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2024バレンタイン(仁王/tns)

「チョコちょうだい」
 前の席、後ろ向きにどさりと腰掛けた仁王が放った一言に私は目を丸くした。もちろん、私たちは付き合っているし、こちらには用意もあるので、チョコをあげること自体はやぶさかではない。けれど、ストレートな物言いを避けがちな彼がらしくないことをするものだから驚いた。
 これはきっと、何か他の意図があるに違いない。終始仁王に振り回されっぱなしの私でも、最近ようやく“何かある”と察するくらいはできるようになったのだ。さて、今日は何が起きるのか。そう身構え、仁王をじっと見つめてみても、悔しいことに、楽し気に細まる目からは何の企みも読み取れなかった。
 ここで「はいどうぞ」と大人しくチョコを渡す選択肢もあるけれど、たまには私だって反撃してみたい。ふつりと湧き上がったちょっとした悪戯心は、彼から伝染したのかもしれなかった。
「チョコならいつも自分で持ってるじゃん」
「生憎、今日は忘れた」
「ふーん。でも今日なら他の子も持ってると思うよ」
「プリッ。でも、おまんも持っとる。女子と交換しよったろう?手作りのやつ」
「あら、よくご存知ですこと。その通り。“交換”は受け付けております」
 頭をフル回転させてなかなか上手い反撃をしたつもり。それなのに、仁王は待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。
「それなら交換こしてくれるか、お嬢さん」
 うやうやしくそう告げると、左手を差し出す。その先にはいつの間にか真っ赤な薔薇が一輪握られていた。白い指に、赤がよく映える。
 好きな人に花をもらうなんて、初めてだった。映画やドラマでよく見かけるシーンが、実はこんなに幸せな気持ちになれると知ったのももちろん初めてだ。
 予想だにしなかった出来事に、開いた口が塞がらない。
「食いもん以外とは交換不可かのう?」
 自分で自覚できるほど頬がゆるんでいる。私が喜んでいるのなんて顔を見ていれば一目瞭然なのに、ニヤついたまま言葉を誘う仁王の意地悪さったらない。
 やっぱり振り回されるのは私の役回りだった。
「交換可!」
 きちんとラッピングを施した本命チョコを渡せば、当然、花は私の手に納められた。
「わざわざ花屋に?嬉しい……私ってば愛されてる……」
 うっとり呟くと、彼はケタケタ笑った。
「わざわざ手作りしてもらって、俺も愛されとるぜよ」
 再度目を合わせると、また楽し気に、優しく目が細められる。企みを先読みできずとも、自分が幸せ者であることだけは確かだった。



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夜の匂い、もう一駅歩く(ロー/OP)

 半袖に薄手のカーディガンだけでは、ほんの少し肌寒いように感じる。夏ももう通り過ぎてしまうのか、夜の匂いが数日前とは少し違う。季節の移り目にワクワクするのは、“前回”の生活を思い出すからか。
 飲み会帰りで酔っ払いの私は、こんな日に電車は勿体無いことに途中で気づき、最寄りの一駅前で電車を降りた。都会なのに、空を見上げれば案外ちらちら一等星は輝いて見える。
 ざっくり自宅の方向を目指し歩き出せば月夜に浮かぶ見慣れない景色に胸が躍った。このシチュエーションにふつふつ懐かしさが込み上げてくる。
 前は行くところ全てが初めて見る景色でどこもかしこも面白かった。キャプテンを真似て当てもなく歩き回っては買い出しぐらい手伝えと仲間達に叱られたものだ。遠い昔、つまり前世で海賊として生きていた頃の思い出を掘り起こしてずんずん進んでいると、ポケットの中でスマホが振動した。
 見るとローさんから帰り時間を訊ねる短いメッセージが届いている。ほろ酔いのまま通話ボタンを押すと、彼はすぐ出てくれた。
「駅に着いたか」
「いや、一駅分歩いてる」
「はあ?……チッ、今どこだ」
「えっとね、……あれ? ここはどこだろう」
マップも見ずにぼんやり歩いていたため、とっくに現在地など分からなくなっていた。けれど、ちょっとは酔いも覚めてきたし一人で帰れないことはないはずだ。素直にそう伝えれば、ひときわ大きい舌打ちが響く。
 不機嫌オーラ漂う声音で指示された通り、マップから現在地を割り出し場所を教えて最寄りのコンビニへ避難。ちなみに、調べてみたところ二駅分ほど歩いていたらしく、とっくに家を通り過ぎていたのには笑った。ローさんは全く笑っていなかったが。
 程なくして、電話越しに思い浮かべていたのと同じ表情をしたローさんが迎えにやって来てくれた。
「夜道を一人で歩くな」
「心配性だなあ」
「……」
「誰のせいだと思ってんだって顔してる」
「してねェ。馬鹿言ってないでさっさと帰るぞ」
 そう言って彼はとっとと歩き出した。けれども私を置いていくことはなく、長い脚を持て余し気味に動かし歩幅を合わせてくれている。分かりやすく甘やかされているなと思うと顔がゆるんだ。
 ローさんがこうも心配性なのはたぶん、前世で私が彼を庇って死んだからだろう。その瞬間の記憶は残っていないが、あの後しばらく大変だったんだぞと教えてくれたのは現世でも再会した仲間たちだ。詳細を聞かずとも、この件に関してはとにかく大変だったと皆が口を揃えるので、まあそうだったのだろう。
 傷つけてしまったことを申し訳なく思う一方、性格の悪い話だが、正直彼が私を引きずってくれたことが嬉しかったりする。どれだけ大事に思ってもらえてたかが実感できるからだ。
 私はこんな碌でも無い女だと言うのに、今世で再会した時ローさんは文句の一つも零さず私を抱きしめ「ようやく見つけた」と呟いた。
 今世でも私が彼を好きになるには、それだけで十分だったのは言うまでも無い話。結局私たちは“前回”と同様お互いの隣におさまった。

 胸がぎゅうっとあたたかくなってきたので、隣を歩く彼の左腕に腕を絡ませる。密着するとやはりまだ暑く、夏が後ろ髪引かれている様だった。ローさんもそう思っていそうだが、当然腕を振り払われたりはしない。
「今日、ちょっとだけ秋の匂いしない? ここまで歩いてて、夏島と秋島の境目の海域の航海とか思い出してたんだ」
「昔を思い出すには、潮の匂いが足りねェな」
 懐かしむように笑う横顔を盗み見て思わず腕の力を強めた。
 ひとつもタトゥーが入っていない腕にはいまだ違和感が拭えないけれど、この手が人の命を救っているのは今も昔も変わっていない。改めて、この人にまた見つけてもらえて良かったなあと思った。
 この人にとって私に執着するのが幸せなのかは分からないが、手放したくはない。
「ねえローさん」
「なんだ」
「ずっと一緒にいてね」
「……酔っ払いが」
ため息混じりで応えた彼は私を見下ろし「……こっちの台詞だ」と小さく小さく付け加えた。



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陽炎の向こうの君(エース/OP)

 手が届かない。映像の向こう側にいるエースの胸が煮えたぎるマグマに貫かれた。悲鳴を上げる余裕もなく、ひたすらその光景を見ていることしかできない。力なく膝を折ったエースが、弟に何か告げ、笑った。「エース?」私がようやく言葉を絞り出した頃、彼の体は地面に崩れた。

 あり得ないほど残酷な夢だった。寝起きとは思えない速度で心臓が脈打ち、指先が震える。とにかく早く会わなきゃと思う一心で転がるように家を飛び出した。
 パジャマのまま隣の家のチャイムを鳴らすと、扉の向こうから、気の抜けた返事と共に寝癖頭のエースが顔を出した。顔を見た瞬間、まるで陽炎の向こうにいるみたいにエースの姿が揺れ出した。否、気づけば涙で視界が滲んでいたのだ。
「どうしたんだよこんな朝っぱらから……」
 そう言いかけて、私の顔を見た彼は言葉を詰まらせる。とうとう耐えきれなくなった私が、存在を確かめるようにきつく抱きつけば、流石のエースも狼狽える様子を見せた。
「ちょ、オイ、一体どうした?」
 白いTシャツに顔を押し付け涙や鼻水の跡を付けているけど、文句を言うでもなく答えを待ってくれている。年甲斐もなくしゃくり上げる私は、数十秒時間を使ってここまでの出来事を反芻する。そうすると更に涙が出てきてエンドレスループだ。
「……エースが、死ぬ……夢、見て……怖く"て」
 つっかえながら正直に告げる。子どもみたいだと笑われてしまうと思っていたのに、予想に反してエースは小さく息を飲んだ後、私の背中にあたたかい手を回してぎゅうと力を強めた。
 ダイレクトに伝わってくる鼓動の音を聞くと、ようやく強張っていた気持ちが落ち着いてきた。
「それじゃ、“前回”を思い出したってことか?」
そうしているうち、エース越しに、この家に彼と共に住む、サボくんの声がした。我に返った私は慌ててエースの腕から抜け出そうとするのだが、拘束はちっともゆるまない。観念して涙声のまま返事をした。
「思い出すって……?」
「なんだ、違うのか」
「良いんだよ。覚えててもそうじゃなくても、こいつは変わんねェし、おれはこいつが好きだからよ。今度こそ幸せにする」
 分かるような分からないような話の内容を聞き顔を上げると、「な!」と同意を求めたエースが太陽のように笑う。その光景があまりにも幸せなもんだからまた泣けてきてしまい顔が歪んだ。
「おれァ今生きてんだからさ、もう泣くなよ。ブサイクになっちまうぞ」
 余計な一言を添えて私を見下ろしたエースは、どこか嬉しそうだった。



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日焼けしてる種ヶ島(tns)

 入江って、テニス部のくせに肌白いよなぁ。
「せやな。でも特別なケアとかはしてへんのやて」
「嘘だぁ」
「お、奏多のマネ?」
 会話が二往復してようやく、はたと隣を見ると、当然種ヶ島と目が合った。
 休日、学校のテニスコートの振りわけは午前が女テニで午後が男テニで固定されている。帰り支度を済ませ給水機にがっついていた私とはうらはら、彼は今から練習なのだろう。ラケットを手にうんと伸びをしている。
「心の声に返事するのやめて」
「ちゃい☆」
 雑な誤魔化しを無視して空を見上げれば、太陽が雲を押し除け空のど真ん中を陣取っている。午前中の時点で、日が高くなるにつれてジリジリと肌が焼ける感覚も増していただけに、午後練は美白に響きそうだ。
 会話が止んでなお種ヶ島はコートに向かわず、念入りに柔軟に取り組んでいる。頭を左に倒したことで見やすくなった首筋は、さっきまで眺めていた入江とは違い、屋外運動部然として浅黒い。それが、何回ブリーチしたのか分からない白い髪がよく映えていた。夏を人型にしたら丁度こんな姿になりそうだ。まぁ、彼は冬でも変わらないけれど。
「種ヶ島の肌って日焼け?」
「気になるん?エッチやなあ」
「なんで?」
「脱いでって意味やろ?」
「じゃ私帰るね。お疲れー」
「待って待ってごめんて!ジョーダンやて!」
 苦笑いで私を引き止のた種ヶ島は大きな背を丸めてしゃがみ込む。まばゆい色のわりに傷んでいないように見える頭を見下ろしているのは何だか変な感じ。落ちつかないので、マネして隣にしゃがみ込むと、くるぶし丈のくつ下を押し下げた彼は「ホラ、見てみ?テニス部特有のくつ下二段構えやで」なんておどけて、くっきりついたくつ下焼けを見せつけてきた。意外にも地肌は、血管が透けて見えるほど白い。
 くつ下焼けなんて、テニス部からしてみれば珍しくも何ともないし、なんなら私とだってお揃いなのに、どうしてだろう。イケナイものを見た気分だった。
 足元が再度整えられていくのを尻目に、私、やっぱりエッチかもなあ……なんて頭の悪い感想が思い浮かぶ。……いやいや、なにバカなこと考えてんだか。
 かぶりを振って膝を支えに頬杖をつき、視線を上げれば白い猫毛の隙間から双眸がこちらを窺う。バチリ、と音を立てて目が合った瞬間、「せやな。でも俺は大歓迎やで」と、やはり種ヶ島は私の心の声をピタリと読み当てた。



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キッズコーチしてる種ヶ島(tns)

尻切れトンボ+SSにしては長い

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