噂話は胃袋の中


切島鋭児郎には彼女がいる。それがここ最近、ヒーロー科1-A内でまことしやかに囁かれている噂である。

「だって俺見たんだって!切島のやつ、超嬉しそうにラインの返事打ってんの!俺ら相手の時はあんな顔しねぇもん!」

証人@、上鳴電気。

「あー、そういえばこの前、珍しく洒落てるタオル使ってて、何処で買ったのか聞いたら"貰ったから分かんねぇ"ってなんかやけに嬉しそうに言ってたな。あれは母親とかから貰ったっていう顔じゃなかったわ」

証人A、瀬呂範太。

「オイラも見た!切島のスマホのカメラフォルダん中!ちらっとしか見えなかったけど、同じ子の写真いっぱい撮ってやがんの!あいつ滅多に他人とか撮らねえのに!あれは彼女以外ありえねぇ!!」

証人B、峰田実。

「知るかンなもん」

証人C、爆豪勝己。その他にも出るわ出るわ、切島の彼女疑惑ネタたちの数々。校内での目撃情報が無いことから、恐らく雄英の生徒ではなく他校の生徒であろう。もしかしたら中学時代の知り合いでは、という見解まででている。

「んで!そこんところどうなんですかね、芦戸さん!!」

そこで白羽の矢が立てられたのが、切島と同じ中学だった芦戸である。情報料という形で上鳴と峰田から貰ったお菓子をぽり、と齧り、横にいるのであろう葉隠にも差し出す。

「それきっと苗字だよ」

そしてさも当然のように、しれっと言ってのける芦戸。

「誰?!誰だよ、その子?!」
「キレイ系?!かわいい系?!」
「んー、どっちかっていうとキレイ系かなぁ?」
「うううう羨ましいぜえ切島あああ!!」
「オイラたちを差し置いて、キレイ系の彼女とあんなことやこんなことしてたっていうのかー!!」

芦戸からの思わぬ情報提供にわあわあと騒ぐ2人を白けた目で見ていた芦戸は、あ、と思い出したように呟く。

「そういえば苗字、今度の体育祭観に来るって言ってた」
「それは本当か?!」
「よっしゃー!この目で生の切島彼女を見届けるぜー!!」
「おー!!」

すっかり頭の中は切島の彼女のことでいっぱいの上鳴と峰田。鼻息荒く去っていく2人を見届けながら、芦戸は残りのお菓子を再び齧る。すると今まで黙っていた葉隠がこそりと芦戸に耳打ちをした。

「三奈ちゃん、その人って本当に切島くんの彼女なの?」
「んー?まぁ、彼女、ではないかなぁ?」
「えっ!良いの?あんなこと言っちゃって…」
「いーのいーの!」

ニカッっといつもの人当たりのよい笑顔で芦戸は笑ってみせた。



体育祭当日の昼。出場生徒たちや観覧客らは昼食をとったり中休みをしたりと自由に過ごせる時間だ。

「切島ー、苗字来てるってー?」
「おう!なんかあいつ、張り切って弁当作り過ぎちまったらしいんだ。良かったらお前らも一緒に食わねぇか?」
「マジ?!」
「切島の彼女の手料理ー!」

1-Aの生徒たちも例外でなく、午後からの種目に備え各々時間を過ごす。そんな中そわそわとどこか落ち着きのない様子の切島に芦戸が近づき声を掛けた。苗字、と呼ばれている切島の彼女はとうに会場に入っていて、尚且昼食の弁当を作ってきてくれているらしい。なんとできた彼女だろう。一緒に食べないか、の言葉にその場に居た瀬呂と上鳴は食いつく。そして上鳴から発せられた何気ない言葉に切島はびくりと肩を震わせるとみるみる顔を赤くした。

「はっ?!ば、馬鹿言うな!名前は彼女じゃねーよ?!」
「おいおい隠さなくっていいんだぜー?ちゃんと芦戸から聞いてるっつーの!」
「芦戸?!お前なに言ったんだよ?!」
「えー?だって苗字はもう切島の彼女みたいなもんじゃん!」
「ちげーよ!名前は俺の、」

にやにやと笑う芦戸に顔を真っ赤にしながら食って掛かる切島。それを不思議そうに眺める瀬呂、上鳴。なんだ?さあ?2人が顔を見合わせたとき、観覧席の方から一際大きな声がした。

「おーい!鋭児郎ー!こっちー!!」
「ッ名前!」

名前を呼ばれた切島は一転、ぱあっと顔を輝かせ、落ちそうなほど生徒席から身を乗り出しブンブンと大きく手を振った。その視線の先にいたのは切島の彼女…ではなく。

「男じゃん?!」
「そーだよー。苗字は切島の幼馴染ってやつ!」
「おいおいなんだよ!彼女じゃねーじゃん!」
「まー見てなって。あながち間違ってないからさ」

頭上に沢山のハテナマークを浮かべる上鳴を他所に、切島は先程までの様子から一変、にこにこと嬉しそうに生徒席から出ていく。その後を追いかけながら、まるで犬が尻尾振ってるみてぇ、と大きな赤い犬を想像して瀬呂はほくそ笑んだ。

「鋭児郎お疲れー!格好良かったぞー!」

切島、上鳴、瀬呂の3人が観覧客用に開放された広場へ行くと、大きな荷物を持った1人の青年が此方に向かって手を振っていた。成る程確かに、芦戸が言っていた「キレイ系」なのは間違っていない容姿である。いやいや、でも男だし。背も俺らと変わんねぇし。上鳴は頭を振った。

「あ、電気の人とテープの人じゃん!初めまして。いつも鋭児郎がお世話になってますー」
「あ、いやいや、これはどうもご丁寧に」
「こちらこそ、どうもどうも」
「名前っ!やめろよ恥ずかしい!こいつ等はそんなんじゃねーよ!」

あはは、と笑いながら名前は予め確保していた場所に手際よくシートを広げていく。

「俺、上鳴電気!よろしく!」
「俺は瀬呂範太」
「苗字名前です〜鋭児郎とは生まれた時からの幼馴染でさ、腐れ縁ていうの?ずっと一緒だったんだよね」

だから鋭児郎が雄英受験するって聞いて、実はちょっぴり寂しかったんだ。でも2人みたいに良い友達もできたみたいだし安心した。俺はもう違う学校行ってて前までみたいにずっと一緒にはいれないからさ、これからも鋭児郎のこと、どうぞよろしくね。恥ずかしそうに頬を染めながら名前が溢した赤裸々な思い。そのいじらしさと垣間見えた可愛らしさに、切島だけでなく上鳴と瀬呂も思わずきゅんとしてしまった。

(まって、めっちゃかわいいんだけど)
(なんだろうな、すっげー胸がきゅんってしたわ)

ヒソヒソと上鳴と瀬呂が話している間に、いつの間にかシートの上には豪華な弁当を中心に取り皿や紙コップ、飲み物などが並べられていた。そのあまりの出来栄えに2人は言葉を失う。

「いやー、つい張り切っちゃっていっぱい作っちゃったんだよー。2人じゃ食べきれなかっただろうから、上鳴くんも瀬呂くんも遠慮なく食べてね!」
「相変わらず名前の作る弁当は美味そうだな!お、俺のすきな唐揚げ入ってる!」
「え、ちょっと待って、これ苗字が作ったの…?」
「手作りってレベルじゃなくね…?」
「名前の家は地元でも有名な料亭だからな!だから昔からよく俺の分も弁当作ってくれてたよなぁ」
「練習がてらね。でも鋭児郎なんでも美味いって食べてくれるから、あんまり練習にならなかったよ」

切島と中学時代の話に花を咲かせながら名前は上鳴と瀬呂に取り皿と割り箸を手渡す。それを受け取った2人はおずおずと弁当に手を伸ばした。

「うっま!え、めっちゃ美味い!」
「切島ずっとこんな美味い弁当食ってたのかよ!」
「いいだろー!あ!上鳴、それ俺の卵焼き!」
「早いもの勝ちー!」
「これ電気!大人しくしなさい!お行儀が悪いわよ!」

3人が食事をする様子を嬉しそうに眺める名前。自分も弁当を食べながら、切島の飲み物が無くなるといち早く気づきお茶を注ぎ、手が汚れているのを見つけると手拭きを手渡す。そして切島の口元についていた米粒を指でさらうと、そのままぱくりと食べてみせた。その行動には見ていた2人も思わず目を見開いたのだが、当の本人たちは全く気にした様子もなく、何事もなかったかのように食事を続けている。

「やっぱ名前の飯うめー!最高!!」
「鋭児郎がいつもそう言ってくれるから、つい頑張っちゃうんだよねぇ」

幸せそうな2人の周りには、まるで淡いピンク色の、きらきらとしたオーラが見えるような気がした。そうして上鳴は、芦戸の言っていた言葉の意味をようやく理解するのであった。

(俺も苗字みたいな彼女ほしーい)
(わかるわー)