平和に行きましょう。

8月、どうしても、また、笑い合いたい(冬樹視点)


8月、どうしても、また、笑い合いたい(冬樹視点)


8月になり、課題にバイトにバンド練習に忙しくしていても、気持ちは全然落ち着かない。
あの7月の日の慶人さんとのキスを思い出して感情が忙しなく乱高下する。

あれから、慶人さんとは連絡をとっていない。
俺からもしないし、慶人さんからも、来ない。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……」

オフの日。
俺はリビングの大きなソファーにうつ伏せになり唸っていた。

ドスンっ

「ぐえ……」

何かが腰の辺りに乗る。
この重さは立夏ではない。
誰だ??

「なーに?なんか悩んでんの?」

「……母さん」

楽しそうな、でも心配したような母さんの声が上から聞こえてくる。
振り返る。母さんが心配そうに笑っている。

「……慶人となんかあった?」

「……なんで?」

「慶人と遊んだ日から様子がおかしいから」

やっぱり、母さんには敵わないな。
なんでもお見通しか。

「ちょっと、喧嘩した」

「仲直りできそうにないのか?」

「わかんない」

母さんは俺の上から退いて、また俺を見下ろす。
そして、試すような顔をする。

「冬樹は仲直りしたいの?したくないの?」

「したい、けど」

「けど、なに。仲直り出来ないようなことしたのか?」

母さんは少し怒りを見せる。

『仲直り出来ないようなこと』。

例えば、無理やり、犯すとか。
例えば、無理やり、キスするとか。

したんだよな。俺。

「……同意無しでキスした」

「馬鹿か」

「…………だって」

はー……と母さんはため息を吐く。
呆れたよな。
母さんと父さんはそういう『無理やり』って行為、嫌いだから。

「ちょっと、待ってろ」

「え??」

母さんはリビングから出ていく。
どこか……家の中で……に行ってから少しして、母さんは2枚の紙切れを持って戻ってくる。

「これやるから、2人で行ってきたら?」

「«PAiN»の……大阪、ファーストライブ??」

「そう」

ホントはパパと2人で行くつもりだったんだけど。と母さんは残念そうに笑うけど、ん。とチケットを俺に差し出してくる。

聞くと、«PAiN»の家族にそれぞれ1枚ずつ、雷兄たちのとこは2枚、なずな姉のとこは4枚特別に運営が用意してくれたらしいけど、雷兄たちのとこが2人とも行けなくてうちに回ってきたらしい。

「大阪が最初のライブなんだな」

「関西のファン増やしてからだってさ」

「ふーん。でもいいの?父さんと行きたいんじゃ………」

母さんはふと、聖母のような微笑みを見せる。

「子供の幸せのが大事だよ」

「母さん……」

母さんは、「ライブはまたあるけど、慶人との時間は今しかないから」と語りかけてくれる。

「行っといで。でも、ホント無理に変なことしたら親子の縁切るから」

「うす」

「同意ありならナニしてもいいけどー!」

「はぁ?!」

うしし!!といたずらっ子の様な笑い方をする母さん。
ちょっとそういうとこあるんだよな!!
下ネタ好きというか!!

「まず謝らなきゃなんだけど」

「とりあえず、誘ってみなよ。アイツ、«PAiN»も好きらしいしワンチャンあるぞ。ホテルなら代金出してやるし、次の日観光でもしたら?」

「うん、ありがとう」

俺は2枚のチケットを手に部屋に戻る。
iPhoneを手にして、しばらく固まる。
いや、なんてLINEしたらいいんだ?

«PAiN»のライブチケットあるから行かない?2人で!大阪だけど!!泊まって次の日観光しない?!

だめだ。引かれる未来しかない。

でも、また、笑い合いたい。

〜♪♪

「?!」

iPhoneの前で唸ってると、急にそれがLINE通話を着信する。
ディスプレイを見ると、慶人さんの名前。

「はい?!」

『……あー、冬樹?』

「うん、どうした??」

慶人さんは少し唸って、答える。

『……お前の、声が……聴きたくて……』

「……っ」

少し涙声なその声に愛しさが募る。
ああ、好きだ。
慶人さん、好きだよ。

俺は、手を握りしめた。

「け、慶人さん、あのさ、«PAiN»ってバンドあるじゃん?」

『……ん?ああ、あのスリーピースの?』

「その、そのさ、ライブチケットあってさ……大阪だし、良かったらなんだけど泊まって次の日観光とか、どうかなって、思うんだけど……」

『…………行きたい。俺、«PAiN»好きだし』

よし!!!
母さんありがとう。

俺、ちゃんと謝って、仲直り、したい。

あわよくば、ちゃんと『好き』って、伝えたい。


そして、大阪行き当日。
母さんには口酸っぱく無理強いはするなと言われた。
洵菜はねむた目で微妙な顔してた。

そんな朝。
新幹線乗り場で慶人さんと待ち合わせする。
少し待つと眠そうな慶人さんがやってくる。

「あ、おはよう!」

「ん。はよ。また、お前のが早いのな」

「なんでだろうな。慶人さんも遅くないのに」

慶人さんは切なそうに視線を逸らして、また俺を見つめて言う。

「そんなに俺に早く会いたいの?」

「うん」

俺は真剣な目で答える。
だって、好きだもん。
早く会いたいよ。

すると慶人さんは、真っ赤になって視線を泳がせる。

「……っ、馬鹿じゃん」

「慶人さん、そろそろ時間だから行こう」

「あ、ああ」

今日、伝えるね。
ライブが終わったら、貴方に『貴方が』好きだよって、伝えるよ。

新幹線に乗って、しばらく話をしていたけど、慶人さんが眠そうにしている事に俺は気づいた。

「眠い?」

「ん。あんま昨日眠れんかった」

「寝る?まだ時間あるし」

「……肩貸して」

「え?!!」

慶人さんは俺が許可する前に俺の肩に頭を乗せてくる。
くそ可愛すぎるんだが。
しばらくすると、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。

チラッと寝顔を見るとやっぱり童顔なだけあって10代くらいにしか見えない。

あれ?今日髭剃ってる??

なんでだろう。
煙草のにおいはするから辞めたから剃った訳ではなさそうだけど。

うーん、慶人さんがちょっとわかんないや。

まあ、深く考えるのは辞めよう。

俺は慶人さんの寝顔を見たり、iPhoneを弄ったりして移動時間の暇を潰した。



ーつづくー

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