高嶺の花_3
狙撃手に転向してから、以前より人の視線に敏感になったと思う。
映画館でチケットの引き換えをしていると、後頭部に視線を感じた。振り向いた先で、見慣れた制服姿の女子が慌てて顔を伏せるのが分かった。見覚えがある。たぶん、去年同じクラスだったヤツだ。ちょっと感じ悪いな。そんなに嫌がられるようなことした記憶はないんだが。
去年同じクラスだったにすぎない俺が、彼女について知ってることは大してない。強いて言えば、学校では猫を被ってるみたいという印象があるくらいだ。基本的に教室で静かにしているタイプだが、友人との会話中に大きな笑い声を響かせ、ハッとして口を噤む様子を何度か見たことがある。本当はもっと活発なんだろうなと何となく予想はつく。
だから、明らかに気配を消そうとしている彼女へわざわざ話しかけたのは、感じの良し悪しよりも、映画トークを出来るんじゃないかという期待が勝ったからだった。実はアクション映画を好むタイプだったりしねえかな、と思ったわけだ。
声をかけた後、おずおずと向けられる困り顔を見ていると、俺がミョウジをいじめてるみたいで居心地が悪かったが彼女のチケットに印字されているタイトルを見たら、思わず口角が上がった。やっぱりそうじゃねーか。
上映後、遠い目をして人の流れに沿うミョウジの足取りはしっかりしているとは言い難かった。完全に意識が映画の内容へトんでいるのだろう。まあ、その気持ちはよくわかる。だから、意見交換でもできないかと持ち掛けたんだが……。
「えっ! 良いの?!」
一瞬にして意識をこっちに戻したミョウジが嬉しそうな声を上げた。キラリと弾ける瞳を見て、俺の頭の中では何作か前の劇中で聞いたフレーズがリフレインする。
──目がキラキラ輝いちゃって 小鳥も飛び回り……
当時は、えらくファンシーな言い回しをするもんだと鼻で笑っていたはずなんだが、なるほどこう言うことかと思う。ミョウジの対象は映画なので、本来の意味とは少し違うだろうが。
そして何よりの誤算は、それがミョウジを見る俺にまで伝染しちまってるってことだった。
§
「荒船くん、これありがとう」
「おう、どうだった?」
「面白かった! 最初は正直ちょっと古臭いかもって思ったんだけど、そんなの気にならないくらい展開にドキドキしちゃった。黒幕の語りと映像がちぐはぐになってるシーンとか主人公気付いて! って声上げそうになったもん」
「そうだろ、このシリーズはハズレがねえからな。続きも楽しめると思うぜ。ホラ」
「まさかこれは…」
「2作目だ」
「さすが荒船くん……!」
渡されたDVDを見つめ目を輝かせて喜ぶ様子は、正直なところ文句なしにかわいい。そのとびきりキラキラした感情を100%俺に向けてくれねえかなと思う自分が、らしくなくて笑える。ミョウジは、目の前の男が頭の中で何を考えてるかなんて思いもしないだろうが。
俺の視線に気づいた彼女は、「荒船くんに言おうと思っていくつか感想メモしてきたんだよ」とスマホを取り出した。感想を求められていると勘違いしたらしい。まあ、きっかけがアレじゃあな。ミョウジにとっちゃ俺は現状、親切な友達ってところか。
マシンガンの如く一通り話し終えると、ミョウジは教室に戻って行った。できるだけすぐ返すねと去る後ろ姿を見送っている途中で、見慣れた男に視線を遮られた。
「君ら、どこまで進んでるの?」
「…たった今スパイ物のシリーズ2作目を貸したところだ」
「いやいや、そうじゃないでしょ」
犬飼はニヤニヤ笑って、前席の椅子を跨ぎ、背もたれに頬をつく。面倒くさいやつに見られた。目の前の男は、俺がしかめ面を向けてもどこ吹く風だ。本当にめんどくせえ。
「だってなんか、すっごく仲良くない? 2人ってどんな関係?」
「関係も何も、映画貸してんだよ。見りゃ分かんだろ」
「おれ、きっかけとか聞きたいなぁ。あとどこが好きなのかとか」
最後の一言で声をひそめるやり口がいやらしい。のぞみ通りに転がされるのは癪なのでまともに取り合わないことにした。
「話すことはねえな」
「えー、釣れないなあ。じゃあ、ミョウジちゃんに聞いちゃおうかな」
「おまえの好奇心に巻き込むな。それより、用があって来たんじゃねーのか」
「あ、そうだった。辞書貸して」
「いい加減自分の持ってこい」
釘を刺し無理やり話題を変えると、犬飼はそれ以上追及して来なかった。このままこの会話を永遠に忘れてくれれば良いんだが。まあ無理だろう。ため息をついた俺は、大人しく電子辞書を犬飼に渡したのだった。