藤の香

一寸先は闇である。いつ、そのときが訪れるのか誰も知らない。
すでに日はとっぷりと暮れていた。夕食を食べ終え、湯飲みに茶をいれたとき、鴉が飛び込んできた。

「緊急招集ーーッ!」

かん高い声に水面が微かに震えた。名前がまばたきをしたときには、もう蜜璃は走り出していた。

「産屋敷邸襲撃ィ!!」

鴉の声は遠くからでもよく響く。ああ、と名前は思う。いよいよはじまったのだ、きっと。
名前は戸締まりを確認し、屋敷の四方に藤の香炉を設置した。もしものときのために用意してあったものだ。自分の首のあたりには、蜜璃に贈られた香油を塗っておく。白い薔薇のなかに藤が隠された香りは、おまじないのようなものだった。
それから名前は朝食の準備をすることにした。まだ夜明けまで遠いが、たくさんたくさん作ろうと思った。帰ってくる彼女のために、たくさんの仲間のために。

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