高嶺の花_6
今回借りたのは、自分に3つのルールを課す運び屋のシリーズだった。毎回、主人公がやむなくルールを破るのが面倒ごとのキッカケとなる。
アクションシーンでの足技が軽やかで見ていて気持ちが良かったと語ると、深く頷き肯定を示した荒船くんはさらに、周囲にある使えそうなものを軒並み武器にしてしまう機転も爽快だよなと笑う。好きだなと思うシーンがピッタリ重なると、かなり嬉しいものだ。
その後、特に好きだった2作目の感想を一通り聞いてもらい満足したので話を切り上げようとしたのだが、まあそう焦るな、なんて言って引き止められた。
「再来週に地上波放送予定の映画は見たことあるか?」
「VR世界でゲームの後継者争奪戦をするやつだよね? 見たことないし再来週を楽しみにしてるから絶対ネタバレしないでね! 絶対!」
「しねえよ」
ノータイムで返ってきた返事に胸を撫で下ろした。日本発祥のキャラクターも少し出てくるらしいというふんわりしたことしか知らないので、初見を楽しもうと既にワクワクしているのだ。先にしっかり釘を刺しておき、話を続ける。
「その映画がどうかしたの?」
「劇中にいろんな作品のオマージュがあるんだが、その中でも一際目立つタイトルがあってな。事前に見といた方が、良い。絶対に」
「なるほど。それで、見といた方がいいタイトルとは?」
「これだ」
用意してるんだろうな、と想像していた通り、荒船くんは映画のDVDを机に置いた。木のようなものに挟まれている男の顔が印刷された表紙。SNS上でネタ画像としてたまに見かけるこれは、確か……。
「荒船くん。これは、ホラー映画では?」
「まあ、そうだな。……もしかして」
「お察しの通り、私、ホラーはてんでダメでして」
これからの季節増えるであろう心霊番組ですら遠慮願いたいタイプの人間である私は、顔を歪めた。このパッケージの写真も今は大丈夫だが、映画を見終えた後には怖くて堪らなくなるかもしれない。いや、そもそもホラー映画を1人で見るのはゴメンこうむる。夜中絶対トイレに行けなくなるし。
「どうしても無理か?」
「少なくとも1人では絶対無理。耐性がないもん。ホラー映画を怖いと思わない方法教えてくれるなら見るけどさ」
「そう言われても、そもそも俺は怖いと思わねえしな」
残念そうに、DVDが鞄におさめられていく。折角持ってきてくれたのに、悪かったなあ。でもやっぱり、苦手なジャンルは仕方ないよね。
心苦しく思いつつ教室に戻ると、すぐにスマホが震えた。見ると今別れたばかりの荒船くんからメッセージが1件。あれ、忘れ物でもしたかな。慌ててトーク画面を開いた。
『もし良ければ、なんだがさっきの映画見にウチに来るか? 丁度今日は家族全員出払ってるし。解説とか聞きながら見れば、少しは怖さも紛れるんじゃねえかな。』
§
職員室に用があるから30分くらい待っていて欲しいと言われて、教室で待機をしている。HRを終えて、生徒が1人また1人と帰っていくたび、彼の誘いに二つ返事で乗ってしまったのは早計だったのではないかと考えて緊張が走っていた。
友達と遊ぶと言っても最近はもっぱらショッピングだったので、他人の家にお邪魔すること自体が久しぶり。しかも男の子の家ともなると、これまで上がったことは一度もない。相手はあの荒船くんだから、なにかヘンな間違いが起きるとは1ミリも思っていないが、とにかく、人様のおうちで粗相しないよう細心の注意を払わねば……。
「ミョウジ」
「は、ハイ!」
「……お前、粗相しないようにしなきゃ! とか、考えてただろ?」
「顔に書いてあることを読まないでー!」
突然登場した荒船くんに思考を読まれた私は、顔を覆って抵抗する。指が作った影の向こうで、笑われている気配がした。しばらくして、動かない私を見かねたのか手の甲を2度叩かれた。
「そんな緊張すんなよ。貸切映画館に行くとでも思ってりゃ良い。まあそこまででかいスクリーンじゃあないけどな」
ほら行くぞと促され、立ち上がる。外は気持ちの良い快晴。今日は傘立てを前に大笑いすることもなさそうだ。
「あー、その、悪いんだが……」
下駄箱を覗いた彼は、歯切れ悪く切り出した。急に呼び出しがかかったと言う。片手にはさっきまでは持っていなかった紙切れが一枚あって、私は、なるほどと相槌を打った。荒船くんがモテるのはなんとなく知っていたが、呼び出しの手紙をもらっている場面は初めて見た。こんなシーンに出くわすとは。
呼び出しの手紙なんてのはもう既に、ラブレター並みの意味を持つ気がする。送り主が誰かは知らないけれど、すごく勇気を出したんだろうなと思うし、それに水をさしたくはない。少なくとも、今日の予定は延期した方が良さそうだ。
「じゃあ、映画はまたの機会ということで」
残念な気持ちと少しだけホッとしたような気持ち。そして、なんだか寂しいような、面白くないような気分がごちゃ混ぜになってきた私だったが、それを表に出さないよう、自分の外靴を地面タイルに置いた。
「いや、すぐに戻ってくるから少し待っててくれ」
「ええっ!」
その返事に、思わず驚きのリアクションを披露してしまった。なんかそれ、ちょっと酷いんじゃないの。
「いやいや、荒船くん。勇気を出してる子にその言い草はないよ。それに、相手は荒船くんの好きな女の子って可能性だってあるでしょ?」
「それはないな」
荒船くんは即座に私の言葉を否定した。後頭部を掻いて、困ったような顔。そういえば、告白は断るのにも精神的にエネルギーが要ると誰かが言っていた。気持ちを伝えられる側にはその立場ならではの悩みがあるのかもしれない。想像力の足りなさを、少し反省。
それでも私は、さらに説得を試みた。
「でも、お断りされた子が、その直後に彼女でもなんでもない女子と帰る荒船くんを目撃したらショック受けるかもしれないじゃん」
「そうか?」
「人によっては思うところあるよ、きっと。だからなんというか、今日はその子に誠実でいてあげなよ。映画は逃げないんだから解説はまたの機会に! それじゃあね」
なんて言って、荒船くんの返事を待たず昇降口を出る。追いかけてくる様子はないので、納得してくれたようだ。ホッと息を吐くと共に、後ろめたさが胸に押し寄せる。
相手に誠実に、とかなんとか偉そうな口を叩いたが、本当は私が、誰かの嫉妬を受け止める勇気がなかっただけなのだ。手紙の主の気持ちを慮ったのもまた事実ではあるものの、説得のため組み立てた話は屁理屈を並べた小心者の言い訳に過ぎない。
荒船くんと私の関係は2人の間のことなのに、周りの目を気にしてしまうなんて失礼な話だ。そう頭では分かっているものの、やはり人の目が気になる臆病な性質は簡単には変わらない。
あーあ、なんか、人間関係って難しいな。そう思いながら1人寂しく歩く帰り道、むしゃくしゃして蹴った小石が音を立てて側溝に落ちていった。