高嶺の花_4


「ミョウジ、今日暇か?」
「…」
「ミョウジ?」
「どなたですか」
「あぁ、悪い。荒船だ」
「え、あらふねくん? いまなんじ?」
「朝の6時だな」
「今日は日曜日ですよおやすみなさい」
「待て待て! 二度寝するな!」
「ぐぅ」

 というのが、数時間前の話。結局あの後鬼のような着信に根負けした私は、映画館の前に居た。先日訪れたショッピングモールに併設された全国チェーンの映画館ではなく、三門市に昔からある小さめのシアターだ。なんでも、日曜の朝イチにリクエスト作品を上映することがあるのだという。それがたまたま、荒船くんの好きな作品、かつ私にもオススメしたい作品だったそうで、今朝慌てて連絡をくれたらしい。
 昨日とか一昨日のうちに教えといてよ……と思うものの、折角の誘いを無下にするのも悪いのでこうして身支度を整え待ち合わせ10分前に到着したわけである。と言うか、無視を続けても着信は止まなかった気がする。狂人かな。
 今日は久々に梅雨の晴れ間となり、日差しが夏を先取りしてしまっている。建物の影に入ってしばらく待っていると、やや遅れて小走りの荒船くんがやってきた。上映までは余裕があるし別に急がなくてもいいのに。ああ、そういえば私服姿はレアだな。トレードマークのキャップは相変わらずだけれど。

「悪い、遅れた」
「いいよ。おはよう」
「おはよう。もう目は覚めてるか?」
「いやはや、今朝はお恥ずかしいところを……」
「毎日あんな感じなのか」

 帽子を取って汗を拭いながら彼は言う。その表情がやや疲れて見えた。

「基本的に寝起きは悪いけど今日は特別。昨日夜更かししたからそのせいであのザマでした。荒船くんはかなり早起きだったけどいつも早朝ランニングでもしてるの?」
「してる。が、今日はボーダー任務の夜勤明けだったんだ。悪いな、折角の休みに叩き起こしちまって」
「えっ、夜勤明け?! それなら帰って寝た方がいいんじゃ」

 ボーダーに関して詳しい事は何も分からない私ではあるが、言われてみれば確かに隊員が早退したり遅刻したりする姿は度々見かける。なるほどシフトのようなものがあると言うわけか。
 かつて一度だけ、テスト前夜に徹夜した経験のある私はあの日の体調を思い出すだけで気が遠くなりそうだ。徹夜明けに出歩くなんて事故に遭いかねない。実際私は登校中、車に轢かれかけた。今日の荒船くんだって本調子には見えない。しかし、心配する私に対して彼は呆れ顔を向けた。

「馬鹿お前、上映終了した作品が映画館で見れるなんてまたとない機会を逃してたまるかよ」

 今度はこっちが呆れる番…いや、一周回ってこれは感心か。

「本当に映画好きだねえ」
「なんとでも言え。ミョウジもすぐこっち側にしてやるぜ」

 不穏なことを言って、荒船くんは私を建物の中へ促した。


§


 タイトルに有名な特撮怪獣の名前が含まれていたし、荒船くんがオススメと言うのだからアクション映画なのかと思っていたのだが、どちらかというと政治色の強い作品だった。特撮は小さい子向けって偏見があったし、自分1人なら観に行こうと思わなかっただろう。けれども、進化を繰り返す怪獣、それに立ち向かう人々、そして希望と不安がないまぜになったラスト、全てが面白かった。思わず声に出したくなるような作戦名が打ち出された瞬間にはニヤける口元を抑えきれなかった。
 ラストの映像に度肝を抜かれているうちにゆっくり照明が付き、少ない人数の観客が腰を上げる。同じ座席列の端の人が動いたので、それに従いそろりと出口へ向かった。明るくなってもなお、劇場内で口を開く人はほとんどいない。ただ、いいものを見たという満足感がそこらじゅうに満ちていた。
 例に漏れず私も映画の余韻に浸って歩みを進めているのだが、そういえばこの映画にはなんだかすごく既視感を覚えたなとも思っていた。特撮映画は今まで関わりがなかったんだけど、なぜだろう。確か、始まる前に荒船くんが教えてくれた映画のキャッチコピーは現実対虚構だったっけ。混乱、恐怖、未知の存在との戦い……あ、そうか。
 設定がボーダーに似ているんだ。うーん、そうなると、当事者の一人である荒船くんに「面白かった!」なんて告げていいものだろうか……。そう物思いに耽っていると、突如踏み出した先の床が消えた。

「うわ!?」
「っと!! オイ、大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ。ありがとう。階段もう一段あったんだね……びっくりした」
「そりゃあこっちのセリフだ」

 階段を踏み外しバランスを崩しかけた私だったが、瞬時に反応した荒船くんのおかげで転倒は免れた。素晴らしい反射神経に感謝だ。とは言え、思いもしなかった危険状態に血の気が引いたようで心臓がバクバクと波打っていた。掴まれた腕の感覚が妙に生々しく、これが俗にいう吊り橋効果か……なんて変なことをわざと考えて少し自分を落ち着かせる。身体に問題がなさそうなのを確認し、後がつかえないよう、ややふらつく足取りのまま劇場を抜けた。


 面倒見の良い荒船くんに腕を引かれ、壁際に置かれた猫足の椅子に腰を落ち着けた。ついでに隣に座った荒船くんに顔を覗き込まれる。なぜか若干申し訳なさそうな表情。

「ボーっとしてたみてーだがもしかして映画、眠かったか?」
「えっ、違うよ逆! すごく面白かったから映画にまつわる考え事してたの」
「ラスト?」
「まあ、そう」
「含みがあるな」

 じっと疑いの目を向けられた。う。彼を相手に嘘を貫ける自信がない……。細められた瞳に気圧されたので、観念して考え事について話すことにした。さっきはちょっと考え込んでしまったけれど、荒船くんはたぶん怒らない気がする。

「…鋭い! いやね、白状しますと、この映画の舞台設定がボーダーに似てるなって思っちゃってさ。実際に命張って国防してるであろう荒船くんに手放しに面白ったとか言っていいものかなとか考えてしまいまして……」
「はあ? 馬鹿だな。こっちは面白いって言わせたくて誘ったんだぜ。なのに、ンなことで怪我されたんじゃ寝覚悪いだろ」
「ごもっともデス」

 やっぱり怒らなかった。ちょっとは荒船くんのことが分かってきたかな。そう思っていると、何笑ってんだよと不機嫌な声。

「ううん、なんでもないよ。ところで、落ち着いてきたからどこか場所を移して私の感想聞いてくれる? 眠くなければだけど」
「あんな良いもん見て眠くなるわけねえだろ。近くに美味い飯屋があるんだ、早く行こう」

 口角を上げた荒船くんが勢いよく立ち上がる。映画の登場人物のように、この人も日々戦っているのかと思うといっそう眩しく見えた。


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