うそから出たなんとやら_4
「自分が釣り合ってないって分からないの?」
通り過ぎざまに投げつけられた悪意は見て見ぬ振りをするに限る。私がまるっきり気付いていないような能天気な顔で無視をすると、後ろからは恨みのこもった舌打ちが聞こえてきた。
おお、怖い怖い。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ちょっと聞きたいこと、と表現したわりに、教室に現れた女子学生はトゲトゲしい雰囲気を纏っていた。私は先日聞いた丸井の助言を思い出す。気をつけろと言われたところで、こんな状況をどう気を付ければ良いというのか。心の中でため息をつく。人気者と付き合うとこんなオプションまで付いてくるらしい。
このまま陰湿な嫌がらせが続くのは癪だなと考えていた私は大人しく席を立つ。連れていかれたのは人通りの少ない特別教室棟の廊下だった。トイレなどの閉じられた空間に連れて行かれなかっただけマシだと思うべきなのかもしれない。
「雅治と付き合ってるって本当?」
あ、この台詞少女漫画で読んだことあるやつだ。などと呑気な感想を抱く私を睨みつける女子生徒2人は、この間の試合会場でも見かけた気がする。
「あー、うーん……。まぁ、取り敢えずそういうことになるかなぁ……」
私が歯切れ悪く答えると、彼女たちはよりいっそう不満そうな顔をした。
仁王のことが好きなら直接そう告げれば良いのに。なんて心の中で毒付いた私は性格が悪い。自分だって正攻法を踏んだわけではないのにね。
「もしかして本気で相手されてると思ってるわけ?」
「……」
嘲笑するかのようにぶつけられた質問への返答に、詰まる。
私たちの関係は特殊なので、ある意味的外れな指摘ではあるけれど、やはり罰ゲームでやっているとしたら仁王は現状を面倒くさいと思っているのかもしれない。何だか急に、ここ最近ずっと浮かれていた自分が恥ずかしくなった。
「雅治が女遊びしてるって話聞いたことないの?」
こちらの様子に気を良くした目の前の彼女は言葉を続ける。それを聞いた私は弾かれたように顔を上げた。綺麗に弧を描く唇を眺めながら顔をしかめる。この人は何を言っているんだろう。
「……それただの噂だよね? 2人とも仁王が女遊びしているところを実際に見たことあるの?」
「はあ?」
口火を切った私に、彼女たちは目を丸くしていた。反論を待たずして私は再びたたみかける。
「仁王は女遊びしてないよ。そもそもテニスで忙しいし、それに彼女が出来たらいつも相手をすごく大事にするから」
“いつも”などと白々しく言ったが、これは全部裏付けのない私のハッタリだ。残念ながら私は仁王の友人のひとりにすぎないから彼の恋愛事情なんてものには詳しくない。聞いたら聞いたで嫌な気分になるのが分かりきっているのでそれを聞き出すつもりもしていない。
ただ、私が仲良くしている仁王は何よりテニスに情熱を注ぐただの高校生であって、何人もの女の子との遊びにかまけているほど暇ではない。
その証拠に現在進行形でカノジョ役をしている私への連絡も稀だ。
「あなたが知らないだけでしょ」
「そうかもね。でも、仁王に遊ばれたって言ってる女の子は本当に居るの?」
「……」
「……別に信じるか信じないかは自由だと思うけど。でもそういう良くない噂を鵜呑みにして憶測のまま言いふらすのは失礼なんじゃない?」
「……」
仁王が女遊びをしているという噂は、確かに存在する。しかしそれはあくまで噂。事実ではない。こんな話を信じる人が本当に居るのかと私は眉間のしわを深くした。
私に対して釣り合わないだの何だの難癖を付けるのはもう好きにして欲しいが、テニスに一途な仁王を貶めるような発言は見過ごせなかった。
まあ、私だって仁王のことを一から十まで全て知っているわけではないけれど。カノジョ役やって欲しいとか、いまだに訳の分からないことだらけだし。
「私と仁王は現状付き合ってるから。それで話はもう終わりでいいよね?じゃあ、お先に」
苛立ちをにじませた表情を浮かべる彼女たちを残し、私は踵を返した。
嫌がらせは今後も続いてしまうかもしれないが仕方ないだろう。それと引き換えに仁王に対する変な噂がこれで少しでもしぼんでいくなら上等だ。
「おまんもなかなかの詐欺師じゃな」
廊下の角を曲がったところで誰かとぶつかった。
衝撃を和らげようとしてくれたのか、腕を大きな手で掴まれている。そして、降ってきた特徴的な訛り。ハッとして顔を上げると心底愉快そうな顔をした仁王と目が合った。いつからここにいたのだろう。返事もせずに目を丸くするばかりの私を見下ろして、仁王は再び口を開く。
「俺に元カノがおるとは知らんやったわ」
「……聞いてたなら割って入ってきてよ」
「すまんすまん。あまりにも男前な対応やけ、つい聞き入ってしもうた」
「男前って……」
こちらが呆れ声を出しても、仁王はニヤニヤと笑うばかりだった。私は唇を尖らせて、彼から一歩距離をとる。腕に残るぬくもりが気恥ずかしくて視線は斜め下に落ちた。
「どうしてここが分かったの?」
「丸井から、おまんが連行されたって連絡が来たんじゃ」
「私が自分の意思でここに来たから、連行じゃないよ」
「強がり?」
「うるさーい!」
「……ま、そういうことやき」
噛み合わない会話に首をかしげる。もう一度見上げると、仁王の目は私の後ろを見つめていた。振り返る間も無く、先ほどまで火花を散らしていた相手2人が走り去って行く。会話を聞かれるのはいい気がしないなと思った。
「ねえ、付き合ってるって断言しちゃったんだけど大丈夫だった?」
「大丈夫もなんも、事実ナリ」
「……そっか」
「まさかおまんが俺のためにあんだけ怒ってくれるとは思わんかったのう」
やっぱ持つべきもんはナマエちゃんじゃ、といつだかの台詞を持ち出した彼は労いの意を込めてか私の頭をポンポン叩く。
軽い衝撃を受け入れながら、頭の中では先ほど言われた一言が回っていた。
雅治に本気で相手されてると思ってるわけ?
そもそもカノジョ役なんだから本気の訳がない。そんなことは初めから分かっていたのに、なんで私はショックを受けてるんだろう。