救命救急120時


苗字名前、22歳。職業看護師。因みに独身一人暮らし彼女はいない。そんな何処にでもいるような普通の社会人である俺は今、とんでもない境地に立たされている。連日の遅番勤務をようやく終えた俺はコンビニで酒と菓子を買い込んで近道である裏路地から帰宅しようとしていた。街灯も少なく人通りも殆ど無いので若い女の子にはおすすめできないが、何せこの路地を通るのが1番てっとり早く家に着けるのだ。明日は1日家に籠もってDVDでも観よう。そんなことを考えながら歩いていると、目の前に何か黒い大きなものが横たわっているのが見えた。よくよく目を凝らすとどうやらそれは人のようだった。

(酔っぱらい?急性アルコール中毒とかじゃないよな?)

放っておけばいいものを、つい近づいて様子を確認してしまう。完全に職業病だ。そっと顔を覗き込もうとするとその人らしきものの腹部辺りに血溜まりができている。ちょっと待て。酔っぱらいじゃない、怪我人だ!しかもかなりの大怪我だ!

「だ、大丈夫ですか?!今救急車呼びますね!!」

慌てて駆け寄りスマホで電話をしようとするといきなり血塗れの手で腕を掴まれる。

「通報は、するな…」
「はい?!そんなこと言ってる場合じゃないですよ!あなたこのままじゃ死にますよ?!」
「…そんときは、そんときだ…」

そう言ってその人は意識を失った。通報はするなって一体どういうことだろう。その人は顔や腕に火傷跡が目立ち、些かただの一般人ではないようにも見える。もしかしたらちょっとヤバイ人なのかもしれない。でも医療に携わる身として、目の前に大怪我をして倒れている人がいるのに放っておくことなんて、到底できる訳が無かったのだ。



ちょっとヘマをして腹に穴をあけられた。穴がデカかったし完全に貫通してたから自分の火で止血することもできなかった。今回ばかりは完全に死んだとおもった。なのに今、俺は生きてる。

(こいつがやったのか)

上体を起こすと穴があいていたはずの腹部は既に傷が塞がりかけ、その上綺麗に包帯が巻かれている。そして視界の端には座ったまま壁に凭れ眠っている人物。恐らくここはこいつの家で、傷の治療をしたのもこいつだ。治りの早さからみて治癒系の個性の持ち主か。

「んんー…、はっ!目が醒めたんですね!よかった!」
「おお…」
「一体何があったんですか!普通あんな穴身体にあかないですよ?!ていうか救急車呼ぶなっていうから勝手に俺ん家に運びました!大変だったんですからね!!」
「いっぺんに喋んな…頭に響く…」
「あっ!ごめん…」

それからこいつは苗字名前という名前で、都内の病院の看護師だということを聞いた。俺のことも尋ねられたので正直に素性を話したらみるみる青くなった。面白え。

「敵連合の荼毘…?!嘘だろ、俺とんでもない人助けちゃったの…?!」
「まぁ、そういうことだ。恩に着るよ、名前サン」
「ヒイ…」


帰り道に瀕死の怪我人を見つけ、家に連れて帰って看病したらそれは悪い意味で世間を賑わせている敵連合の荼毘という人でした。どうしよう。これってバレたら俺も共犯者扱いで捕まるのだろうか。父さん母さん弟よごめん。兄ちゃんは犯罪者になるかもしれません。

「傷が治ったら出てくしお前のことは誰にも言わねえ。一応助けて貰った身だしな、約束は守る。安心しろ」

荼毘さんはしれっと言う。正直信じられるものじゃなかったけど俺はその言葉に縋るしかなかった。こうなったら一刻も早く傷を治して出ていって貰うしかない…!

「お前の個性治癒系なんだろ?すぐ治んねぇのか」
「えっ、あ、えーっと…そうですね、傷が大きかったので、時間はかかるかと…」

思わずどもってしまった。確かに俺の個性は治癒系だ。でもちょっと、いやだいぶ変わっているのであまり使いたくないのが本音である。職場にも詳細は隠しているし実際使ったことなんて数えるほどしかない。でも今回は個性を使わないと確実に荼毘さんは死んでたし使わないと仕方がなかったのだ。そう、仕方がなかったのだ。

「と、とにかく!傷が治るまでですからね!治ったらすぐ出てってください!」

そうして荼毘さんを拾って早いもので5日が経った。意外にも荼毘さんは俺が仕事へ行っている間は家で大人しくしていたし、作っておいた食事もちゃんと食べてくれた。この分ならあと1回個性を使えば全快できるだろう。これで、荼毘さんともお別れだ。

(よし、寝てるな…)

仕事から帰宅しベッドをみると規則的に上下する胸。鎮痛剤の効果もあってよく眠っているようだ。ゆっくり、足音をたてないようにベッドに近づき、荼毘さんの顔を覗き込む。火傷の跡や継ぎ接ぎの金具が痛々しいけど、よく見たら綺麗な顔をしているんだよなぁ。

(ごめんね荼毘さん。これで最後だから)

心の中で謝罪をして、そっと荼毘さんにキスをする。俺の個性は「口付けをすることで相手の傷を癒やす」というもの。口付け、要するにキスをしなければ個性を発動することができないのだ。キスの時間が長ければ長いほど効果は強くなるし、唾液の交換をすればもっと強力な治癒効果がある…けれども、これに関しては昔、まだ赤ん坊だった弟の怪我を治すために両親に頼まれてした一度きりだ。これから先ももうすることはないだろう。そう思っていたのに。

「ん"っ?!」

突然、後頭部を掴まれ、そしてそのまま唇が離れないように押さえつけられる。こんなことがこの場でできるのなんて、目の前の荼毘さんしかいないのは明らかだ。なんとか離れようとするが頭を押さえつける力が強く一向に弱まる気配はない。それどころかぬるりと生温かいものが口内に入ってくる感触。

(ヒイイイイイ!舌!舌入ってきた!嘘だろ?!)

1分、2分、3分。じっくりと口内を陵辱され、やっとのことで唇が離れた頃にはもう俺は息も絶え絶えで思わず涙目になっていた。なんなのこの人!巧すぎだろ!

「お、なんか今回は傷の治り早ぇな。べろちゅーしたら治るのか?」
「んな、なな、なななな」

ぺろりとお互いの唾液でやらしく濡れた唇を舐めとる荼毘さん。対して俺はもう頭の中は混乱でぐるぐるしてるし息は上がってるしで口の端を流れる唾液を拭うことすらままならない。ただわなわなと身体を震わせ赤面するだけだ。

「毎晩可愛いことしてくるからこういうのがお望みかとおもって」
「んな、んな訳ないでしょう!これが俺の個性なんです!」
「へぇ。キスしたら傷が治るのか。変な個性だな」
「そんなこと、俺自身が1番わかってます…!」
「でも悪くねえ」

荼毘さんはベッドから降り腹部に巻いていた包帯を乱雑に外し始める。あれだけ大きかった傷はもう傷跡も残っておらず、しっかりと完治しているのが見て分かった。最後にとんだ目に遭わされたけどこれで俺の役目も終わりだ。明日から俺は以前通り平凡な一看護師として普通の生活を…。

「って!何で俺捕まってるんですかね?!」

何故か荼毘さんに小脇に抱えられている俺。ていうか腕力すごいですね?!俺別に小さくないんですけど?!むしろ平均より身長あるんですけど?!

「気が変わった。お前も連れてく」
「はぁ?!何意味のわからないことを!!」
「お前が気に入ったって言ってんだよ。これからは俺にだけ個性を使え。なぁ、名前」

突然目の前に黒い煙霧のようなものが発生し、俺を抱えたまま荼毘さんはその煙霧に近づいていく。ああ。父さん母さん、そして弟よ。兄ちゃんはやっぱり、犯罪者になってしまうようです。