平和に行きましょう。

7月、家に招待される。そして、まさかの恋を自覚する(慶人視点)


7月、家に招待される。そして、まさかの恋を自覚する(慶人視点)


あれから少し練習を見て、俺は玖木家の夕飯に招待された訳だが。

「「「「ただいまー」」」」

「お、じゃまします……」

やべぇめちゃくちゃ家デカいし、洵さんに会うの久しぶりすぎるし、憧れの春樹さんに会うとか無理すぎるんだが……。

「あ、慶人さん、犬は大丈夫ですか?」

「え、犬飼ってんの?いいな。俺犬好きだよ」

緊張してたら洵太がそんな質問をしてくる。

犬!!
犬種はなんだろう。
あんまりデカイのは得意じゃないけど、そういやさっきから小型犬特有の甲高い鳴き声聞こえるな。

すると、リビングの扉が開き、小さい犬……シーズー?と言う犬種だと思う。が飛び出してきて、俺達の足元でわふわふとはしゃぐ。

俺はそれが可愛くて、「うお、ちいせぇ!!可愛い!!」とテンションを上げる。

その犬は立夏と言うらしく、夢中になっていたらリビングから、洵さんが顔を出す。

「おかえり。あ、慶人くん、久しぶりだね。いらっしゃい」

「お、お久しぶりです……」

人の良い笑顔を浮かべている洵さんだが、俺の知る洵さんとは真逆過ぎて俺は困惑から緊張が最高潮になる。

そんな俺とは裏腹に、洵さんはニコニコしながら足元で絡みついていた立夏を抱き上げる。

「もう夕飯できるから、先に手洗っておいで」

「「「「はーい」」」」

「あ、は、はい」

俺達は洗面所に向かい、手を洗いに行く。
4兄弟はぎゃあぎゃあ言いながら順番に洗ってて、俺は最後に手を洗う。

「あの人、ホントに玖木洵?」

「え?そうだよ?」

「そんなに違うんですか?」

「全然違う。あの人、俺が最後に見た時、今にも人生投げ出しそうな顔してたし」

記憶の中の洵さんはずっと世界を恨んでいて、絶望していて、いつ死んでもおかしくなかった。
でも、変わったのか。春樹さんに出会って、子供たちに囲まれて、幸せを手に入れて……。

「……変わったのか」

それに比べて、俺は……と呟いたとき、冬樹が切なそうに俺を見つめていたことを、俺は知らなかった。



「おっ、そいつが雅の弟??めちゃくちゃ似てんな!」

春樹さんがダイニングテーブルに料理を並べながら俺に笑いかける。
一瞬顔をボッと赤らめてしまった。
憧れのボーカリストが、目の前にいる。
俺はとても高揚した。

「私は玖木春樹。そいつらのかーちゃんだよ!」

「あ、は、はじめまして!慶人です。俺、«sins»の大ファンで……」

「マジ聴き込んでるらしいよ!」

「春風!!」

春風のその茶化しに狼狽える俺に、春樹さんは、あはは!と楽しそうに笑う。

「嬉しいな。雅にはいつも世話になってるし。あ、座って?食べようぜ」

「は、はい」

「めしー!!」

「春風五月蝿いよ。なんでお前はいつもそんな五月蝿いの。慶人くんに笑われるよ?」

わいわい言いながら夕飯を食べていく。
今日は炊き込みご飯に、鶏むね肉の梅しそ巻きとポテトサラダと、コンソメスープだった。

春樹さんの料理はどれも美味い。

箸が進んで、止まらない。

でも、意外だな。

「春樹さん、料理上手いんすね」

「そう?まあずっと自炊してたし、母ちゃん歴ももう15年くらいだからな」

「でも、冬兄さんも上手いんです、料理」

「え?!」

洵太の言葉にめちゃくちゃ驚愕としか。
そんな俺を怪訝に見る冬樹。

「なんだよ、その意外そうな顔」

「いや、めちゃくちゃ意外。お前、家の手伝いとかしなさそうだし」

「いや、洵菜の方がしない」

「母さん!!」

怠惰さを春樹さんに暴露されて、顔を真っ赤にする洵菜に、春樹さんは舌を出した。
お茶目な母ちゃんだなぁ。
家の母さんとは大違いだ。
いや、てか、そんな反応するくらいなら手伝えよ。

「慶人くんは自炊はあんまりしないの?」

「あー、あんまり得意じゃなくて…………でも、洵さん変わりましたね」

「自分でも思うよ。あんなに死にたがってたのに、今は幸せで、精一杯、家族と生きていきたい」

洵さんの苦しみは洵さんしか知らない。
でも、壮絶なつらさが彼を取り巻いていたんだろう。
でも、春樹さんが、冬樹たちが、いるから。

春樹さんは優しく微笑んでいた。

「……俺も、洵さんみたいに、変われるんでしょうか」

「変われるんじゃね?」

「ママ?」

春樹さんは何か悪戯っ子のようなそんな笑顔で一瞬冬樹を見て、俺を見る。
冬樹??なんでだ??

洵さんも春樹さんがなんでそんな自信満々なのかわかってない。

「まあ、愛しい人と愛し合えたら変わるもんだよ。私もパパもそうだったし」

「愛しい、人……」

穏やかに笑う玖木夫妻。

俺は復唱してから、ふと、冬樹を一瞬見て、目をそらす。

なんで、俺は今、冬樹を見たんだ??

カァッと顔が熱くなる。

だって、俺はノンケだし、冬樹はどう見ても男だし、7歳も年下だし……。

あの変な夢のせいだ。

だから、違う。


……違う。



「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

夕飯を食べ終えて、しばらく話をしてから、俺は「もう帰ります」と立ち上がる。

「家何処?送っていくよ」

「いえ、近くなんで」

「まあまあ。車で帰った方が安全じゃない?慶人、可愛いから襲われるかもだし」

「はあ?!!」

春樹さんのトンデモ発言に俺は困惑する。
そして、「こんな髭面誰も襲わないでしょう」と言うと春樹さんに「でも、似合ってないぞ?」と言われてしまう。

似合ってないのは俺も知ってるよ!!

「なんで慶人さん、髭伸ばしてんすか?」

「え、別に……」

春風が興味津々に聞いてくるが、俺は答えない。

しかし、

「私は、童顔だから髭ないと未成年に見えるに1票入れるな」

「私もー」

春樹さんと洵菜の言葉に「う"っ……」と詰まった。
そんなんだよ。
俺は童顔過ぎて髭がないと未成年に間違えられる。
けど煙草吸うからめんどくさい事にならないように髭生やしてんだ。

悪いか。


結局、洵さんに押し切られて送って貰うことになった。
冬樹に「またLINEする」と告げて、玖木家を出て、洵さんのワゴンの助手席に乗る。

「ごめんね、うるさかったでしょ?」

特に双子と春風が。と洵さんは笑う。
双子はおかずを取り合い、春風はひたすらに最近あったことを食べながら話していた。
行儀は悪いが、でも、

「……いいじゃないですか。こんな賑やかなの初めてで楽しかったです」

「……叔父さんたちは厳しかったからね」

俺の親父と母さんは厳格であり、食事中はテレビもつけれないし、話すことさえ許されない。
箸の持ち方がおかしいと打たれた。

俺もこんな賑やかな夕飯を食べてみたかった。

「……また来てよ」

「え?」

「冬樹も喜ぶから」

ニヤリと洵さんが笑うので、嫌な予感がした。

「冬樹、ずっと叶わない恋してるんだよね。まあ、キミのお兄さんになんだけど」

「いや、知ってますけど、なんで、」

「慶人くん、冬樹のこと好きなんじゃないの?」

好き?

俺が?

冬樹を??

少し思考停止してから、ボッと顔が熱くなり、赤くなる。

え、嘘だろ?
俺は、いや、まさか、なんで?!

「図星か」

「いや、でも、まさか、あの、俺は……」

洵さんは前を見つめながら優しく微笑む。

「冬樹の幸せとキミの幸せを僕は応援するから、なんかあったら言ってきてよ」

「いや、でも、あの」

「これ、僕のLINE IDだから」

洵さんは左手をハンドルから外し、来ていたワイシャツのポケットから1枚の紙を取り出し、俺に渡す。

リストバンドが目にかかる。

よかったら登録しといて。
と洵さんが笑うから、俺は素直に受け取った。


「今日はありがとうございました」

「ううん、じゃあ、またね」

「はい」

洵さんと別れ、マンションの部屋に入る。
俺は玄関先でズルズル座り込み、頭を抱える。

「……嘘だろ」

認めたくないけど、自覚してしまった恋。

でも、心は躍らない。

だって、アイツは、俺の兄さんが好きなんだから。


ーつづくー

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