裸足で深海を行け_4

「最近、心霊スポットやそれに準ずる場所を訪れたりしましたか?」

 終業後合流し開口一番七海にそう問われ、後ろめたいことなど何もないのにナマエは条件反射でドキッとした。怪談の導入のような一言だったからだ。相手の目が真剣だったことも、焦りを加速させる。

「いえ、行ってません。……あ、いや、この前出先から直帰した時に通った道が、街灯がある割に暗くて怖かったような……。でも私も鈍いので、言われてみれば……の域ですけど」
「なるほど。今後はより明るく人通りの多い道をお勧めします」
「……もしかして何か憑いてます?」
「まあ、はい」

 ギョッとして背後を振り返ってみたが、もちろん何も見えなかった。霊感のようなものはないのだから当たり前だ。しかし、隣を歩く彼の視線は明らかに肩の上あたりに向かっている。ドッと心拍数が上がり、嫌な汗が背中を伝う。
 言われてみれば確かに数日前からなんとなく肩が重い感じがあった気がする。しかしナマエからしてみれば、肩の異常なんて定期的に発生するものである。もしや七海と知り合う以前も知らぬ間に何かを付けていたりしたのだろうか。

「私、憑かれ易かったりするんですかね?」
「いえ、偶々だとは思いますよ。アナタの場合、根の明るさもあって普段どおりに過ごしてれば私が手を出さずとも低級呪霊ならば嫌がって離れていくと思います。ミョウジさん、今週は残業続きだったとおっしゃっていましたしそういう方面に免疫が下がっていたのかもしれませんね」
「免疫……」
「呪霊はどうしても怖がる気持ちや負の感情などに反応してしまうので、ミョウジさんにとっては気にしないことが1番の対処法でしょうね。あとはよく寝て体を休めてください」

 なるほど、負の感情が良くないのか。ナマエが七海のありがたい講義を咀嚼し感心していると、丁寧に名前を呼ばれた。

「少し頭を下げてもらって良いですか?」
「あ、はい」

 言われたとおりにするとビュッと音を立てて七海の手が空気を切った。途端に肩が軽くなる。電車の中で助けられた時と同じ、頭の中の明るさが2段階ほど上がったような感覚だ。前回も今回もナマエには何も見えておらず詳しいことは全く分からないが、七海に対し頼りになるなあと思うとともに、自分くらいはこういうものと無縁でいたいなと思った。
 七海の人付き合いは同業者がほとんどだというし、自分と居る時くらいは仕事のことは忘れてリラックスして欲しいものである。

「おお〜。軽くなりました、ありがとうございます!」
「問題が残るようなら病院へ。……今日の予定は延期しましょうか?」
「そんな殺生な! 私にとって七海さんと会ってお話しすることが一番の健康法なんですよ!」
「非論理的な意見ですが、分かりましたから声のトーンを落としてください」

 熱弁するナマエを一瞥し、七海が頷く。こちらを気遣ってくれたのかやや緩やかになった歩調に合わせ隣を歩きながら、彼の横顔を見上げた。

「ところで七海さん、すみません」
「はい」
「さっきの話に専門用語みたいなのが出てきたと思うんですけど、私が聞いても大丈夫なものなんですか?」
「そもそも機密ではないので問題ありません。仕事の話も、信じてもらえないことが多いので詳しく話さないだけで特に秘密にしなければならない訳でもない。もちろん、伏せなければならない部分も多少はありますが」
「えっ、そうなんですか?じゃあ私がお仕事のお話を伺うのは……?」
「聞かれれば答えられる範囲で答えますよ」
「ええ! 早く言ってくださいよ」
「何か聞きたいことはないかとこれまで何度か訊ねたと思いますが」
「あれってそういう意味だったんですか?! 私、すっごく馬鹿なこと聞きませんでした?」
「コロッケが好きかと聞かれたのは流石に予想外で面白かったですね。実際美味しかったのも良かった」

 淡々とした口調だが、七海の声がほんの少しだけ揺れた。眼鏡に隠された柔らかい感情を読み取ったナマエは、彼が笑えたならまあ良いかと持ち前の楽観を発揮するのだった。


 道すがら聞いた話によると七海の職は呪術師と呼ばれ、呪霊というものを祓うことが仕事らしい。呪霊の中には目が合うと襲ってくるものも少なくないため、視線を隠すためにサングラスなどを着用する人もいるのだそうだ。七海のサングラスを眼鏡だと思い込んでいたナマエは、彼の目元をじっと覗き込んだ。眼鏡にしては瞳が良く見えないと思っていたが、なるほど確かに色がついている。
 話してくれるまで待っていようと考え控えていた質問をいくつか話題に挙げながら、2人は華金の夜を歩く。
 コロッケのお礼にお勧めの店に連れて行くと言われてやや身構えていたが、連れて行かれた先は雰囲気の良いこじんまりとした居酒屋でほっと胸を撫で下ろした。彼が普段着ているスーツも根が張りそうなので、金銭感覚も自分とかけ離れているんじゃないかという心配は杞憂だったようだ。
 席について簡単に注文を済ませた後、ナマエは思い出したように財布を出した。

「さっきのお祓いのお代払います」
「結構です」
「そういうわけにはいきませんよ。七海さんはプロなんですから、仕事の対価はしっかり貰わないと」
「恋人を元気にしたいと思って行動することは仕事のうちには入りません」
「こっ、!」
「何驚いてるんですか」

 珍しい言葉選びに思わず目を丸くすると、彼は呆れ声を出した。個室に腰を落ち着けてからサングラスが外されたため、その冷ややかな目がよく見えた。そんな顔もかっこいいなあと思うくらいに、浮かれていた。ここへ来るまでの会話を通して、彼が自分に気を許してくれていることが分かっているからだ。

「だって好きな人の急なデレは、心臓に悪いですよ」
「アラサーの男に向かってデレという表現はやめてください。寒気がします」

 変わらず、遮るものなしに冷ややかな視線を浴びるナマエは、そう言われてもなおやはり気を良くして笑うのだった。

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