そうして銀色の邂逅は

―― 遙!あそこの喫茶店の気になってたランチ!大くんが一緒に行ってくれたのよ!
―― そうか!明美、行きたいって言ってたもんな、良かったな!
―― ええ!お腹いっぱいになってたんだけど、帰りにアイス専門店見つけちゃって…!奢ってもらっちゃった!
―― なんと…!明美…さん…?体重を気にしてたんでは…?
―― そっ!そういうのは!大くんとのデートではなしなし!
―― なんだと…愛は体重を超える…!

………きっと、君の笑顔は俺を幸せにした。志保の笑顔も、俺を幸せにした。明美と志保との幸福な思い出が、遙の心に雪崩れ込んできた。明美と恋愛話に花を咲かせ、時には志保の将来について議論して、前髪を切りすぎたと半泣きで洗面所から出てきて、それを俺が整えて、年に数回しかしない喧嘩もして、でもすぐに仲直りして、二人で笑い合って。志保も一緒に買い物に出掛けたりして、祭りのシーズンには明美と志保に着物の着付け方を練習して二人を着付けて、俺は時間なくなるからラフな甚平着て慌てて二人の手を引いて足早に祭囃子の鳴る方へ向かって。3人でほとんどの屋台を制覇して、ずっと笑ってて。祭りの大本命の花火をたまや、と叫んで眺めて……
――― 幸せだった。恋する気持ちとか、そんなのは一つだってなかったけど…俺たちは、ずっと一緒で、お互いが家族みたいな存在だった。大事だった。今もずっと、大事だ。

≪ おねがいだよ ずっと…たとえばけっこんしたって ずっといっしょにいよう ≫

遙の瞳から、涙が零れた。それを拭いてくれるあの優しい指先は、もう今は。

濃い血の匂いが、遙を覆った。彼女の美しい瞳が涙に彩られて胸が苦しい。誰か冗談だと、嘘だと、そんなはずはないと言ってくれないか。君はどうして、そんな、嗚呼、あけみ。

「……はるか  はるか、」「はるか、いいの。…なかないで、いいのよ」「まえ、にもいったでしょ?」「はるか、わらって…」「…はるかの、みりょく、っは、……っげんきと、えがお…よ、」「し、ほを……」

―― しほをまもってあいして ね。 あのこを…ひとりにしないであげて

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優しく触れるぬくもりを、目尻の辺りで感じた。遙「あ、けみ」と掠れた声で呟いてゆっくりと目を開いたが、そこに明美の姿はなかった。当然だ、これは夢だ。…明美と共に過ごした優しくも苦しく、絶対に忘れない夢だ。心と記憶には、明美と過ごした鮮やかな時間が偽りなく生きているのだ。そうして、ふと、じゃあさっきのは誰が…?と徐に顔を横に向けると、そこにはじっと自分を見つめる翡翠のように美しい瞳が二つ……!?!?!?

「なんっなんで!?」

いつ入ったの!?なんで当たり前みたいに寝そべってんの!?

「…泣いていたぞ。―― 明美の夢を見ていたのか」
「…えー…よく見るんです…っと!いうか!なんで昴…から滲み出てる赤井さんはここに寝てるんですかね!?」
「そうだな…君の部屋をノックしたが返事がなかったんで開けたら君は寝ていて、丁度寝返りを打ってもう一人寝られそうな空間が出来たんでな…ありがたく寝させてもらったぞ」
「はいそうですか、ってなると思いますかね!?」
「…そんなに驚かなくてもいいだろう。こんなことはこの先何回も起こることだ。きっと当たり前になるさ」
「あの、俺…成人男性に添い寝される年齢では、ない……」

んですけれども…と言葉を続けようと思ったが、遙は途中でやめて小さく溜息を吐くと、困ったように微笑んで「おはよう、あか…あー…昴」と昴の茶髪を軽く指先で梳いた。それに目を細めた昴が、「おはよう」と返すとベットから起き上がったので、遙もそれに続いた。二人で1階に下りてリモコンの電源ボタンを押してチャンネルをニュース番組にすると、ソファに座った遙に昴が「コーヒー淹れておきますね」とキッチンに向かう背中に「まかせたー」と気の抜けたような声をかけた後、少しの間ぼうっとニュースを読み上げるアナウンサーを見つめていたが、座ったばかりのソファから腰を上げて大きく伸びをして遙は顔を洗うべく洗面所に足を向けた。

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顔を洗って、リビングに戻ろうとしたら、脱衣カゴに綺麗に畳まれていた昴の白い麻の手触りが優しいワイシャツと、畳んでそのままにしていた自分のジーンズが置いてあったので、遙は「着替える手間が省けるな…!」と嬉々としてそれに着替えた。昴の方が背が高いので余った袖を緩く折り曲げて、ボタンを一つだけ開けると一つ頷いて遙は洗面所を後にした。途中でポストに入っている朝刊を回収してリビングの扉を開けて、ソファに座ってコーヒーを飲みながらニュース番組を眺めている昴に「はい、新聞ですよ、おにーさん」とポコッと新聞で形の良い頭を柔らかく叩いて渡した。

「ありがとうござ…っ!」
「ん?どうした?」
「い、や……遙、そのワイシャツは」
「あ、もしかして今日着る予定だった?」

「それだったらごめん…」軽く目を丸めて自分を眺める昴に、遙が申し訳なさそうに謝って、脱いだ方がいい?と聞いたが昴は「不意打ちが、過ぎるぞ…」と噛み締めるような声音でそう呟いた後、「いえ、着てくださって構いませんよ」と微笑むと遙にコーヒーを手渡した。
二人で新聞を読み終わり、遙の作ったサンドウィッチを食べている所で、遙のスマホが鳴った。画面を見ると喫茶ポアロの梓からだった。目で昴に断りを入れた遙が、「はい、もしもし!梓さん?おはよう!」と言うと、梓からも『おはよう!遙くん』と返事があり、『また絵を描いてくれないかな?』とのことだった。「もちろん!今日予定もないし、ポアロに行くよ」と笑顔で答えると『良かった!ありがとう!じゃあ待ってるわね』と梓の嬉しそうな声が返ってきた。「それじゃ後で!」と電話を切ると、遙はサンドウィッチの最後の一口を頬張って、ごちそうさまでした!と席を立った。

「洗い物は僕がしておきますよ」
「え、いや、でも…」
「大丈夫ですよ。行って来てください」
「…ありがとう、昴!じゃあ、頼んじゃうな!」

遙は嬉しそうに昴に頷くと、部屋に戻りスケッチブックに携帯、筆記用具をバックに入れると、足早に玄関に向かった。玄関先で待っていてくれていた昴に「行ってきます!」と告げて玄関の扉を開けると、柔らかく入ってきた風と陽射しで遙の白い項が露になった。…そこに、一つの赤い花が小さいながらも一際目立って主張していた。それに微かに笑みを浮かべた昴が「ええ、いってらっしゃい」と手を上げて遙を送り出した。何も知らない青年だけが、外へと飛び出していった。

「まあ、虫避けというのは必要ですよね」

昴は、そう呟くとお皿を洗うべくキッチンへと向かうのだった。