裸足で深海を行け_3
金木犀が咲いていました、もうこんな季節なんですね。
久々にお弁当を作ったんですが、唐揚げの匂いが凄くて、私のせいで通勤電車の中が唐揚げの香りでした。テロですかね、これ。
この雲、恐竜みたいじゃないですか?あの、首が長いやつ。
名前はブラキオサウルスでした。モヤモヤしたので検索しました。
[メッセージを取り消しました。]
今日は残業でした。七海さんもお仕事お疲れ様です。
案件が立て込んでいたため、数日ぶりにプライベート用の携帯を確認した。彼女からは一日に一、二通のメッセージが届いていた。
仕事が明るい気分になれるようなものでもないので、こういう雑談めいた話を聞くとようやく普通の日常に戻って来たと思えて助かる。最も、自分にとっての日常と非日常はもうとっくにスイッチしてしまっている気もするが。
事前に、数日間連絡が取れなくなると伝えていたせいもあってか、メッセージのほとんどはこちらに問いかけるようなものではなく、自己完結していた。基本的に嘘をつかない素直な人だが、文字のやり取りにおいては往々にしてうまく気持ちを隠す人でもある。もしかしたら気を使わせたかもしれない。
最後のメッセージは数十分前だった。時計は22時を回ったところだ。もう家に着いているだろうか。帰り道ならば電話は逆に危ないか。そうしているうちに、携帯が鳴った。
「はい」
「七海さん、お疲れ様です。お仕事完了ですか?」
「はい、無事に」
「元気そうで良かったです!」
弾んだ声が響いた。呪術師という職について事細かに説明しているわけではないが、“いつ死ぬかも分からない職”と表現したことが印象に残っていたのか、心配をしてくれていたらしい。
呪術師は常に死と隣り合わせであるため、感覚は簡単に麻痺する。交流相手が同業者に偏りがちな七海にとって、無事であることを大袈裟なほどに喜ばれるというのはあまり無い経験で少しこそばゆくもあった。
「ミョウジさんも残業お疲れ様です。もう帰宅されたんですか?」
「はい、ヘトヘトで帰宅したところです。……あ、既読がついたのでつい電話かけちゃったんですけど、大丈夫でしたか?」
「もうホテルなので問題ありませんよ」
「ホテルってことは出張ですか?」
「ええ、東北の方に」
「へえ、行ったことないなあ。お土産はありますか?」
「……期待されてるようなので買って帰ります」
「やった! 電話をかけて正解でしたね」
鈴を転がすような笑い声がして、電話の向こうで喜ぶ姿が目に浮かぶ。
好き嫌いはしないけど甘いものだと嬉しいです。などとささやかな希望を聞き入れながら、こんな些細なことで気を良くしてくれるとは良くも悪くも単純だなと思い、自然と口元が緩んだ。
あちこちに話題を飛ばして喋り続けていた彼女の声が、一瞬止んだ。時計に目を走らせるともう30分ほど経過している。明日も平日だ。休んだ方がいいだろうと彼女の名前を呼ぶと、やや固い声音が返って来た。
「あの……ちょっと確認しておきたいことがあるんですけど」
「何でしょう」
「メッセージ、壁打ち状態でしたけど迷惑じゃありませんでしたか?」
一人で悩むなと前回言って聞かせておいて正解だった。彼女は自分に気を回しすぎる。もう少し肩の力を抜いて過ごして欲しいものだが、彼女の気持ちの大きさも何となく察している七海には切り出しにくかった。
代わりに、メッセージを見た瞬間の率直な感想を伝えておくことにした。
「いいえ。むしろ殺伐とした業務を終えた後に見て良い気分転換になりました。ありがとうございます」
「本当ですか? お役に立てて何よりです! ……そう直球で言われると照れますね」
「アナタがそれを言いますか?」
今まで散々真っ直ぐに言葉を紡いだのは彼女の方だろうに。
「私が直球投げても七海さんは別に照れてないでしょ!」と拗ねたような口振りの彼女へ、照れはしないが好ましく思っていると伝えたらどうなるだろうか。しかし、そういうことは直接顔を見て言った方が面白そうだなと思い至り、七海は強引に話題を変えた。
「他に、私に言っておきたいことや聞いておきたいことはありませんか?」
「え、うーん、そうですね……。ああ、コロッケはお好きですか?」
「は?」
「最近見つけたお肉屋さんのコロッケがすごく美味しかったんで、七海さんにも食べて欲しいなと思いまして! お嫌いでした?」
「いえ、特に好き嫌いはありませんが……」
「それなら今度一緒に行きましょう! こっちに帰って来たら連絡くださいね」
ある程度理解があるようなので、仕事にまつわる話も聞かれたら答えるつもりで返事を待った七海だったが、返ってきたのは予想外の質問だった。呆気にとられている七海に気付く様子もなく、ナマエは明るく約束を取り付けて、「長々とすみません。それじゃあ、おやすみなさい」と通話を切った。
静かになった携帯を見つめ、コロッケひとつで東京へ帰るのが楽しみになってしまった自分も随分単純だと七海は思うのだった。