36話 ゆっくり歩もう、僕達のペースで。

36話 ゆっくり歩もう、僕達のペースで。


ストーカーの件が解決して、僕達は平穏を味わっていた。

「……うーん、ここか?いや、こっち?」

「うん?洵どーした??」

ある休日の昼。
僕はリビングのソファーに座り、iPhoneを見ながら「ここ??いや、こっちも捨て難い」と唸る。

そんな僕を見ながら、春樹はアイスコーヒーを僕の分も作って来て隣に座る。

「いや、ジムに通おうと思ってて」

「ジム?またなんで」

「だって……僕は非力だから、いざと言うとき春樹を守れないと思って」

「もうストーカーは解決したじゃん」

「また現れるかもしれないし」

僕がそう言うと春樹は「やめろ馬鹿、縁起悪い」と渋い顔をした。

「でもまあ確かに腕とか細いよな」

「こんなんだよ?ひょろひょろ」

「あはは!確かにひょろひょろ!!」

僕は腕に力を入れてチカラコブを出そうとするが、そんなものありもしなかった。
春樹に笑われる。悲しい。
秋斗さんや、雅さんのような逞しさが欲しい。

「じゃあ、私も通おうかな」

「なんで?」

「誰かさんとあんまシてないから欲求不満解消に」

にししと笑う春樹に「仕方ないでしょ」と笑う。

「まあ、泪の妊娠でホント軽率だって思ったしな。……でも、でもさ、あともう少し時間くれたら、吹っ切れる気がするんだ」

「両親の事?」

「うん。だから、あの、えっとな、」

「うん?」

春樹は視線を泳がせたり、忙しなく自分の身体を触ったりして落ち着きがない。
顔は、仄かに赤い。

「よかったら、なんだけど、私達も、その、結婚、しない??」

「え?!い、いいの?僕で……」

「……私は、洵がいい。でも、もう少し時間欲しい」

「うん。僕達はゆっくりいこう。僕もまだ父親の事吹っ切れてないし」

結婚して、子供が出来て、子供が自分の祖父が強姦魔だと知ったらどれだけ傷つくだろうか。そればかり考える。

春樹は春樹で、自分が親や叔母のように暴力を振るわないか心配で。

何かのきっかけがないと、僕達は前に進めない。

僕達はそれから相談して、スタジオやプールもあり、ダンスレッスンや水泳も楽しめるジムに2人揃って入会した。

って言っても、僕は運動音痴で。
ダンスレッスンでは1人だけなんか違うし、プールでは泳げず歩く事しか出来なくて悔しくなる。
まあ、マシンは割と楽しいから、僕はマシン中心にして鍛えることにした。

春樹はマシンもやるけど、ダンスレッスンやプールでの水泳が多め。

でも、2人とも休みの日や、仕事が終わる時間が同じ位の日に決まって揃ってトレーニングに励む。

そんな事が続いて3ヶ月。
10月は春樹の誕生日がある。
春樹は今年で24になる。
僕は今、19だ。
僕たちは、僕が17、春樹が22の5月に出会った。

出会って、2年半。

そして、付き合って、1年以上経つ。

そんな、春樹と秋斗さんの誕生日前日。

「なあ、お前ちょっと逞しくなった?」

「え、ホントですか?」

「うん、肩幅とかがっしりしたんじゃね?」

CDショップの仕事の休憩中に秋斗さんにそう言われて、嬉しくなる。

秋斗さんは「おお、逞しい逞しい」と言いながら僕の身体を触る。

「くすぐったいんですけど」

「男になったなぁ。あんなひょろひょろだったのに色気付きよって!」

「あははは!やめてくださいよ!!」

秋斗さんにくすぐられてホントに腹が捩れるほで笑ったけど、これ、雅さんに知られたらヤバいやつ。

「あ、玖木くん。ちょっといい?」

「??店長??大丈夫ですけど、どうしたんですか??」

休憩室に入ってきた店長は僕に用事があるようだった。

「イチャついてるとこ悪いね。ちょっと話あるんだけど」

「いや、イチャついてませんけど」

「まあまあ」

秋斗さんが「オレお邪魔ですか?」と言って休憩室から出ていこうとするが、店長は「キミに聞かれてまずい話でもないからいいよ」と引き止める。

秋斗さんは居心地悪そうにしながらも休憩室に残った。

「あの、話って?」

「キミ、正社員にならない??」

「え?!!」

驚く僕の肩を秋斗さんは「すげぇじゃん!」とバンッと叩く。

地味に痛い。

「え、正社員、て、あの、」

「玖木くん、勤務態度真面目だし、仕事熱心だし、丁寧だからお客さんからの評判もいいんだよね。マネージャーも是非って言ってるし、考えといてくれないかな?」

「あ、は、はい」

店長は「いい返事待ってるよ」と言い、休憩室を出ていく。

「よかったじゃん、洵」

「え、正社員、て、僕、あの、え、マジか」

「落ち着けw」

考えたりしなかった。
バイト掛け持ちしていて生計が成り立っていたし、不自由もしてなかったし楽しかったけど、やはり掛け持ちは大変だった。

でも、正社員は責任が重い。
でも、やってみたい。

「……春樹が、結婚しないかって言ってくれてるんですよ」

「え、マジか!」

「うん。まだ僕達は親の事吹っ切れてないからまだ出来ないねって話してるけどいずれはしたいねって言ってて。正社員、ちょうどいい機会かな」

「だなー。ここ正社員の給料結構いいし、いんでない?わかんねー事あったら言えよ」

「うん、ありがとう」

とりあえず今日春樹に相談するかな。

「あ、秋斗さん、明日、誕生日おめでとう」

「ん?ああ、サンキュ。明日お前も休みだよな?春樹とどっか行くの?」

「いや、家でケーキとか食べながらイチャイチャするつもりで」

「なるほど。ヤんのか」

「……違うし」

秋斗さんはニヤニヤする。

秋斗さんと雅さんは、雅さんが頑張って休みを取ったから初デートした水族館に言ってからイタリアンレストランでディナーするらしい。

大人だなー。

それから帰って、春樹に、今日店長に正社員にならないかと言われたことを話した。

「え、すげくない?お前の事認められたって事じゃん!」

やったな!!と春樹は僕の頭をワシワシ撫で回す。

「わわっ、春樹!!」

「ふふ。洵が認められて嬉しいよ。最高の誕生日プレゼントだわ」

「ちゃんと買ってあるけどね」

「えー!?なにー?!プレゼントなにー?!」

「明日のお楽しみー!」

僕達はじゃれあって、また1日を終える。


ーつづくー