懐かしい夢を見た。あれは私がこの世界に来た時の夢。結局、女神が言いたかった事が何だったのかは分かってない。けれど、私の今の状況がとてもレアである事には変わりない。何せ、王命によって私は第四王子として生を受けたのだから。
これまで、一切女扱いされた事はない。学園にも通えず、ただ体が弱いという対外的な理由をつけて、公式の場にも少ししか出た事はない。王がなぜ私を王子として育てたのかは知らない。大方、政略結婚が目的なのだろう。もちろん、それは王女でもいい事案ではある。けれど嫁に行くという事は文字通り、王の手を離れて別の家、引いては国の人間になるという事。逆に言えば、嫁を貰えば別の国や家の人間を、こちら側に引き込むことも視野に入ってくる。短絡的な考えだが、うちの王はそういう人間だ。自分の権力を強くすることしか考えていない。これ以上、強くなってどうするのかは、知ったこっちゃないんだけど。
それはそれとして、今日は私の妻が来る日。女である私に妻が来るなんて、本当に申し訳ないんだけど、王命だから、私は逆らえない。しかも来る女は隣国で大悪女として名を馳せたルーナ・ララベル公爵令嬢。多くの男と浮き名を流し、隣国の第一王子の元婚約者で、現在の婚約者である彼の国の聖女を貶めたとして、弱小属国である我が国のしかも第四王子と結婚させられる。私は罰か、罰なのか。それもこれも、自分の権力だけで、国力を育てようとしなかった王が悪い。
と、愚痴はここまでにして。
「…お待ちしておりました」
「ルーナと申します。殿下…」
礼儀正しくお辞儀をする女性。光を全て吸収してしまいそうなほどの深い黒髪と、夜をそのまま写したようなインディゴの瞳。そして不健康なまでに痩せ、白くくすんだ肌、何も浮かばない、あえて言うなら無を浮かべた表情。本当に彼女があの悪名高き、悪女なのだろうか。いや、いわゆる悪役令嬢と言われる少女が、まともな生活を送っていた訳がない。
「ルーナ、…大変な思いをしたと聞いています。まずは、心と身体を休めてください」
「え……?」
「マリア、湯浴みの準備を。食事は消化の良いものにして、無理はさせずに眠れる準備をして下さい」
「あっ、あの、……!」
焦った彼女の顔に、表情が灯る。私は別に噂を聞いただけで、彼女がしたことを見た訳じゃない。本当に悪女だったのなら、それまで。ただ今は、私の婚約者として守ってやらねばならない存在で、この小さな少女を守りたいと思ったのが本心だ。
「大丈夫。今は身を任せてください」
「っ……はい」
小さく頷き、今にも倒れそうな彼女をマリアに任せ、湯浴みへ向かわせる。彼女を連れて来た行者は冷たく業務的で、ただ最低限のやり取りを終えた後、そそくさと帰って行った。持参金などはきっと王か宰相が懐に入れるだろう。私はまず、彼女を見極めて、今後を決めなければならない。
いずれにせよ、この国は出ていくんだけれども。
ルーナは湯浴みの後、そのまま眠ってしまった。マリアから話を聞くに、もう何日も食事をしていない様子で、噂とは違い、侍女やメイドに手を上げる所か、きちんと御礼まで言われたと喜んでいた。これだけで噂の真意を見極めることはできないけれど、あの状態で演技が出来るとも思えない。まずは彼女の話を聞く必要がある。
「寝顔は、可愛いね」
様子を見に来て、覗いた寝顔はまだまだ少女らしさの残る顔。痩せ細った頬を撫で、彼女が大悪女でない事を願った。