にか野次馬も集まってきている。しかし相澤には、腕の中の名前から溢れ出る赤い液体しか見えていなかった。
「へえ〜、相澤先生にもそんなことがあったんスねぇ〜」
上鳴は自販機で買って貰った炭酸飲料を飲みながら目を丸くしている。偶然居残りをしていた上鳴に相澤がこんな昔話(勿論、名前への想いや告白云々の話はしていない)をしてしまった事の発端は一体何だったか。ああそうだ、電気系統の個性の話からだったな。相澤は同じく自販機で買った缶コーヒーに口をつけた。
「その人…死んじゃったんですか?」
「縁起でもないことを言うな。腹を斬りつけられて重症だったが、ちゃんと生きてるよ。ほら、それ飲んだらさっさと帰れ」
「はーい」
あの時のことは今でも鮮明に覚えている。あの時の悔しさも、不甲斐なさも、何もできなかった自分への怒りも、全部、ヒーローになる為の糧にした。あの事件以降、相澤は血反吐を吐くような特訓を重ね、その結果今こうしてプロヒーローとして活動するに至っている。忌まわしいあの事件が自分を大きく成長させてくれたのだと思えるまでに随分と時間がかかった。
「heyイレイザー、仕事終わりのとこ悪ィんだが、学校の近くで敵が暴れてるらしい。行けるか?」
「ああ、わかった。すぐ行く」
突如がらりと扉を開け入ってきた同僚のマイクからの言葉を受け、相澤は教室の窓から飛び出し現場へと向かう。既に他のヒーローや警察が現場に到着していたが、暴れる敵の個性が厄介で捕まえられずにいるらしい。相澤はゴーグルを着け個性を発動し、敵が怯んだ暇を見て捕縛する。しかし、敵は身体を水のように液状化できる個性で、相澤が個性を発動し続けない限り捕らえることはできない。
(相性が悪いな…)
物理攻撃も効かない。さあどうしようかと相澤が画策していると、急に辺りが一段と暗くなり始めた。
「"大雷電"」
そしてけたたましい雷鳴と共に激しい稲妻が敵を包み込んだ。直視できないほど強い雷光、そして響く敵の咆哮。その場にいた者は皆何が起きたのか分からなかった。ただ1人、相澤を除いては。
「おい。帰ってきてたのなら連絡くらいしろよ、名前」
「消太を驚かせようと思ったんだよ。ところで、出張帰りでお疲れの俺にお帰りは言ってくれないの?ダーリン」
「ったく、お帰り、ハニー」
あの日と同じサイレンの音をバックに、駆け寄ってくる名前を抱きとめるべく相澤は両手を広げた。