すっかり腕の痣もなくなり、昴の「もう大丈夫でしょう」とのお言葉もいただいた遙は、工藤家の自分の部屋と化している室内で、絵の模写をしていた。いつもお世話になっているのは骨格フィギュアの≪骨虎(命名:遙)≫で、身はないのに勇ましさを感じた遙が数年前にネットで一目惚れして購入した関節可動式フィギュアだった。
「骨虎〜今日も背中の練習に付き合ってくれよ〜下からのアングル何度練習してもうまく描けねえ…頭ではこうなるってわかってんだけどな…」
いざ描くとなると、イメージしてんのとは違う形になってすげえ下手くそなんだよな…と溜息をついた遙が、いじけて骨虎の頭部を指先でトン、と押しているとスマホの着信音が鳴った。遙が画面を確認すると、そこには江戸川コナンと表示されていた。
「はいはい、ただいま出まーす!」
―― 遙が電話に出たのと同時刻。
蘭は、新一の家を掃除しようと、園子と共に工藤家を訪れた。園子と会話しながら工藤家の玄関を開けた蘭が、首を傾げて「あれ?」と呟いたので、園子が「ん?どした?」と蘭に問いかけた。
「家の中…ちょっと暖かくない?」
「そーいえばそうねえ…それにホコリも溜まってないような…」
園子がそう答えながら玄関の扉を閉めていると、蘭が嬉しそうな顔をして家の中へと走り出して、「新一〜!どこ!?いるんでしょー!?返事して!!新一〜!?」と大きな声で新一の名前を呼びながら部屋の扉を開けていると、洗面所でガタッと音がしたので、蘭がはっとなり洗面所に向かい、「もォ!帰ってるなら帰ってるって教えてよね!」と言いながら扉を開けた。―― 蘭の動きが、一瞬止まった。
「あ、あなた…誰?」
「あ…いや…」
歯ブラシ片手に昴は、ピンチに陥った。
「ちょっとウソ、泥棒?!」と吃驚している園子に「園子下がって!」と鋭く告げた蘭が、気合を込める。そして「だから…」と汗を浮かべている昴に向かって蹴りを入れたと同時に、「待て待てらーーーん!」という慌てた声が蘭と園子の背後に届いた。
―― コナンから電話を受けた遙は、「お前ちゃんと昴に言っとけよ…!」と慌てて階段を降りた。階段を一段飛ばしで降りると、洗面所から蘭の気合いを込めた声が聞こえたので「蘭のやつまさか…!」と遙は冷や汗を浮かべて洗面所に走り、「待て待てらーーーん!」――…その人蹴っちゃだめだし殴っちゃだめだぞ!との意味を込めて叫んだが、間に合わなかったらしかった。
蘭と園子が、驚いた様子で後ろを振り向いて、二人で同時に名前を叫んだ。
「遙さん!?」 「遙兄!?」
遙が、額に手を当てて深く息を吐いた後、蘭と園子に「蘭も園子嬢もどいたどいた!」と告げると、顎を抑えて尻餅をついている昴に近寄って「昴…!大丈夫か!?」と心配そうに昴の顎を抑える手の上に自分の手を添えて「見せて!」と言葉をかけた。すると、昴は「…大丈夫ですよ、遙」と答えると、怪訝そうな表情をしている蘭に「あの…携帯電話鳴ってますが…」と立ち上がりながら教えると、「あ…」と蘭が呟いて電話に出た。
相手はコナンだったようで、驚きながら会話している蘭を横目に、遙が昴に耳元で口を開いて「…ごめん、コナンから電話かかってくんのと蘭が家に着いたの、同時だったみたいで…昴、顎大丈夫か?」と不安げな表情で聞いてきた。昴がそれに歯磨きしながらふっと微笑む。歯磨きを終わらしてから、するりと、柔らかい遙の頬に手を添えた昴が「あなたに心配されると、嬉しいですね」と意地悪そうな笑みを浮かべたので、遙は「大丈夫なのか…?大丈夫じゃないのか…?」と答えになってない返答をした昴に首を傾げていた。
洗面所を出た昴に、蘭は「どうもすみませんでした!訳も知らずにいきなり蹴り飛ばしちゃって…」と謝ると、昴は「いやいや…」と答えた。園子が「そうよ蘭!こんなイケメンの泥棒なんかいるわけないんだから!」と蘭に告げると、「なによ!園子だってざまーみなさい」とか言ってたじゃない!!」と蘭が胡乱げな視線で園子に答えた。それに昴が「まあ、すぐに説明出来なかった僕の方にも非がありますから…」と言って、「遙も降りてきてくれましたし」と遙の肩に手を置いたので、園子が「そうよ!」と表情をギラリとさせて一歩近付いた。
「遙兄!いたんならもうちょっと早く降りてきなさいよね!」
「俺も電話中だったの!」
「ったく…ほんっと遙兄はのんびりしてるからダメなのよ!」
「園子嬢…もっと優しく…包んで…」
園子の言葉に、胸を抑えてそう答えると、蘭が「遙さん、園子がごめんね…」と申し訳なさそうに謝ったので、それにカラカラと遙は笑った。そして、蘭の頭を優しく撫でて、「優しい蘭の言葉に免じて、園子嬢の言葉を許してやるかー!」と柔らかい笑みを溢したので、蘭が照れたように目を細めて「ありがとう、遙さん」と答えた後に、昴に視線を戻した。
「ところで、どこの大学院なんですか?」
「東都大学の工学部に…」
昴の言葉に喰いついた園子が、「あの…写メ撮っていいですか?後メルアドとかも…」と携帯を手に持って問うと、昴が「構いませんが…」と承諾した。その様子を見ていた蘭が、呆れたように「園子…京極さんに言いつけちゃうよ」と言ったので、園子が、「じゃあ写メだけ!」と答えた。遙が、園子のイケメン好きは筋金入りだよな、と苦笑いしていると、昴が「その前に何か買って来ても構いませんか?起きてからまだ何も食べてないので…」と言うと、蘭が「あ、何か買ってきましょうか?さっきのお詫びに…」と答えた。「じゃあお言葉に甘えて…さっき君たちが食べたウェルカムバーガーでも…」と昴が告げると、えっというような表情で蘭と園子が驚いた。
「あれ?言いましたっけ?ウェルカムバーガーに寄ったなんて…」
「いや、たわいない事ですよ…」
「気になったのは茶髪の君!僕のことを泥棒だと疑っている時点ではあんなに目の前で啖呵を切っていたのに…不審な男じゃないとわかった途端に今度は僕から離れ、ロングヘアーの君の後ろで隠れるように話している…普通は逆ですよね?」と告げる。そして「これは恐らく僕の事を少なからず好感のもてる異性だと意識し、自分の公衆を嗅がせたくないと気を遣ったから…つまりウェルカムバーガーで新発売されたニンニクの効いたガーリックサンドを食べたんじゃないかと思っただけですよ…」と言葉を続けた昴に、遙が感心したように「ほんとすげえ推理力…」と見つめた。
「す、すっごーい!!」と叫んだ園子に対し、蘭は「でも、ニンニク料理なら、ラーメンとかギョーザもありますけど…」と困惑した表情でそう言ったので昴は「携帯を扱う仕草で君たちがさっき寄ったのはハンバーガー店だと確信しました…」と答えたのに、園子が「え?」と呟いた。遙が「…仕草?」と首を傾げると、昴は「ええ」と頷いて遙に微笑んだ。