高嶺の花_7


 延期になったホラー映画鑑賞会は結局なくなってしまった。私は1人で部屋をうんと明るくして件の作品を見た。別に荒船くんに彼女ができたわけでも、私が避けたわけでもなく単にお互いの予定が合わなかったのだ。けれども、これを機に歯車が噛み合わなくなってしまうのではないかという一抹の不安が胸をかすめた。
 ちなみに、映画は想像よりも落ち着いて見れたし、予習のおかげで地上波放送された作品はとても楽しめた。そのことを伝えると、荒船くんは「俺の解説を聞かせてやりたかった」と残念そうにしていて、その映画好きっぷりには笑ってしまった。

 不安が的中したのか、夏休みが始まってから荒船くんと会う機会はグッと減った。わざわざ待ち合わせてDVDを受け取るだけなのも悪いし、彼も何やらボーダー関連で忙しくしているようで、連絡を取ることも少ない。こうして少しずつ疎遠になっていくのかなあと寂しく思ったりする。明確な答えは持ち合わせないが、男女の友情なんてのは往々にしてこんなものなのかもしれない。
 荒船くんと距離ができても、映画に興味を失うことはなかった。受験生らしくセーブしながらも、毎週2本程度は息抜きに気になる作品を見ている。だが、自分の思うまま選ぶと作品に偏りが出てしまう点がネックだなと感じ始めていた。宇宙人を管理する黒服エージェントの話だとか、チョコレート工場の後継者を決める話だとか、彼が好んでいたアクションに振り切れた作品よりも、コメディ色の強いファンタジー作品を手に取ることが圧倒的に多い。
 レンタルショップの棚の前に立ち、並べられたタイトルを目で追いながら、久々に荒船くんのオススメを聞きたいなあ、なんて考えが頭をよぎる。
 連絡しても大丈夫かなあ。そう思いながら惰性で視線を動かしていると、爽やかな黄緑のパッケージが目にとまった。前向きなタイトルと共に笑顔でこちらを振り向く3人の男性の姿がジャケットになっている。スマホで軽く検索をかけてみたところ、どうやらインド映画らしい。インド映画と言えば突如踊りだすイメージが強く、ちょっと敷居が高いような、手を出しにくいような感覚がある。これもやはり踊りだすのだろうか。それにしても、うまくいく、かあ……。
 前向きなタイトルに感化され、荒船くんとのトーク画面を開こうとした時だった。

「あれ?偶然だね」
「わっ、犬飼くん」

 背後に立ち、にこりと笑っているのは違うクラスの犬飼くんだ。彼も確かボーダー隊員だったはず。同じクラスになったことはないが、荒船くんと話しているのを何度か見かけたことがあるので、何となく顔と名前が一致する。
 そのくらいの関係性であるにも関わらず声を掛けてくるあたり、彼もコミュ力のある人だなと感心する。もしかして、こんな風に感じが良くないとボーダー隊員になれなかったりして。未成年に戦闘行為をさせていることへのバッシングもあるらしいし、外部への心証を良くするに越したことはないだろうなあ。
 ラフな格好をした犬飼くんは、挨拶もそこそこに今さっきまで私が眺めていた棚を指さした。

「ミョウジちゃん、映画好きなの?」
「あー、うん。そうなの」
「だよね。荒船が熱心に布教活動してたし」
「知ってたんだ……」
「ハハ、まあ、楽しそうにしてるのよく見かけてたからさ。あ、それ、荒船が面白かったって言ってたよ」

 そう言って彼が指差した先にはスーツをバッチリ着こなす紳士然とした俳優のパッケージ。傘を武器に戦っていた予告動画が印象的だったが、劇場に足を運びたいなと思っているうちに上映が終了してしまった作品だった。確か近々続編が公開されると宣伝されていた気がする。折角だし、今回はこれにしようかな。そうしたら続編を映画館で見れるし。
 素直に手を伸ばすと、横から犬飼くんの笑い声。

「え、なに?」
「いやいや、荒船のオススメって聞いて迷わず手に取ったから、仲良いんだなと思ってね」
「まあ、荒船くんのオススメは私にとってはハズレないから」
「なのに最近荒船と連絡取ってないんでしょ?」
「えっ? ああ、うん。よく知ってるね。忙しくしてるって聞いたし、邪魔しちゃ悪いかなと思って連絡控えてるんだけど。荒船くん元気?」
「元気元気。じゃあミョウジちゃんはわざと荒船と距離取ってるわけじゃないんだ?」
「わざと距離取る理由がないよ?」
「なるほどねえ」

 首を傾げれば犬飼くんは「いいや、こっちの話」なんて言って可笑しそうに目を細めた。捕食者のような目つきに、ちょっとたじろぐ。それにしても、どうして犬飼くんが私たちの連絡頻度などを知っているんだろう。
 不思議に思っていると、三日月を浮かべた彼は距離を詰め、声を潜めて問うた。目が好奇に光っている。

「ぶっちゃけミョウジちゃん的には、荒船ってナシなの?」
「ナシ、とは……?」
「付き合う相手として」

 付き合う相手として。
 要領を得ない質問を紐解くと想定外の問いかけが出てきた。付き合ってるの? と聞かれようものなら全力で否定しようと思っていたのに、まさか私の気持ちの方に興味を持たれるとは。
 そういうの、考えもしなかったなあ……。ぼんやり、自分と荒船くんが手を繋いでるところなんかを思い浮かべようとしたが、少しも想像できず失敗した。私たちはどう見たって釣り合いが取れない気がする。

「えーと、からかってる?」
「いや? わりと真面目に聞いてる」
「うーん……アリとかナシとかって感じじゃないかな……」
「というと?」
「なんていうか、荒船くんって私にとっては高嶺の花って感じだから…」
「高嶺の花ってそれマジで言ってる?」

 有線の流れる店内で犬飼くんは声を上げて笑った。高嶺の花高嶺の花と口に馴染ませるように何度も繰り返し、また笑う。そんなに変なことを言ったつもりもないのだが、でもまあ確かに男子高校生へ宛てる単語にしては夢見がちだったかもしれない。

「そんなに笑わなくても……」
「はーー、ごめんごめん。でも高嶺の花ってすごい単語使うね。オッケー分かった。それじゃ、俺はレンタルしたのを返しにきただけだからもう帰るよ」
「あの……さっきの、荒船くんには内緒にしてね」
「分かった分かった、任せてよ」
「絶対だよ!」

 ひとしきり笑って満足したらしい犬飼くんは、何も手に取ることなく踵を返す。私のお願いに手をひらひらさせて応じ、そのまま自動ドアに吸い込まれて行った。……本当に大丈夫かなあ。残された私は、閉まるドアをしばらく眺めていたのだった。

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