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2024バレンタイン(平等院/tns)

 かかとを浮かせるまでもなく黒板を隅々まで消し終えた。制服に降りかかった粉を丁寧にはたき落としてなお、同じく日直を担当している同級生は頭を抱えたまま動きがない。放課後の教室に残る人影がまばらになっていくなか、平等院はついに痺れを切らした。
「まだ終わらねえのか」
「あれ、待たせてた?先帰っても良かったのに。お詫びにこれいる?」
 差し向けられた菓子の小箱は、コンビニやスーパーで簡単に手に入る既製品だ。視線を落とした拍子に、今まさに彼女が対峙している日直日誌にデカデカと記載された日付が目に入り、思わず舌を打った。どういうつもりだ と一瞬でも思ってしまったことが不本意だったからだ。
 乾いた響きに肩を跳ね上げた残りの生徒がそそくさと退散していく中、目の前の彼女だけが五分前と変わらない顔で日誌を見つめている。平等院の答えがないことも気に留めず、勧めたばかりの菓子を一粒自身の口に運んだ。
「これさ、何に見える?」
「丸以外の答えがあるのか?」
 誌面のコメント欄には塗りつぶされた丸が描かれている。女子が日直のたび、日誌を通して担任と絵しりとりを交わしているのは何となく知っていたが、こうも訳のわからない代物を解読させられる担任が不憫でならない。
 馬鹿馬鹿しく思いつつ返事をくれてやった平等院に対し、彼女は不服そうに顔を顰める。
「丸ゥ?いやいや、よく見てよ。トリュフでしょこれ」
「どこをどう見ろというんだ」
「バレンタインってことを加味したらギリ伝わると思わん?」
「知るか」
 ため息を吐き消しゴムを滑らせる姿を尻目に、平等院は今度こそ菓子に手を伸ばした。
 甘いものはさほど好きではない。罪滅ぼしの意味しか持たないチョコレートを食べる気はさらさらなかった。しかし、今日がバレンタインという自覚があったうえで勧めていたことが分かったのだから、断る道理はない。
 残りの三粒全てを一気に掴んで口に放り込むと、馴染みのない甘さが鼻に抜ける。さして美味くはない。けれど、悪くはない。
「えっ!?全部食べちゃったの?」
「お前が食うかと言い出したんだろう」
「そりゃそうだけど。まさか本当に食べるとは……。食べないと思ったからこんなのしか用意なかったのに。……まあでも、最後に良い思い出ができたってことかな」
 舌を出して企てを白状し、彼女がカラカラと笑う一方、平等院はピクリと眉を震わせる。 高三だからといって最後にするつもりなど毛頭なかった。幾重にも自分を取り繕っていた相手が、ようやく本心を見せたのだ。その尻尾を簡単に離してなるものか。
「トリュフでもトリでもトマトでも何でも良いから、さっさと描け」
「そんな適当な……だから先帰って良いってば」
「今日なら時間がある。チョコの礼は要らねえのか」
「!……い、いる!」
 弾かれるように答えた彼女が、黒丸の消えたスペースに下手くそな鳥を書きなぐる。
まったく物好きな女だ。大慌ての相手を待つ間自分の口元が緩んでいたことに、平等院は気が付かなかった。



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